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writer:ゆうこ
a plot:たぬ子








暗い部屋に、パソコンの画面から漏れる光だけが色をばら撒いている。目を侵すような青白い灯りに、照らされた男の表情は固い。眼の奥に残る疲労を解きほぐすように強く瞼を開閉させ、臨也は再び目の前の画面に向き合った。
画面には三つのウィンドウが表示されている。一つはとあるSNSサイトの簡易チャットのログ、もう一つはメール画面、そして最後にPC備え付けのビデオ再生ツール。中でも一際大きく表示されたウィンドウの中には薄暗いホテルの一室が映し出されていた。
画面は部屋全体ではなく中心に置かれたベッドに焦点を当てている。そうするように臨也が仕向けた。録画に用いたカメラはこの日のために取り寄せたものだ。主に防犯用として使われることの多いこの機種は、画質はよくないが小型で稼動音がゼロに近い。つまり盗撮に最適、というわけだ。
部屋には二つの人影が見える。それらは徐々に寄り添い、ついには服を放りベッドへもつれこんだ。その後の展開は想像に難くない。画面の向こうは所謂ラブホテルの一室なのだから。明らかに女性のものではない二つのシルエットと、片方の頭部に淡く浮かぶ金の髪を見つめながら臨也は深く重い息を吐き出した。どんなに荒い画像でも見間違うはずがない。閉じそうになる瞼を叱咤し視線だけを動かす。チャットの投稿、メール画面、何度も繰り返し見直したそれらは一様に同じ結論を臨也へ与えていた。

平和島静雄が、男と寝ている。

最初にそれを目にしたのは、臨也の出入りしているとある掲示板だった。
男とラブホテルへ入っていくのを見た。
声をかけるのは決まって静雄のほう。
情報をたどっていく内に行き着いた男と、ついに臨也は接触する機会を得た。「池袋最強と一夜を共にした」と豪語するその男は、金銭と引換に悠々と自らの武勇伝を語ってくれた。

「そーそー、その平和島静雄。いっつもこええ顔で歩いてっからどんなことになんのかと思ったら、マジ聞いて驚くなよ。あいつすげーよ。良すぎて死ぬかと思った。オレ男も女もイケる口だけど、男であんなに良かったの初めてだわ。あいつのほうも何回イったか分かんねーし、しかもいくらヤッても満足しねえの。なんつーの、色情魔?いや、淫魔ってやつかな」

淫魔。
男と別れてからも、その単語が妙に臨也の頭に残っていた。
新羅の家へ仕事で訪れた際に、ふとその言葉を口に出してしまったのは、決して何かを望んでのことではなかった。そもそもそのとき臨也は静雄を疑うつもりはなかったのだ。どんなに情況証拠が揃おうと、所詮は人の口に昇る噂。静雄は池袋では有名人であり、彼の名を知る人間の多くは恐れか恨みか、もしくは歪んだ羨望を抱いている。臨也が直接コンタクトをとった男のように、静雄を組み敷くことを誇りに感じ、事実を捏造する輩がいてもおかしくはない。だから、本当にふと意識の端に浮かんだだけだった。デュラハンと暮らす新羅ならば悪魔の類にも多少は詳しいだろうと、道中で考えていたのがいけなかったのだろう。
淫魔という一言を耳にした瞬間、いつも笑みを絶やさない友人の顔がわずかに陰った。

「臨也、怒らないで聞いてね。静雄は君以外の男性と性的な関係を持ってる。それも不特定多数と。肉欲を埋めないと飢えて乾く、そういう体質なんだ。君が言うとおり、淫魔と言って差し支えないよ。ただし、静雄の場合は筋力を酷使する過程で身体が食物以外の栄養を必要とした結果じゃないかと思うから、セルティのように伝承に残る存在とは根本的に違う。静雄のあれは、体質なんだ」

