朧月夜-睦- ※軍人臨也×男娼静雄 |
おそらく、静雄の言葉が的中したのだ。 彼のかつての顧客の中には、軍部関係者も多いと聞く。静雄ははっきりと名を上げはしなかったが、彼が「やばい」と揶揄していた人物があの中に紛れていたのだろう。 (あの奈倉という男) 奈倉中将。確か、自分が世話になっている九十九屋中将とは同期の間柄のはずだった。 二人は特別親しい間柄というわけではないらしく、九十九屋から話を聞かされたことはない。しかし、あの男単体での噂となると臨也もそれなりに耳にしたことがあった。 家柄だけで軍に居座っているような無能者で、己の抱える劣等感から自分より目下のものにはとことん尊大な男だと。 立身出世を見込まれている臨也はただでさえ奈倉の鼻につく存在だったに違いない。それに加え、津軽――静雄を寝取られたと思い込んでいるのだ。お気に入りの玩具を取られたガキ大将が、腹いせにその玩具をおもちゃ箱ごと壊してやる―そう脅してきたようなものだ。実にくだらない。 「臨也」 男の家柄を考えれば、上層部は握りこまれていると考えてまず間違いない。もし、ここで自分が命令を受けなければ火の粉は確実に静雄自身に降り注ぐだろう。臨也としてはそれだけは何としても避けたかった。 「おい、臨也!」 先ほどから何度声をかけても返答のない臨也のに痺れを切らしたのか静雄は難しい顔をしたまま横になっていた臨也の顔を真上から見下ろす。 はっと現実に引き戻された臨也は、強張った笑みを浮かべ身体を起こした。 「……茶、入ったから食おうぜ」 「ああ、ありがとう」 静雄に促され座卓の前に座り直すと、袋から取り出したプリンと箸が手渡される。 「……多分匙の方が良いと思うよ」 「そか?んじゃ、ほらよ」 早く食べたくて仕方ないのか、ぶっきらぼうに一言返すと今度は小さめの匙を手渡される。静雄はいただきます、と一言添えてからめいっぱい掬い上げたプリンを口に運んだ。 「おいしい?」 「……うまい」 問うまでもなく、きらきら輝く目とプリンを口に運ぶ速度で、彼がすっかりそれに夢中である事は一目瞭然であった。臨也もつられるように一掬い口元に運ぶ。舌の上に卵の風味とカラメルの上品な苦味がほわりと広がった。 「うわ、甘……」 元々そこまで甘味が好きなわけでない臨也は、一口で十分とばかりに残りを静雄に手渡す。 「食わねぇのか?」 「いいよ、シズちゃんにあげる」 遠慮がちに受け取った容器から中身を掬いあげるとぱくりと口に運ぶ静雄。 「うまい」 「そう、良かった」 「茶碗蒸しみてぇなのに甘いんだな」 珍しく上機嫌ににこにこ笑っている静雄を見て、臨也も思わず頬を緩めた。余程がっついていたのか、静雄の唇の横には黄色い塊がこびり付いている。まるで子供みたいだ、と笑い臨也は静雄の顎に手を添えた。 「ついてるよ」 「ん?」 ちゅる、とわざと派手に音を立てて付着していたプリンを吸い取ってやる。 「唇まであともう少しだね」 一瞬の間をおいて顔を真っ赤に染めた静雄の柔らかな唇を人差し指でなぞり 切れ長の目を細め悪戯っぽく微笑む臨也。 「ばっ……!!!っ、恥かしいことすんじゃねぇよ!」 「あはは、ごめんごめん」 そんな顔で怒られてもちっとも怖くないよと言ってやろうかと思ったが、静雄が余計に激怒する様が容易に想像できたので、その一言はそっと胸の内に仕舞い込む。気まずそうに背中を向けてしまった静雄をそっと抱き寄せれば、触れ合う肌からとくとくと柔らかな鼓動が臨也の身体に流れ込んでいった。 「……どうしたんだよ。今日はやけに口数が少ねぇじゃねえか」 「…ん、ちょっと考え事」 「いつもは俺が喋る隙もないほどべらべらよく喋るくせによ」 もぞもぞと体勢を入れ替え、臨也に向き直った静雄は唇を尖らせてぼそり、呟いた。ようは「寂しいからもっと構え」ということか、と臨也は噴き出しそうになるのを必死で堪えた。素直に甘えはしないくせに飼い主にそっと寄り添い尻尾を絡める猫のようだ。 「何にやけてんだ、気持ちわりぃな」 「んー。何でもなーい」 相変わらずぶっきらぼうで素直ではないが、ここ最近は臨也に対しての警戒心も薄れてきたのか、静雄は前以上に色々なことを話してくれるようになった。 彼自身の出生や生い立ち。好きなこと、嫌いなこと。それに伴い、出会った当初では考えられないほどに様々な顔をみせてくれるようにもなった。 静雄という人間を知れば知る程、どうしようもなく彼に惹かれていく。愛される事を知らない彼を、愛して愛して愛しぬいて。自分の手で幸せにしてやりたいとすら思える程に。 「……臨也」 「うん?」 「何かあったのか?」 どこか上の空な様子の臨也に気付いていたのだろう。静雄は不安気な面持ちで臨也の顔を覗き込んだ。 「どうしたらシズちゃんの唇奪えるかなぁ、って考えてたの」 こんな時ですら、当たり前のように作り笑いができる自分にほとほと嫌気がさす。自嘲的に胸の内で吐き出すと、臨也は珍しく甘えるように静雄の肩に顔を埋めた。 → |