Kissからはじまるミステリー
※SHに触発された探偵パロ
※モブシズ要素(女の子との絡み含む)有り

用意した資料を一つずつ依頼人の前に並べ、臨也は二週間分の調査報告を述べていく。
資料は、主にボディブックやツイッティアの画面コピーと、その後静雄が対象を尾行した証拠結果の写真だ。
ゆかりの自宅周辺に立つ男の姿、郵便受けを覗き込む姿。その他にも、駅前や最寄りのスーパー、銀行など、彼女の行動範囲のあらゆる場所でその姿を収める事ができた。
「相川さんを付け回している男は、ほぼこの人物で間違いありません。有家 太一、年齢は三十一歳、独身。汐留のソフトウェア開発会社勤務。失礼ですが、彼との面識は――」
資料を手にした彼女の指が微かに震えていることに気づき、臨也は一度口をつぐんだ。
わずかな沈黙を置き、ゆかりは小さく首を横に振る。
「お会いしたこと、ないと、おもいます」
「そうですか」
例えば飲食店の客と店員、取引先の相手など、わずかな接点からつきまといに発展する事例もある。しかし、彼女の場合はほとんど「一目惚れ」に近い状況で相手に標的とされてしまったらしい。
「現状、彼があなたに接触する可能性は極めて低いように思われます。そこで、残りの一週間は私と彼の二人で張り込みをさせていただき、より有力な証拠を集めたいと考えております」
第三者でもある静雄が彼女の傍にいる間は、相手も目立ったアクションを起こさなかった。確かに彼女の安全は保証されるが、それでは確実な「証拠」が何一つ手に入らない。
「相川さんは、今まで通りに生活して頂いて構いません。万が一の場合はすぐに駆けつけられる距離におりますので、どうぞご安心ください」
テーブルの上に散らばった資料を一つずつ丁寧にファイルへとしまい込み、臨也は言葉を続ける。と、向かい側で俯いていたゆかりが、ぱっと顔を上げた。
「あの、私……今までどおり、静雄さんに一緒に居て貰う方が、安心なんですけど」
ちらり、臨也の横に座る静雄へと視線を向け、彼女は再び俯いた。
「しかし、それでは調査が長引く可能性があります」
「構いません。お金ならきちんとお支払いしますから。だから……」
臨也は眉間に皺を寄せ、目の前の女を見つめた。
女とは抜け目のない生き物だな、といっそ感服すら覚える。事務所へ初めて訪れた時、彼女は確かに恐怖に支配されていた。それが、今はどうだ。
「相川さん……」
はあ、とわざとらしく溜息を吐く臨也の言葉を、静雄が遮る。
「分かった。あんたが落ち着くまでは、俺が護衛につく」
「ちょっ……、」
思わず声を荒げかけ、臨也は咄嗟に唇を噛んだ。
この男は、一度言いだしたら聞かない。何より、馬鹿みたいにお人好しの彼が、被害者という立場である女の申し出を無碍にできないことはわかりきっていた。
それを利用する女の浅ましさにも吐き気がしたし、そんな打算的な思惑を見抜けない静雄の間抜けさにもほとほと嫌気がさす。それ以上に、そんなことで苛立つ自分自身に、臨也は辟易とした。
「駅まで送ってくる」
憮然とした表情でソファに背中を沈める臨也を横目に、静雄は席を立った。連れ立って部屋を出る二人の距離は、調査を開始した頃に比べて格段に近くなっている。
腹の中で煮えくり返るどろっとした感情をどうにか抑えようと、臨也は冷えかけたコーヒーに口をつけた。

♂♀

「……最悪、」
ハンドルにつっぷして、気の抜けた声を上げる。
駅前から遠ざかっていく静雄と依頼人の背中を追わなければ、とギアを切りかけて、臨也は再度うな垂れた。

何かが吹っ切れたのか、依頼人・相川ゆかりの静雄へのアプローチは日増しに露骨になっていった。
ぴたりと身体を寄り添わせ、まるで本物の恋人かのように指を絡めようとする(ただし、静雄にやんわりと拒否されていたが)
どこかからその様を見ているであろうストーカーに対して「諦めてくれ」という意を込めた、彼女なりの牽制のようなものだったのかもしれないが、それにしてもあからさまだ。
ストーカー側が、どんなアクションを起こすのか。
それを観察・記録することこそ、臨也の仕事であったはずなのだが――。正直なところ、彼自身がまともに機能していなかったため、目に見えた成果は得られそうにもなかった。
女の横でやわらかく笑む静雄の表情を見るたび、チリチリと胸の中でゆらぐ炎。その正体に気づけないほど、臨也は鈍くは出来ていない。それでも頑なに認めようとしないのは、真実が必ずしも幸福とイコールではないと知っているからだ。
静雄は好きなら想いを伝えればいい、と言った。
確かにそれは世の正論なのだろう。だが、叶う望みの薄い想いを口にして関係をこじらせるぐらいなら、現状を維持したいと願うのもまた人間らしくいじらしい思考に思えた。
(――って、ストーカーに同調してるようじゃ、いよいよ俺も末期かな)
臨也は深い深い溜息と共に、ハンドルに顔を埋めた。
そこでふと、頭の片隅に違和感が過ぎる。上体を起こすと、助手席に放り出してあったスマートフォンを手にとった。
ブラウザを開き、いくつかのページを確認する。疑念を確信へと変えた臨也は、口元に淡い笑みを浮かべた。




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