あまつ夏空 1
※大人臨也×高校生静雄
汗でべとつく身体をぴたりと密着させる。せわしなく上下する胸板に頭を預けると、彼の鼓動の音がダイレクトに鼓膜を振るわせた。
背中に回された腕は、遠慮がちに俺の身体を抱きしめる。幸福感と充足感に、「このまま死んでもいい」なんて柄にもないことをぼんやりと想う。
「はぁ……、…ん、臨也……なぁ、」
俺の呼吸が整った頃合を見計らって、シズちゃんがねだるような声音で囁いた。
未だ繋がったままのそこがひくりと蠢き、俺のものを甘く締め上げる。おもむろに彼の顔を仰ぎ見ると、劣情に濡れそぼった双眸と視線が交わった。間接照明の光を受けて妖しげに艶めく唇は、物欲しげに薄く開かれていて。彼が何を望んでいるのかは一目瞭然だった。
できることなら可愛らしくおねだりの一つでもして欲しいところだが、あいにくと俺の方にもそんな余裕はない。誘われるまま唇を寄せ、荒々しく呼吸を交えた。
「…ん、ひっ……ぁ、ちゅ……く、ぅ」
シズちゃんのキスは正直言って下手くそだ。息を継ぐのに精一杯で、たどたどしく舌を絡めるだけ。なのに、こんなにも気持ちがいい。それは多分、相手がシズちゃんだから。彼とこうして唇を重ねる日を、俺自身待ち焦がれていたという証拠なのだろう。
「ッ、はは、……かぁわいい」
すっかりグズグズに蕩けきった顔を覗き込んでやると、シズちゃんの顔はますます赤く染まった。形の良い顎を伝う唾液を舌先で辿って、わざとらしく音をたてて汗ばんだ首筋に吸い付いてやる。歯型のついた鎖骨を舌先で丁寧にくすぐりながら、桃色の突起を指でこねまわす。
頭のてっぺんからつま先まで、余すことなく愛撫して、もっともっと淫らに花咲かせてやりたい。他でもない、折原臨也の手で、舌で乱れるさまを、もっと見せて欲しかった。
直接的な刺激の方が何倍も気持ちが良いことは確かだけれど、今はただ、シズちゃんとこうして一つに繋がっているという事実に何よりも興奮する。
「……っふ、ぁ…あぁ、ん…いざ、や…ッも、焦らす……な、よ…っ」
俺の気持ちを知ってか知らずか、シズちゃんが不満げな声を発する。
すっかり快楽の虜と成り果てた彼は、繋がったままのそこをきゅうきゅうと締め付け、終いには自ら腰を振りだした。
普段はそういった方面には興味ありません、みたいな顔してるくせに。蓋を開けてみれば意外や意外、シズちゃんはとんだ淫乱さんらしい。経験値が低い分、余裕が無いだけなのかもしれないけれど、煽られる俺はたまったものではない。
「ん、そんな…がつがつ、しないで、よ……っ」
「あっ、ひあぁッ!」
ゆっくりと腰を引くと、先ほど中に放った残滓が乾いたシーツの上に散らばった。ぶるりと震える細腰を掴んで、お望み通りがつがつと突き上げてやる。熱く熟れた内壁は、抜き挿しを繰り返すたびにくちゅくちゅと卑猥に歌う。そのリズムに呼応して、シズちゃんの唇から漏れ出す嬌声も色めき始めた。
「あ、っぁ、ふ、ぁんッ…や、あぁ…っ!」
だらしなく開かれた口から、赤く熟れた舌が覗く。ベッドのシーツを掴んだ両手にぎゅうぎゅうと力を込めて、シズちゃんは与えられる快感にのた打ち回った。先ほどからほったらかしにしていたはずの性器は、先端からぽたぽたと先走りを零している。透明なそれは、腰を打ちつける度に飛び散り、シズちゃんの腹を汚した。
いくら俺が情報屋を営んでいて、人より少しばかり雑多な知識を有しているとはいえ、男同士のセックスに関しては決して明るくはない。が、彼の反応がいささか過敏であることは分かる。そもそも、ほんの少し指でいじくって慣らしてやっただけで、男の性器を銜え込めること自体が不自然だ。
「ふ、はっ、……シズちゃん、さあ。男に抱かれる素質あるんじゃない、のっ」
シズちゃんの適応力の賜物なのか、彼の中に眠っていた淫蕩な気質のなせるわざなのか。それとも――。
ああ、こんなこと、口にするべきじゃない。分かってはいるんだ。だけど、俺の性格上、一度でも頭を過ぎったことは確かめなければ気が済まなかった。
「それとも、男に抱かれた経験でもあるの、かな?」
ベッドの軋む音に混じって、俺の下で静かに息を飲む音が聞こえた。


