朧月夜-参-
※軍人臨也×男娼静雄

「……お前、また来たのかよ」
「酷いなぁ。愛しいシズちゃんに会いにこうして足しげく通ってるっていうのに」
「シズちゃんって呼ぶな」
「あれ?本名で呼んで良いって言ってたじゃない」
「本名っていうか、あだ名だろそれ……」
無意味な言葉の応酬に疲れたのか、静雄はぐったりと肩を落とした。
臨也はにこにこと楽しげな表情のまま静雄を抱きしめると、指先で顎を持ち上げそっと唇を寄せる。べち、と乾いた音がして容赦ないデコピンによってそれはすぐさま阻止されてしまうが。そのやり取り自体を楽しむかのように、臨也はやはり満足げに笑うのだった。
「駄目だっつってんだろ」
「……ざーんねん。またふられちゃったか」
肩をすくめて抱きとめていた細い体を開放してやると、静雄は呆れたように溜息をついた。
「お前ほんと変わった奴だな。ここに来て俺に手も出さずに帰るやつは他にはいねえよ」
「シズちゃんが接吻許してくれたら抱いてあげるよ?」
「ばーか」
毎度おなじみのやり取りを交わすと、静雄は頬を綻ばせた。


臨也がここに通うようになって、早くもふた月が経とうとしていた。その間、臨也は一度も静雄を抱いてはいない。しかし臨也自身、そのことに不満を持ってはいなかった。静雄とたわいも無い会話を重ねるこの時間は臨也にとって実に新鮮なものだった。何にも熱を見出せなかった自分が、確かに静雄という一人の人間に興味を抱いている。そのことにほのかな充実感を感じてすらいた。
もっとも、今となっては興味以上の感情が芽生えつつあるのだが――臨也はあえてその部分は見ないふりをすることにしていた。
茶の支度をしている静雄の傍にごろりと横になり、ふと気づく。
「……顔色が悪いね」
「ん、そうか?昨日あんま寝てねえからな」
「そう……」
まるで何でもない事のように返され、臨也は思わず言葉に詰まる。静雄の職業を考えれば、それはごく普通のことなのだろう。一夜を共にし、男相手に春を鬻(ひさ)ぐ。そうして生計を立てているのだから。静雄は普通の遊女とは違い、表立った存在ではない。しかし、異人との合いの子である毛色の珍しい静雄は一部の人間から大層人気があるのだという。
静雄自身がそれを好ましく思っていない事は知っていた。けれど、彼はこの仕事に対して臨也に愚痴や弱音を吐いたことは一度も無かった。生まれつき体が弱いらしく、少し無理をすればすぐに熱を出すというのに、体調が優れないからと客を拒むことはないのだ。
「じゃあ、今日は俺が一晩買うからゆっくり休むといい」
「またか?お前今に破産するぜ」
「そう思うなら、ちょっとはまけてよね」
「金づるにはしっかり払ってもらわねぇとな」
「ひどっ!」
悪戯っぽく笑う静雄の髪を優しくなでながら、臨也はそれでもまんざらでもない自分自身に苦笑した。







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