新羅の言葉に嘘があるとは考えにくい。彼にとってセルティに関連する内容以外は全てが瑣末な事象であり、そこに偽証を挟む道理はないからだ。
青白い光は尚、臨也を照らしている。回想に耽りながら、臨也はゆっくりと上向き、口端を釣り上げた。くく、と低く漏らした笑みはすぐに高い笑い声へと変わる。
「あっはははははははははは――」
まさか、まさか本当に静雄が人間じゃないなんて!
今まで何度も静雄のことを化物となじってきたけれど、正直言ってこの展開は臨也の予想の範疇になかった。
淫魔。インキュバス。人の生気を吸うことでしか生きられない化物。人の間でしか生きられない、誰かに依存しなければ存在し続けられない異端。
「――は、」
ぴたりと声が止み部屋は再び静寂に包まれる。一度割り開かれた空間に、二度目の無音は重すぎた。
一切の表情を消した顔で、臨也は頭上の虚空を見上げる。
(なんで、俺じゃないんだ)
出会った頃から、どうにかして静雄を手に入れようと必死に臨也は画策してきた。憎悪や歪みきった執着の果てにようやく追い詰めて、やっと恋人と呼ばれるところへ彼を落としたのだ。
それなのに、静雄は臨也を拒む。キスから先を彼は頑として許さなかった。男同士の行為に不安があるのだろうと、必死に流そうとしていた自分が恨めしい。首筋に残る見知らぬ痕、臨也とは違う香水の匂い。思えばサインはたくさんあった。それでも臨也は耐えた。事実主義の自分らしくもなく、情報の取捨選択を誤ることで静雄を傍に置き続けた。
そんな努力も虚しく、静雄から暫く会うのを控えたいという旨のメールが届いたのはまだほんの三日前の話だ。
動揺で冷静さを欠いた頭で、臨也はとうとう行動に出た。掲示板で見た情報を踏まえながら池袋のラブホテルに罠を張ったその日の内に、獲物はかかった。回収したビデオには、見知らぬ男と静雄がベッドへ入る様子がしっかりと収められている。
自分から男の首に腕を回し、長い脚を腰に絡める。臨也を拒絶した身体が、別の男を求め引き寄せる。
ここまでまざまざと見せつけられれば、もう認めるしかない。新羅の言葉ですら聞き逃そうとしていた臨也の前に、あられもない姿を曝す恋人が映し出された。
これが、静雄の答えなのだ。
恋人と言って引き止めて、その実何一つ与えようとはしない。まるで隠す気がないかのような、ずさんな浮気。静雄が他の人間に全てを許すところを、ただ指を咥えて見ていろというのか。
もう限界だ。画面のスイッチを切り、恋人と見知らぬ男の情事を遮った。真っ暗になった部屋で、ようやく臨也はゆっくりと目を閉じる。訪れた静かな夜とは裏腹に、胸には激しい決意が渦巻いていた。





日が暮れた池袋の街を男と静雄が歩いている。気配を悟られない距離を保ちながら、臨也はその背を追った。西口の寂れたラブホテルの一つに入っていくところを見届けて、無意識の内に唇を噛む。予想はついていたとしても浮気の現場なんて見ていてそう気持ちのいいものではない。
気の遠くなるような数分を待って、中へ入った。受付で「奈倉」の名を出せば無言で部屋の鍵を渡される。池袋であれば事前に界隈の店全てに協力を頼むことなど、臨也にとっては造作もないことだった。人間の後ろめたい部分を扱う商売と情報屋は相性がいい。
階段を上り、問題の部屋の前で臨也は立ち止まった。表面だけ木材のように見える塗装と雑な細工で飾られ、却って安っぽく見える扉の鍵を慎重に回す。金属のノブに手をかけて、冷えた感触に一瞬頭が冷めた。ここを開けば、全てが終わる。少なくとも以前の自分たちには戻れない。
失うかもしれない。そう気付いて一瞬足が竦んだ。
知らないふりをしていれば、彼を傍に取り戻すことはそう難しくないだろう。共に食事をとり笑うことや、ソファで転寝をする彼の頬に密かに触れる、そんな些細な幸せも臨也にとっては重要だ。それらを守れるなら――
けれど、この扉の向こうでは静雄が見知らぬ男に身体を許そうとしている。それを思い出した途端、どろりとした醜い何かが胸に溢れた。

