OH! MY BABY!! -サンプル- ※特殊嗜好(女体化)を含む作品のため 苦手な方はご注意をお願いいたします。 |
「新羅てめぇ出てこいゴルアアァ!!」 電話で今から向かう、と告げてあったにも関わらず、マンションで静雄を出迎えてくれたのはセルティ一人だけだった。 半分ほどは確信的な犯行だろうと睨んではいたが、これで新羅の有罪が静雄の中でほぼ確定した。あわてふためく友人を押しのけ、ずかずかと玄関から室内へと押し入る。気分的には取り立て相手を追い詰める心境にも似ていた。 電話口でなにやら長ったらしい弁明を始めようとした男に「今から三十分以内にそっちに行く。逃げたら粉々にすりつぶして東京湾に捲く」と釘をさしておいたので、少なくとも部屋のどこかにはいるのだろうと踏んでいた。 リビングルームをぐるりと見渡し、奥に続く廊下を抜け、簡易的な診察室を覗き込み、最後に新羅の私室へと向かった。やはりというべきか、最後の最後に手をかけたドアだけが、鍵がかけられて開ける事ができない。 ちっ、と舌打ちを鳴らし、静雄はできうる限り低く凄んだ声で傷一つないドアに語りかけた。 「十秒、待ってやる。それまでに出てこないなら、このドアぶち破って約束通りすり潰す。粉々にな」 カウントダウンの半ばほどで、がちゃり、と鍵の外される音がした。音もなく開いたドアの向こうに、フローリングに両膝をついた新羅の姿があった。 「俺に言うことあんだろうが」 まさに秒読みといった姿勢から、きれいに土下座の形をつくり、新羅は「心の底からすみませんでした」と殊勝な声をもらす。静雄の背後に佇むセルティも、そのやり取りを心配そうに眺めてはいるが、どうやら新羅の肩を持つ気はさらさらないらしい。 「とりあえず、まずは現状の把握を。あと、できれば貴重なサンプルとして検体の採取をさ……ぷぎゃ!!」 いけしゃあしゃあと笑顔を浮かべる昔馴染みの頭をこれでもかと踏みつける静雄の後ろでは、彼の恋人でもある妖精はがっくりと肩を落していた。 「いやあ、それにしても見事だね」 「あぁ?」 白い肌から注射針を抜き出すと、新羅は改めて静雄に向き直った。 採取したばかりの血液は何の変哲もない鮮やかな赤褐色だ。ここまで身体が変わってしまうということは、身体の中身そのものが異形となっている可能性もあった。最悪、血が紫や緑になっていてもおかしくないとさえ考えていた静雄は、人知れず胸を撫でおろす。 「とにもかくにも、まずは状況を教えてくれるかい」 発言の意図をさぐるように目を眇めると、新羅は丸めたゴム手袋をトレイの上に置き、変わりにカルテを手に取った。さらさらと紙の上にペンを走らせながら、問診が開始される。 「症状が出たのはいつ頃?」 「いつ……っつーか、昨日までは、何も」 「ということは、一晩でここまで変化したっていうこと?吃驚仰天!にわかには信じられないな……。相変わらず君の身体は感動的だね」 「はったおすぞ」 いまいち危機感に欠ける会話に続き、その後も当たりさわりのない質問が続いた。 薬の容量は守っていたか、他の薬との併用はしていないか。睡眠時間はいかほどか、変わったものを食べていないか。などなど、まるで風邪かなにかにでもかかったような気分になる。 最終的には精密検査をしてみないと何とも言えない、というのが、医者としての新羅の見解だった。 「それにしても……うん、完全に女性のそれだね。ここも、昨日までは何もなかったわけ?」 難しい顔をしたまま、新羅はおもむろに静雄の胸元に手を当てた。 ふっくらと実った胸を、下から持ち上げるようにして揉みしだかれる。上に持ち上げ、手を離し。再び持ち上げ。そのたびに、ぴりぴりと微かな痛みが走った。まるでボール遊びをする子供のように無邪気な顔で、新羅は一連の動作を何度か繰り返し「おっぱいだね」と屈託のない笑顔を浮かべた。 ここまで足を運ぶ道すがらにも、重力で下に引っ張られるような妙な違和感はあった。普段は無いはずのものがぶら下がっているのだから当然だろうと気にもとめていなかったものの、新羅にいたずらに弄ばれるのはどうにも癪に障る。 「こっちは?男性器も女性を模倣した形に変化しているってことかな」 新しい玩具を見つけたとでもいうように、黒目がちな瞳はキラキラと輝いていた。 もちろん、そこも静雄自身は確認済みだ。 見慣れた息子はなりを潜め、変わりに丸身を帯びた肉の丘が出来上がっていた。女性器など、エロ本やAVでモザイク越しにしか見たことしかない静雄にとって、自らの身体が完全に女性のそれなのかは判断がつかなかった。 「ちょっと見せてもらってもいいかい?」 シャツをたくしあげ、新羅はぶかぶかのスラックスにまで手をかけ始めた。いくら診察の一環とはいえ、むやみやたらに裸に剥かれたくはない。ましてや面白半分に身体中を弄りまわされるなど。 「手前、いい加減に」 「しろ」と怒鳴り付けるより早く、新羅の両手に帯状の黒い影が素早く巻きついた。 『おおおおおま、おまえっ!何してるんだっ!!』 「ちょ、セルティ?!」 高速でタップしたPDAの画面を突きつけ、あっというまに新羅の身体は影でできた繭にからめとられた。ソファから引きずり降ろされた長細い球体(新羅)は、そのままフローリングの上に無造作に転がる。 片手に乗せていたトレイをテーブルに置くと、セルティは静雄の横に腰を下ろし、改めて端末を操作し始めた。