結論から言うと、シズちゃんは「初めて」ではなかった。
彼ははっきりとした事は言わなかったけれど、その反応が全てを物語っていた。熱で潤んだ瞳に困惑の色を浮かべ、淫らな啼き声をあげ続けていた唇からは、無情にも「ごめんな」というか細い声が紡ぎだされる。
なんとも気まずい沈黙が流れ、どちらからともなく身体を離した。当然、セックスどころの話ではなくなって、俺たちは中途半端に持て余した体を寄り添わせて、一つのベッドで眠るはめになってしまった。
結局、俺は一睡もできずに(多分シズちゃんも眠っていなかったとは思う)夜明けを待って、彼の安アパートを後にした。
「…………、眩し…」
ビルの谷間から漏れ出す眩い朝日に目をしょぼつかせながら、閑散とした繁華街を歩く。多くの建物にはシャッターが下り、人影も少なかった。工事中の南池袋公園の脇を通り抜け、大通りに出る。目的もなくぶらぶらとただ足を動かし続ける俺を、時折すれ違う通行人が気味が悪そうな顔で見てくる。
そんなに酷い顔をしているのだろうかと、路肩に停めてあった車の窓を覗き込む。目の下にくっきりとくまを作った相貌は、あたりの薄暗さも手伝って確かに不気味に見えた。


俺がシズちゃんへ向ける淡い恋心を自覚したのは、高校を卒業してからすぐのことだ。
彼は当時も今も破壊の化身として恐れられる化け物で、当然、そんな相手はいないだろうと高をくくっていた。いや、卒業後の彼の動向は把握済みなので、ここ5〜6年にそんなお相手が居なかったことはリサーチ済みである。
となれば。シズちゃんのバックバージンを奪ったのは、高校時代かそれよりも前、ということになる。俺が差し向けるチンピラの目をかいくぐって?今より数段暴れん坊だった彼を?いったい誰が――。
「は、……馬鹿馬鹿しい」
自分自身へ言い聞かせるように呟いて、コートのポケットに手を突っ込んだ。
電池が半分に減ったスマートフォンのディスプレイを指先でつつつ、となぞって、シズちゃんの番号を引っ張り出す。きっと今も眠れずに、布団に包まって悶々としているであろう彼の姿を脳裏に思い浮かべ、思わず苦笑した。
俺だってシズちゃんが初めての相手かと聞かれれば、当然違うと答える。
確かに男を抱いたのは彼が始めてだが、過去に付き合った女は何人も居たし、恋愛感情なんて微塵も抱いていない女相手にそれなりに身体を重ねてきた。彼が同じことをしたとして、どうしてそれを咎められるだろう。
分かっている。分かっているのだけれど――胸の奥で「面白くない」と駄々をこねる自分を、どうすることもできない。勝手に「初めての男」になったつもりになって、勝手にショックを受けて、拗ねて。我ながらつくづく面倒くさい男だ。シズちゃんを傷つけていいのも、愛していいのも、俺だけなのに。そんな自分勝手で醜い独占欲を、あの場でぶち撒けてしまわなかっただけまだましだと思えた。
本当なら今ごろは、シズちゃんと一つのベッドで眠っているはずだったのに。
どっちが腕枕をするかで喧嘩をして、女扱いしやがってとぶすくれる彼を抱きしめて甘い一夜に終止符を打って。目が覚めたら、気恥ずかしい空気の中で遅い朝食を取って――。
そんなことをぼんやりと考えていると、こうして一人であてどなく街をぶらついている自分が、ひどく惨めったらしく感じられた。
「ムカつく」
シズちゃんの馬鹿。
隠すんなら、もっと上手くやれよ。何普通に謝っちゃってんだよ。俺以外の誰に触らせたんだよ。――あぁもう、ムカつく、ムカつく。
自分でも理不尽だと分かっている。本気で彼を責めるつもりなんかない。今はただ、喧嘩になってもいいから、とにかく声が聞きたかった。祈るように画面に口付け、シズちゃんの携帯にダイヤルした。
鼓膜を振るわせる呼び出し音に、自然と鼓動が早まる。
五回、六回……無情に繰り返される呼び出し音を数えていると、催眠に掛けられたように意識が曖昧になっていく。寝不足も手伝って、感覚が鈍っていたのかもしれない。
ようやく待ちわびた、低く少し掠れた声。
「もしもし」というその声が俺の脳に届いた、瞬間。シズちゃんの声を掻き消すように、けたたましいクラクションが俺の全身を包み込んだ。続け様に、地面をタイヤが擦る音と強烈な破壊音が耳を裂き、同時に視界が霞んでいく。
「…………ッ」
肺腑の奥から押し出された空気は、悲鳴にすらなりはしなかった。耳元で爆ぜた衝撃で、耳鳴りが鳴り止まない。
いつだったか路上で刺された時は、傷口から溢れ出した血と一緒に、自分の命が流れ出していくような感覚を覚えたものだけれど。案外、本当に死ぬ時は、こんな風に痛みも恐怖も何も感じないものなのかもしれない。
死後の世界なんか信じちゃいないけれど、きっと俺はこのままじゃ成仏なんて出来やしないんだろうな、とぼんやり考える。何せ、未練が残りすぎている。シズちゃんとすれ違ったまま、何一つ伝えもしないで、このまま彼の傍を離れることなんか出来やしない。たとえ身体が無くなろうが、幽霊になろうが、俺が帰るべき場所は一つだけだ。


