朧月夜-漆-
※軍人臨也×男娼静雄

―自分は気持ちを隠しておいて、相手にだけ何もかも曝け出させようなんて随分と都合がいいね?―


新羅の言葉は、静雄の頭の中でずっと響き続けていた。癪ではあるが、彼の言葉は今の静雄にとって残酷な程に真理だった。
自分は、肝心な事を臨也に告げていない。おそらく、ずっと待っているであろう臨也の気持ちからは目を背けたまま。けれど、いざ自分が隠し事をされるとどうしようもなく気にかかる。まるで子供の駄々のようだ、と静雄は溜息を吐いた。
「男らしくねえよな、……情けねぇ」
「何が?」
「うおっ……!?」
無意識に漏らしたはずの独り言に思わぬ返答が返ってきたため、静雄は大げさな程に身体を震わせて声の主を振り返った。
「……ってめ、気配消して入ってくんなよ」
「別に普通に来たつもりだけど?」
薄闇の中、座敷の入り口に突っ立っている臨也の表情は伺い知れないが、その声の調子から苦笑しているであろう事が分かった。よほど真剣に考え込んでいたのだろう。静雄がはたと気付いて窓の外を見れば、辺りはすっかり夜の帳に包まれ座敷の中も酷く薄暗かった。
「わり、今灯りつけるから適当に座って――」
中へ入ってくる様子のない臨也を不自然に思いながらも、一先ず行灯用の蝋を調達してこようと座敷を出たところで、すれ違い様にがっしりと腕を掴まれ思わず前のめりにつんのめる。
「っ……おい、臨也?」
静雄の問いに返事はない。
ここのところ、おかしいおかしいとは思っていたが、今日はいっそう様子が変だな、と静雄は薄暗い中、懸命に目の前の臨也の表情を伺おうと身を屈めた。
「…………っ?!」
しかし、顔を近づけかけた途端、いつぞやのようにひょいと抱き上げられてしまい、結局彼が今どんな面持ちでいるのかは分からなかった。
「ちょっ……おい!臨也っ」
戸惑いを含んだ静雄の声にもまるで耳を貸さずに、ずんずんと座敷を進んでいく臨也。もはや、今日の臨也は口数が少ないどころの騒ぎではなかった。その行動のすべてが唐突で、意味不明で、静雄は薄っすら恐怖すら覚える。
「おい、何なんだよ手前」
「…………」
「黙ってねぇで何とか言いやが、れ!」
勢いに任せて渾身の力を込め、身体を捻ると、二人揃ってもつれるように布団の上に倒れる羽目となった。床の用意があって助かったと安堵の溜息を吐き、自分に覆いかぶさったままぴくりとも動かない木偶の坊に視線をやる。
「おい、」
「……ごめん」
「なあ、……どうしたんだよ」
もはやここまで来ると怒りすら沸かないのか、静雄はいつもの調子で声をかけた。 胸元に顔を埋めたまま起き上がろうともしない臨也の背をぽんぽんと宥めるようにたたいてやる。普段お喋りな男が黙っていると、それだけで静雄の調子も狂うのだ。
「俺に言えないことか?」
いつも臨也が自分にそうしてくれるように、艶やかな髪をそっと撫てやる。そういえば、こんな風に自分が臨也を甘やかすのはこれが初めてかもしれないな、と静雄はそんな暢気なことを考えながら、辛抱強く臨也の言葉を待った。





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