他の誰かに奪われるぐらいなら、いっそ。

勢いをつけて開いたドアの先、ベッドの上で口づけを交わす二人が見えた。まだ衣服を身につけたままであることに内心安堵しつながら、臨也は部屋の奥へと進む。
「何やってんのかなぁ、それ、誰のものかわかってる?」
突然の乱入者に状況を把握できず狼狽える男へ、臨也は笑みを向けた。一見人のよさそうな臨也の表情を見て、男が明らかに態度を変える。反応が遅い。小物だな。
「なんだおま」
え、の声が聞こえるか聞こえないかのところで、男の目の前を光が通りすぎた。臨也が無造作に放ったナイフは、男と静雄の間のわずかな隙間を抜けベッドへ突き刺さる。その軌道に手加減はない。当然だ。どこに刺さってもいい、むしろ刺されと思って投げた。間違って静雄に当たったところでどうせ死ぬほどの怪我にはならない。
薄いマットに深く刺さった刀身を見て、男の顔が明らかに青ざめる。
「聞いてるのはこっちなんだけどなぁ。質問に答えられないなら出てってくれない? それとも、今度は狙って投げようか」
「ひ、」
声にならない引きつった叫びをあげて、男が部屋を飛び出していく。靴を片方残して走り去った無様な背を冷めた目で見送って、臨也は身体をベッドへ向けた。
静雄は臨也の投げたナイフをじっと見つめている。
「あのさあ」
声に弾かれるように、ようやく静雄がこちらへ顔を向ける。その目に激しい怒りが見えないことが、無性に苛立たしかった。
「俺がどうしてここに来たかさすがにわかってるよね? なんか言うことないわけ?」
言いながら、臨也はベッドへ土足のまま足をかけた。先ほど貼り付けた笑みはとっくに消え失せ、その顔には苛立ちが滲んでいる。それを見上げる静雄の瞳には光がない。
これは何かを諦めているときの顔だ。そう気付いた瞬間に臨也は自分の頭に血が昇るのを感じた。
「そう、そういう態度。じゃあこっちから話すよ。シズちゃんさあ、淫魔なんだって」
ピク、と静雄の眉が引きつる。
「新羅から全部聞いたよ。男とセックスして生気を吸ってるんでしょ。新羅はただの体質だとかなんだとか言ってたけど、人を食い物にしないと生きられないなんて正真正銘の化物だよね」
化物、という単語に静雄の表情が曇った。以前ならば即座に激昂するはずの言葉にも静雄が怒りを見せないことが余計に臨也をヒートアップさせる。
「君が予想以上に特殊な体質っていうのはよくわかった。その馬鹿みたいな怪力のせいで人とセックスしなきゃ生きられないっていうのも、まあよしとしよう。でも、それならどうして俺じゃ駄目だったわけ? 化物って言われるのが嫌だった? いや、そんな単純な話じゃない。第一それなら新羅には口止めをしておくはずだ。君は俺にばれてもいいと思ってたんだ……これは復讐だろう」
静雄は俯いて、手を強く握りしめている。眼下から引きつるように息を呑む音がした。
ああそうだ、怒れよ。全部、めちゃくちゃにしてくれ。祈るように思いながら、臨也は喋り続ける。
「まったくシズちゃんを見くびってたよ。まさか俺のこと好きな振りまでするとは思ってなかった。そうまでして俺を陥れたかったの? 君に拒まれて、それでも尚優しくしようとする俺の姿はさぞ滑稽だっただろうね。他の男との情事の痕跡を見せびらかして、楽しかった? 気持ちよさそうに足開いちゃってさあ」
半身を軽く起こした静雄の肩を強く押さえつける。前髪を鷲掴み、強引に顔を上げさせた。
「この、淫売」
見下ろした目に灯る怒りを見つけ、ようやく臨也は安堵する。
「……黙って聞いてりゃあ、ごちゃごちゃと」
低い声に続き、襟首を掴まれる感触。殴られる、そう思って目を閉じた臨也の唇に温かいものが触れた。
呆気にとられる臨也の後ろ頭を抑えて、静雄は何度も口付ける。最初啄むようだったそれはすぐに激しいものに変わった。こんな静雄は知らない。臨也が触れれば身を竦めて恐る恐る応じる、そんな彼しか知らなかった。こうやって他の男に触れていたのか。失意とも嫉妬ともつかない何かが臨也の中に溢れるが、舌を掬われ応じるように絡めれば、何もかもがどうでもよくなる。頭の奥が蕩けそうに熱い。
