パープルハート
「うん、全治一ヶ月ってところだね」
軽くヒビが入っている程度だから、テープで固定しておけば日常生活に支障はないだろうとの事だった。
ベッドから起き上がる瞬間、胸全体にずきずきと鈍い痛みが走り、思わず顔を顰める。新羅は「とりあえず一週間分の薬を出しておくから、痛みが酷いようだったらすぐに来るように」と言い。それから、部屋の隅っこに置いてある来客用のソファに縮こまって座っているシズちゃんを見やった。
「で、今回は何をして肋骨骨折なんて悲惨な目に合ったのかな?」
「酷いな、新羅。俺は別に何もしちゃいないよ。……まだ、ね」
「まだ?」
不思議そうに首をかしげる新羅に曖昧に微笑みながら、俺はシズちゃんに向けるべき言葉を思案していた。


突然だが、俺とシズちゃんはお付き合いをしている。
男同士だとか、天敵と呼ばれる者同士であるとか、まあ突っ込みどころは多々あるだろうが、この際その部分には目を瞑って聞いてほしい。でないと、話が先に進まないからね。
それなりに紆余曲折も経て、最近では俺への態度も徐々に軟化しつつあった。二人きりで過ごしても、ささいな口喧嘩はあれど流血沙汰に発展する事はなくなっていたし。くだらない事で笑い合い、たまに休日が重なれば池袋を離れてデートを重ねたりもしていた。(ちなみに、“デート”という呼称は照れ屋なシズちゃんが嫌がるから普段はあまり使わない)
シズちゃんは周囲の人間にこの関係をあまり公にはしたくないようだが、俺から言わせてもらえば、バレバレもいい所だろう。今まで散々っぱらいがみ合っていた「平和島静雄」と「折原臨也」が、こともあろうにかつての戦場でもあるこの池袋で仲良く肩を並べて歩いているのだから。
町の住人にしてみれば、思いがけず手に入れた平穏といった所だろうか。好奇の目に晒される事はあれど、揃って歩く二大兵器に好き好んで喧嘩をふっかけるような無謀な輩は今の所現れていない。


「シズちゃん」
しょんぼりと丸まった肩をぽんぽんと叩くと、シズちゃんは大袈裟なぐらいに身体を震わせた。ぱっと上げた顔は可哀想なほどに真っ白で、見ているこちらが居た堪れない気持ちにさせられる程だ。サングラス越しの瞳は不安げに揺れ、俺の顔と服の襟元から覗く固定用のテープとを行ったり来たりした。
「お待たせ。もう終わったから、帰ろう」
俺は膝の上で硬く握り締められていた手を取るが、彼は弱々しい仕草で包み込んだ俺の手のひらを振りほどいて、ゆっくりとソファから立ち上がった。
「……悪ぃ。今日は……自分ち帰るわ」
一方的にそれだけ呟くと、シズちゃんは俺の顔に目もくれず、ペタペタとスリッパを引きずって玄関先へと消えていった。
追いかけてその腕を掴み、強引に引き止める事もできたが、そんな事をしても彼の傷を抉る結果にしかならないだろう。俺は仕方なく、小さくしょぼくれた背中を見送ってわしわしと髪を掻き毟った。
(また振り出しに戻っちゃったなぁ……)
お付き合いをしているからには、勿論「そういう雰囲気」になる事だってある。俺もシズちゃんも健全な成人男性だ。互いに好きあっていれば欲情だってする。
ただでさえ男同士というハードルが存在しているわけだが、それ以上の壁として俺達の前に立ちはだかっている問題。これが非常に厄介だった。
――最初は指を骨折した。
子供同士がじゃれつくような甘いキスだけで辛抱できなくなった俺が、彼になんの断りもなく性急に舌を挿入したことにより、絡めていた指を握りこまれてしまったのがその原因だった。
本人としては、少し身体が強張った程度の力加減だったのだと思う。けれど、常人をはるかに凌駕する怪力の持ち主でもあるシズちゃんと、かたや特に鍛えているわけでもない、どちらかと言えば優男の部類に入る俺の細い指とでは部が悪すぎた。
右手の人差し指と中指はものの見事にブチ折られていた。完治するまでの三週間、ろくにパソコンのキーボードすら叩けなくなり、波江にネチネチと嫌味を言われ続け酷く肩身の狭い思いをする事となった。その上、当のシズちゃんはしばらく俺と接触する事を避けるようになってしまい。まさに踏んだり蹴ったりといった散々な状況だった。
それでも俺はめげなかった。怪我の痛みよりも、長年の懸想の末やっとの思いで手に入れた彼に触れられない事の方が何十倍も辛いのだから仕方がない。
傷を癒しほとぼりを冷ましては、着実にスキンシップを重ね彼との関係をステップアップさせていった。もちろん、その都度新羅の世話になりながら、だが。
初めて服を脱がせて性器に触れた夜は手首の骨を捻じ折られた。そして今夜、シズちゃんの秘孔に指を這わせた瞬間、驚きに飛び上がった彼に突き飛ばされて今度はめでたく肋骨骨折、というわけだ。
もちろん彼が意図的に俺を傷つけているわけではない。初めての事尽くしでとにもかくにも余裕のないシズちゃんには、咄嗟に力のセーブができないのだ。無様なことに俺の方にも余裕がないので、彼の緊張をほぐしてやりながら冷静に行為を進めるという事が難しい。
だからこそシズちゃんを恨む気持ちなど毛ほどにも無かったし、彼を責める言葉も吐かない代わり、特にフォローを入れる事もせず、何事もなかったかのような顔をしてみせることだけを徹底させていた。


そう。自分に恨む気持ちが無いのだからと、俺はすっかり楽観視していたのだ。
シズちゃんがどれだけ自分の力を忌み嫌っていたか。俺を傷つけるたび、彼が自身の心にどれだけの傷を負っていたのか。それに気づいてやれていれば、こんな事態に発展することにはならなかったのに。






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