* * *



重たく垂れ下がったままの瞼を、強引にこじ開ける。視界に広がる青空と、薄汚れた路地。鼻をつく都会独特の饐えた匂いに、思わず顔をしかめながら身体を起こした。
「、…生き、てる……」
くすんだ意識がクリアに開けはじめると、後を追うように体中のあちこちが痛み出す。血の滲んだ手のひらをゆっくりと握り閉め、細々とした息を吐いた。ありがたいことに、四肢もきちんと残っているようだ。
断片的な記憶しかないが、俺は多分、トラックかなにかに盛大に跳ねられた。
大きな塊が身体にぶつかり、自分の身体がふわりと宙に浮かぶ感覚が、おぼろげながら記憶の片隅に残っている。どれだけ吹き飛ばされたのか分からないけれど、大通りから外れた路地裏に転がって、そのまま気を失ってしまったらしい。
頭上を見上げると、陽はもうずいぶん高くまで昇っている。路地の隙間から見え隠れする人並みも、先ほどまでとは段違いに多くなっていた。ふと辺りを見渡すと、足元に先ほどまで手にしていたスマートフォンが落ちていた。ずるずると地面を這いつくばって拾い上げたそれは、ディスプレイが粉々に砕けていて、とてもではないが使い物になりそうになかった。
(とにかく、シズちゃんに電話して――ああ、でも今は仕事中かな)
コートの内ポケットを漁って、仕事用に契約している携帯電話を取り出した。折りたたみ式のそれをぱかりと開くが、電源が入らない。もう一つ、予備の携帯を取り出すも、そちらもやはり起動しなかった。事故の衝撃で壊れたのだろうか。スマートフォン以外はさしてダメージを負っているようには見えないのだけれど。
いまいち腑に落ちないような気もするが、ここで携帯と睨めっこをしていても始まらない。とにかく、一度新宿の事務所へ顔を出して、シズちゃんの動向を追うのはそれからだ。
「……あっついな…」
壁伝いに立ち上がり、砂埃まみれのコートを手のひらで叩きながら、ぽつりと漏らした。
いくら陽が昇りきったとはいえ、春先にこの暑さはいささか異常ではないだろうか。狭い路地には、真夏のような熱気がむわりと立ち込めている。首筋に浮かんだ汗を手のひらでぬぐい、ふらりふらりと歩み出す。
足を踏み出すたびに、骨がぎしぎしと軋む。新宿に移動する前に新羅の所に行くべきだろうか。力なく地面にへたり込んだ俺の背後から、耳慣れた破壊音が轟いた。