「どうして俺がてめえと寝なかったか、わかるか」
いつの間にか形成は逆転していた。静雄の肩越しに薄暗い天井が見える。
「てめえの言う通りだ。俺はどうも男とやんねえと生きてけない身体らしい。しかも、おかしいんだ。俺に怯えてた奴らがキスひとつで態度を変える。そういう仕組になってんだとよ」
静雄はうっすらと笑っていた。歪んだ口の端に自身への嘲りを浮かべながら、荒い呼吸を繰り返す臨也の胸に手を当て、何かを確かめるように瞳を覗きこむ。
欲情しきった臨也の目を見て、静雄の表情が暗くなる。それは明らかな絶望。
「こうやっててめえが俺とやりてえって思うなら、それはてめえの意思じゃねえ。こんなのセックスでもなんでもねえよ。ただの食事じゃねえか」
駄々をこねる子供みたいな言い分だった。そして子供よりよほど鎮痛な声だった。何か言葉をかけなければと思うのに、臨也の喉は動かない。
「なんて思われてもいい。てめえだけはこの力でどうにかしたくなかった」
吐き捨てるように言って再び静雄は臨也へ唇を寄せた。与えられる荒々しいキスの合間に、常と変わらない触れるだけの接触が時折混ざる。それが酷く痛々しい。
臨也が静雄を失うことを恐れる以上に、静雄もまた恐れていた。臨也が静雄に欲情したところで、それは臨也の本心かどうかわからない。
静雄自身の力がそうさせているのだとしたら。そう思えば身体の繋がりを拒絶する静雄の気持ちはよくわかる気がした。
それなのに臨也は静雄の気持ちを疑った。どんなに熱いキスを繰り返しても、触れる静雄の手は冷えて震えている。こんなに傷ついてまで彼が守ろうとしたものを、踏みにじった罪は重い。
口腔内を犯される快感に、流されそうになる思考を引き止める。必死に理性を保ちながら、臨也は静雄の頭を引き剥がした。
突然の拒絶に戸惑う静雄に向けて、臨也はくつくつと笑う。
「……は、なに?シズちゃんは俺のこと心配してくれてたってわけ?」
うまく笑えている自信はなかった。それでも、引きつらずに言葉が出てきただけ上出来だ。
「俺がそんな容易く流されるとでも思ったの。そんなに不安なら一晩こうやって抱っこしててあげようか」
目を見開く静雄を、肩に押し付けるように強く抱き寄せる。
首筋にすりよれば、芳香に頭が痺れた。くそ、耐えろ。曖昧になりそうな思考を叱咤する。ここで手を出したら、今まで静雄の相手をしてきた男たちと同じになってしまう。彼の身体が求めるままに従うことは、静雄の気持ちを求めることにはならない。それでは意味がなかった。
身体だけを繋げたかった訳ではない。応えて貰えなくて悔しかったのは、真実静雄の心が欲しければこそ。
「なめるなよ、化物」
言葉とは裏腹の優しい声に、静雄の肩が震える。
縋るようにおずおずと回された手に、応えるように臨也は抱く腕に力を込めた。
やがて肩口を濡らす涙はきっとどんなキスより甘いのだろう。







たぬこさんのプロットを読んでウワアアアアと迸る萌えのままに文章を作ったんですが、余計なもの足したり良いところを活かしきれてなかったりで…もう、もう!!
うわーせっかくこんな素晴らしい設定で書かせて頂いたのに、なんでわたしの書く二人はえろくないのか!!!くっ
どうぞ皆さん元のプロットを読んでみてください……!たぬこさんの世界観本当に素敵なので……!!
タイトルはスピッツの曲名から。曲自体は全然関係ありません。この二人にはこのまま体の関係持つのか持たないのかの瀬戸際で不器用な恋愛してて欲しいなーと思ってつけました。
人様の考えたプロットから妄想して書き進めていくのがとても楽しかったです!
しかもわたしの妄想が素敵なお話になって返ってくるんですよ!!交換企画最高ォォ!!!
改めまして、素敵な企画にお誘い頂きありがとうございました^^

(2012.10.30)









top情欲アイロニー






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