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幸せを幸せのまま持っていこう

「うひゃーさっぶ!先輩、先輩も入りましょうよ!」
「俺はいいよ。拭くものないし。見てるだけで充分だ」
「そうっスかぁ、ぎゃっなんか踏んだぁ」
海に行きたい。そう黄瀬が言い出したから、23時に車を出した。
人気もなくて月もなくて、灯りといえば通って来た道路の街灯だけだった。暗暗としていて、とにかく寒々しい。あまりいいものではなかったけど、帰りたいとは思わなかった。
「こんな静かな海、なかなかないっスよね」
「そうだな」
「暗くて陰気な感じもするけど、でもなんでか嫌いじゃないんス」
「俺もだよ」
くるくるまわったり足踏みをしたり、その度に海水がばしゃばしゃとはねる。
真っ黒い背景に金髪と露出した白い肌が浮いて見えて、思わず笑ってしまった。非日常的な景色の一部なのに、何笑ってんスかと拗ねる黄瀬がいつもどおりすぎて少し気持ち悪かった。
波打ち際まで近づいて、黄瀬の白い頬に触れる。俺の右手に重ねられた黄瀬の左手はなんだか温い。
「ねえ先輩、俺ね、今多分、すげー幸せ。先輩は?」
「俺も多分、幸せだよ。ああ、幸せだ」
「そっか。よかった」
「なあ黄瀬、太陽が昇ったら、別れようか」
「はい、そうしましょ」


ばしゃん。
鼓膜が破れそうな音を立てて二人で海に沈んだ。
苦しいだとか悲しいだとかは砂ほどもなくて、ただただ満たされていたと思う。




特に意味はない。
130329




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