「いいいーざああぁーやああぁ!!」
獣の雄たけび染みた絶叫。今まで幾度となく己に向けられてきた、純粋で飾り気のない怒り。
恋人同士となってからというもの、久しくお目に掛かっていないが、長年染み付いた癖はなかなかどうしてあなどれない。生ぬるい空気を振るわせる怒声に弾かれるように、俺は無意識に身を翻してナイフを構えた。
薄暗い寝室の中、最後に見たシズちゃんの顔はひどく気落ちしていた。それが何をどうして怒りに結びついたのかは定かではない。が、もともと彼の思考は俺には理解できないことが多いのだ。話をする前に自販機にプレスされていました、では洒落にもならない。
声の主を探して、慎重な足取りで路地を抜ける。大通りに群れた人垣の間から、交差点を覗き込み――。
「え……?」
そこには確かにシズちゃんが――平和島静雄が居た。
擦り切れたシャツに、片手には一方通行の道路標識を携えて。獲物を探すようにギラついた目で周囲を睨み回すその顔は、つい数時間前までベッドを共にしていた恋人のそれだった。
だが、彼の透き通った瞳を隠すサングラスはそこにはなく、ついでに、後生大事に着まわしているバーテン服姿でもない。あちこち破けて血の滲んだシャツも、薄いブルーのスラックスも良く知ってはいる。池袋の繁華街を歩けばそこかしこで見かけることができる、来良学園の制服だ。
人ごみを押しのけ、一歩、二歩と近づいていく。「あの野郎、どこ行きやがった」などと呪詛のごとき独り言を繰り返す彼の目的の「臨也」は、どうやら俺ではないらしい。その証拠に、どれだけ近づいてみても、彼の灼熱にも似た怒りがこちらに向けられる気配はない。間近で見ると、俺とほとんど同じぐらいの背丈の彼は、少しだけ幼い顔つきをしていた。
「……シズちゃんっ」
右手に握り閉めたぐにゃぐにゃの道路標識をコンクリートに叩きつけ、駆け出そうとした少年の腕をとっさに掴み取る。握り締めた腕は、大人への発達途中を思わせる華奢なものだった。振り返った彼は一瞬だけ目を丸め、捕まれた腕を振り回した。まるで、警戒心の強い野良猫が人間に捕まってもがくように。
シズちゃんはお世辞にも体格が良いとは言えないが、ここまで細かっただろうか。まじまじと腕をなでさすっていると、ぶるりと身震いした少年の拳が顔面めがけて飛んできた。
「うわっ!」
「っんだ手前、うぜえ!ベタベタ触んな!」
「ちょ……ちょっと、待って!ねえ!君、シズちゃん……なの?」
みっともなく声を張り上げて、薄っぺらな身体を強引に抱きこんだ。頭に血が上っている時の彼には何を言っても無駄だと分かっているのに、そうせずにはいられなかった。
当時の俺は、自分の感情をこれっぽっちも理解していなかった。だから来神に通っていた当時、少年時代の彼にこんな風に触れたことなどはない。
切り刻んで、傷つけて、憎みあって、追いかけて追いかけられて――。そんなことばかりをしてきた俺たちだけれど。腕の中でもがく彼のぬくもりを、匂いを。大人になった俺は、もう知っている。
「はは、俺よりほっそい」
これはシズちゃんだ。怒りを爆発させることしかできない、少年時代の彼だ。
声も、目鼻立ちも、まだどこか幼さを残している。常に服に染み付いている煙草の匂いも、まだしない。汗とシャンプーが入り混じったような匂いが、ふわりと鼻腔を掠めた。
「……はな、せっつってんだろうが!」
だらしなく相貌を崩した俺の横面に、強烈な一撃。
青くて幼くて初々しいとはいえ、相手はあのシズちゃんだ。脳天を揺さぶる裏拳一発で、俺の視界は見事にブラックアウトした。






せら様、リクエストありがとうございました。


『大人臨也が来神時代にタイムスリップ』
たぎりまくって長くなってしまったので、少し続きます。
多分3話完結……の、予定!
書きたいシーン多すぎて前後にすら収まらずorz


(2013.4.15)



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