よほど興奮しているのか、華奢な肩は小さく波打っている。 『大丈夫か?すまない、新羅のやつ……』 「いや、え……なにが」 友人のあまりの剣幕に、静雄は目を丸めるしかない。 『お医者さんごっこと称して女の子の身体を暴こうなんて、見損なったぞ、新羅!』 「……誤解だよセルティ〜」 ぶ厚い影の壁の向こうから、くぐもった声が上がる。 静雄は今しがた新羅がわし掴みにした胸をぺたぺたと手のひらで撫で、複雑そうな表情を浮かべた。 「女の子って……」 改めて他人の口から告げられると、現実が実感を伴って襲いかかってくる(彼女には口がないし、言葉に出したわけではないので、厳密に言うとこの表現は間違っているが) セルティの言葉が示す通り、今の静雄は誰がどうみても女性なのだ。 女、女子、メス、ガール、いやウーマンか? 真っ黒な繭の中から延々と繰り広げられる謝辞をぼんやりと聞き流しつつ、当の静雄はどこか人ごとのように拙い単語を頭の中に浮かべていた。 (自分の身体じゃないみてえだ) 無断で拝借してきた臨也のシャツをめくりあげ、腕を露出させる。 手首は驚くほど華奢で、二の腕は筋肉の量が少ないためか指先でつまむとマシュマロのような感触がした。新羅が散々弄んだ胸は綺麗なお椀型をしており、ずっしりと重たかった。 身体は全体的に縮んだように思う。頭が小さくなった分、肩に届きそうな襟足の毛がうっとおしい。脚が短くなった分、目の前に広がる景色はいつもと見える範囲が違っていた。 何が起こったのかを把握するより先に家を飛び出し、静雄が自身の全貌をはっきりと目にすることができたのは、新羅のマンションのエントランスにたどり着いてからだった。 磨き上げられた入口のガラス扉に映った姿を見て、「この女は誰だ?」と人ごとのように思った。 深く息を吐き、ソファに背中を埋める。 魚は空を羽ばたくことはないし、鳥は海底で暮らすことはできない。 この世の生物は、みな弁えるべき領分を守って生きている。それなのに、今の自分の有様はどうだ。 一晩にして男から女へと身体が変わったことよりも、己の中の異質な側面をまた一つ発掘したことの方が何よりもショックだった。化け物だ怪物だと罵られることには慣れている。それでも、静雄は己のことを紛れもなく人間だと信じて今日まで生きてきた。 『静雄……平気か?』 やわらかな手つきで肩をさすられ、はっと我に変える。目の前に差し出された端末画面には、静雄を気遣う文字が並んでいた。 何の飾り気もない短い文章だというのに、見たこともない親友の心配そうな表情が脳裏に浮かぶのだから不思議なものだな、と静雄は思う。 精一杯の笑みを返すと、セルティはようやく新羅の拘束を解くべく、指先で影をくるくると巻きとり始めた。 -中略- 「いいのかよ、あれ」 キッズ服のゾーンを抜け、メンズ服のコーナーまでやってきたところで、二人はようやく足を止めた。 「あんなのいちいち相手にしてたら、時間がもったいないよ。それより、ほら」 ラックの上段にかけられていた鮮やかな空色のトレーナーを手に取り、静雄の胸元に押しつける。あれも、これも、と上から下まで一式を見繕い、あっという間に色とりどりの布の山が出来上がった。 「ちょ、っおい」 「靴は……うーん、さすがにここじゃサイズがないか」 服の塊に埋もれた静雄などおかまいなしに、ベルトやインナーまで一通りを物色し終わったところで、試着室に押し込められた。 普段は弟からもらった服を着まわしているし、私服といえば試着など必要のない部屋着めいたものしか持っていない。くすぐったいような、照れくさいような気持を噛み潰しながら、静雄はしぶしぶと手にした服に袖を通していった。 「おい、これデケェぞ。足でねえ」 トレーナーは腕をまくれば着られないこともないが、ウォッシュブルのダメージジーンズはそうはいかない。姿鏡に写った全身像を眺め、静雄は外で待つ男に向けて声を張り上げた。 「どれ?」という声と共にカーテンがわずかに開く。 隙間から顔を覗かせた臨也は、長袴を履いたような状態の静雄の全身を眺め、小さく笑った。 「とりあえず、裾はロールアップしておけば良いよ」 足元に屈み込んだ臨也の手によって、余った部分は丁寧に折り畳まれていく。されるがままの静雄ふと視線を下ろすと、いつも見ている少しへそをまげた旋毛や、節目がちな長い睫が目に留まった。 「……つーか、全体的にデカすぎじゃねぇか」 ひらひらのワンピースを回避できたことは素直に喜ばしかったが、男物にしてもサイズが大きすぎる。裾の処理を終えた臨也が立ち上がり、今度はぶかぶかのウェストにベルトを通し始めた。 「いいんだよ。これ、元に戻っても着れるようなサイズだから」 「は?」 「一回やってみたかったんだよね。シズちゃんの服を選ぶの。普段はほら、一緒に買い物なんて回れないだろ?」 だから俺、今凄く楽しいよ。そう言って、臨也は照れくさそうに笑った。 なんだか無性に泣きたい衝動にかられ、静雄はぐっと上を向いてそれを押し込める。 こんな風に感情が乱れるのも、きっとこの身体のせいだ。そうでなければ、今この場でこの男を抱きしめてキスしてやりたいだなんて、そんならしくないことを考えるはずもない。 「シズちゃん?」 口を真一文字に結んだ静雄の顔をのぞき込み、臨也が不思議そうに首をかしげた。 |