朧月夜-参- ※軍人臨也×男娼静雄 |
「死ね変態」 「……うーわ、酷い」 静雄が目を覚ますと、肌蹴られていた衣服はきちんと元通りにされ、己が放ったであろう飛沫もすべて綺麗に片付けられていた。臨也はまるで何事もなかったかのように静雄の身体を抱きしめて眠っていたが、怒りに身を任せた静雄に蹴り起こされて現在に至る。 「気持ちよくなかった?」 「ばっ……!馬鹿かお前!何で客のお前に俺が達かされて終わってんだよ!まじ死ね今すぐ死ね!」 「もしかして君の矜持を傷つけちゃったかなあ?」 「……よし、分かった殺す」 飄々としている臨也に暴言を吐く静雄の顔は耳まで真っ赤だった。臨也は顔を伏せ、堪え切れない笑いをかみ殺すべく小さく肩を揺らす。 「……ていうか、お前はどうしたんだよ」 「うん?」 「俺に……その、してる時、お前も勃ってただろ」 「……ああ、ばれてた?」 きっちり服を着たままだったから分からないかと思ったんだけど、と笑う男をじろりと睨みつけると、彼は困ったように眉を下げて笑った。 「んー、まあ、シズちゃんの寝顔が可愛かったから」 「……俺が寝てる横で抜いたのかお前」 「や、あんまはっきり言葉にしないでもらいたいんだけど」 若干引いた表情を浮かべつつ、静雄は壁に凭れて座る臨也の隣に腰を下ろす。 「なあ、何で抱かなかったんだよ」 「まるで抱いてほしかったみたいな発言だね」 「、はぐらかすな」 「はは、ごめん。でも、言ったでしょ?シズちゃんが接吻許してくれるまでは抱かないって」 「……んで、そこまで――」 珍しくばつが悪そうな顔をしている静雄の頬をそっと撫でてやると、戸惑いに揺れる澄んだ瞳が臨也をまっすぐに見つめた。 「俺は君の身体だけが欲しいわけじゃないから、ね」 そこまで言って、臨也は今まで目をそらし続けていた事実にふと気づく。ああ、自分は静雄に恋をしているのだな、と。 身体だけではない、彼の心が欲しい。今の彼を抱けば、自分は静雄の中でその他大勢の客と同じになってしまうのではないか。臨也は、彼自身気づかぬうちにそれを恐れていたのだ。 「ねえ、ひとつ聞いていい?」 「何だよ」 「何で接吻は駄目なの?」 「…………」 「シズちゃん?」 「……わ、笑うなよ」 畳の上の静雄の手に自分の掌を重ねると、静雄はもごもごと喋りだした。 「トムさんが……あ、前にも話した俺を拾ってくれた人なんだけど。接吻は、本当に好きなヤツとじゃなきゃしちゃ駄目なんだって、教えてくれて」 「ふむ」 「だから、年季明けて……ここ出るまでそういうのはしないどこうって」 「なるほど、ね。だからそんな風に無茶な仕事するんだ」 自分の身体も省みず、毎夜毎晩客の相手をする。早く金をためて年季を明けたいのだろうが、彼自身の身体がその無茶についていけていない状態であることは明白だった。 「早く自由になりてえから。トムさんにも、……会いてえし」 「……そのトムさん、て人」 今までたわいもない会話を交わしてきた中でも幾度か静雄の口から出た名で、臨也はずっと気かかっていた。静雄を拾ってくれた恩人、とのことだったがその彼が今どこでどうしているかという話は聞かされていない。 「親のいない俺の世話してくれて、この仕事紹介してくれたのもトムさんなんだ」 「……え?」 「俺、学もねえしこんななりだから、なかなか普通に働かせてもらえなくて。食い扶持に困ってたときに此処を紹介してもらって……」 「ちょ、ちょっと待った!」 静雄はきょとんと首をかしげて臨也の顔を見る。 (……仕事を紹介してもらった?売られたの間違いだろう) 実際そのトムなる人物がどんな人間で静雄とどういう関係にあったかは臨也の知るところではない。しかし、遊里に人間を斡旋すれば、その人間は少なからず手数料を受け取る事ができるはずだ。むろん、生活に困って自らの身内を色街に売る親なども珍しくはないが、静雄の話から推測するにその男は女衒(ぜげん)と呼ばれるその筋の専門業者の可能性が高い。 世間を知らない静雄を口車に乗せてここまで連れてくることはさほど難しくはなかっただろう。 (でも、それをシズちゃんに言うのは……酷か) 悔しいが、今の彼の中でトムという男が占める割合は大きいようだ。心の支えを失えば、静雄の何かが壊れてしまいそうな気がして、臨也は口をついて出そうになった言葉を必死に喉の奥に押し込めた。 「……臨也?どうした?」 「……はあ、馬鹿なシズちゃん」 「あぁ゛?!」 「ねえ、シズちゃんがここを早く出たいって気持ちは分かる。でも、こんな無茶はもうしないで」 「…………」 「君は身体が丈夫じゃないんだし、こんなこと続けてたらここを出る頃にはボロボロになっちゃうよ。俺も協力するから、客はちゃんと選んだ方がいい」 静雄の髪を撫でながら、諭すように語り掛ける。サラサラと指を通り抜ける髪の感触を楽しんでいると、静雄がこてり、と臨也の肩に頭を預けた。 「俺の知らない所でシズちゃんが傷つくのは嫌なんだ」 「なんでお前がそんな心配すんだよ」 「さあ、何でだろうね」 お互いの表情が分からない状態で助かった、と臨也は苦笑する。 「さ、もう今日は休もう。空が白みはじめてる」 → ← |