let the cat our of the bag.
※猫臨シリーズ拍手連載第二弾
※前回までのログはmainに格納済み

池袋南公園。
周囲に張り巡らされた柵の隙間を縫って中に入ると、無骨な鉄板や重機のたぐいが遊具にまぎれてひっそりと佇んでいた。
我が物顔で無人の公園を横切った彼は、さっさと滑り台の下の穴倉へと消えていった。しぶしぶと後に続くと、中には思いのほか広々とした空間が広がっていた。
よれよれにふやけたダンボールが、どうやらこの猫の根城がわりらしい。足場を慣らすように何度かくるくると回った彼は、満足そうにその場にまるく納まった。
改装工事中で一般人の立ち入りが制限されはいるものの、猫にはおかまいなしというわけだ。生まれも育ちも生粋の野良猫いわく、こうしたところで雨風をしのがなければやっていけないらしい。
目の前でふわふわと揺れる金色のしっぽは、よく似た金髪の男の面影を嫌でも呼び覚ます。
このまま行くあてを無くしたら、自分もこんな風に野良猫生活を送ることになるのだろうか……そんな不吉な考えが頭を巡った。

『腹減ってるか?』

無言で入口に佇む俺をどう捉えたのか、彼は短く一声鳴いた。控えめに首を振ると、彼――月島は毛繕いの合間に「遠慮しなくていいのに」とかなんとか呟いていた。
ゴミバケツから漁り出した食べ残しやら、ねずみの死骸やらを出して来られても困ると思った俺は、聞こえないふりをしてやり過ごす。

『月ちゃんはさ、どうして月島に行きたいの?』
『……その“ツキチャン”ってのは、なんだ?』
『ん?君のあだ名。月島だから月ちゃんね』
『ふぅん。俺、名前つけられたことないから、なんか変なかんじ』

満更でもないのか、彼は美しい毛並みの尾っぽをゆらりと揺らした。我ながら安直だなぁとは思うが、行きずりの猫につける名前なんかこの程度で十分だ。

『探してるやつがいるんだ』

ざらざらの舌で一通り毛並みをブラッシングし終えた彼は、思い出したように俺の問いかけに対する答えを口にする。
この辺りのマイペースさは、さすが猫、といったところだろうか。

『へえ、猫?』
『いや、人間』

月ちゃんの隣に腰を落ち着ける。ダンボールは思いのほかやわらかく、彼と俺の体温でほのかな温もりが生まれた。

『そいつが、ツキシマに行くって言ってたんだ。だから、そこに行けばまた会えるんじゃねえかって思って』
『飼い主かなにか?』

心なしかどこか憂いめいた表情を浮かべ(猫には表情がないというが、それは嘘だなと思う)彼は小さくかぶりを振った。

『何度か飯食わせてもらっただけ』
『……ふぅん』

そいつ、たぶんもう君のことなんか覚えていないよ。そう口にしかけたが、とっさに口を噤んだ。この寒空の下、今ここを追い出されるのは得策ではない。

『人間は気まぐれで嘘吐きだからね。そいつが本当に月島に居るのか、怪しいと思うけど。簡単に移動できる距離じゃないから、少し考えた方がいいよ』
『なんでお前に人間のことが分かるんだよ』
『わかるさ。だって』

俺も、元々は人間だから。――とは言えず、飼い主を見てれば分かるよ、と言葉尻を濁した。

『素直じゃないし、頑固だし、こっちの言い分なんて全然きかないしさ』

人間という種族全体に対して、これではあまりに失礼だろうか、とふいに罪悪感めいたものを感じた。なにせ、俺が頭の中に思い浮かべる相手は、たった一人。それも、とても人間とは呼べないような男の姿なのだから。
たかだか野良猫一匹に何を熱く語っているのだろう、と何度目かになる短い息を吐き(だって、これ以外に感情を表に出すすべがないのだから仕方がない)首をうな垂れて足先に顔を埋め直した。

『お前はその飼い主のことが嫌いなのか?』
『嫌いだね。大嫌いだ』

吐き捨てるように言い、ぎゅっと体をまるめて寝る体勢を整えた。こちらにこれ以上会話を交わす意思がないと悟ったのか、月ちゃんも俺に倣うように自らの前足に顔を埋めた。

真っ黒な毛の隙間から覗くようにして、ぽかりと口を開けたままの入口から空を見上げる。頭上を覆う分厚い雲は、今にも雨粒を零しそうだった。
ベランダに引っかかったままになっていた布団は仕舞われたのだろうか。
シズちゃんはきちんと夕食を食べたのだろうか。俺を探して駆けまわっているだろうか。
それとも――とっくに愛想を尽かせてろっぴと二人で布団に入っていたりするのだろうか。

考えを打ち切ろうとすればするほどに、俺の頭の中はシズちゃんでいっぱいになっていく。
無意識に地面を叩いていた俺の尾っぽの先を目の端で見るともなしに眺めていた月ちゃんが、おもむろに身体を起こした。

『お前、もう帰れ。帰り道は案内してやるからよ』

いやに真面目くさった声音で言うと、彼はすっくと立ち上がった。

『嫌だね』

苛立ちを込めて吐き捨て、尻尾の先で荒っぽく地面を叩く。猫の身体は正直だ。感情を押し殺そうにも、尻尾や毛並みにそれは如実にあらわれる。

『俺はもう、あいつの顔なんて見たくもないんだ』

綺麗な黄金色の目を三日月のように細めたかと思うと、月ちゃんはゆっくりと立ち上がり――それから、俺の首根っこにがぶりと噛みついた。首の皮がひきつれるような感覚と共に、視界の位置が高くなる。こちらの言い分などおかまいなしに、彼は俺をここから引きずり出そうという腹積もりらしい。
身体を捻って抵抗すると、月ちゃんはあっさりと俺を解放した。全身の毛を逆立て、低く身を構える。

『帰る場所があんなら、簡単に捨てようとすんじゃねえよ』

冗談じゃない。お前に何が分かる、との意味を込めて金色の瞳を睨みつけてやるが、彼はこちらの敵意などまるでおかまいなしにさらにこう続けた。

『こんなとこで腐ってるくらいなら、その飼い主の手の一つでも引っ掻いてやればいいだろ。お前は、ただ逃げてるだけだ』
『……野良猫風情が、俺に説教するつもりかい?』

ずい、と顔をよせた月ちゃんが、俺の頬を優しく舐めた。まるでそこに見えない何かが流れているとでも言うように。

『野良猫だから、だよ』

ゆらゆらと左右に揺れる不格好な尻尾が、俺の背中をそっとさする。ほのかに感じるぬくもりが、胸の中に凝り固まっていた何かをじわじわと溶かしていく。涙なんか流すこともできないというのに、目の奥が熱くてしかたなかった。

『さ、行こうぜ』

「しょうがねえな」とぼやきながら、ひどく臆病な手つきで毛足を撫でる男の手を、俺はぼんやりと思いだしていた。







またしても猫しか出てこない……。
月ちゃんが探している人間と、臨也と、静雄。
そのあたりを全て踏まえて、次回で最終回となります。

(2015.8.30)

let the cat our of the bag.
商人が袋の中に入れた猫を子豚だと偽って売ろうとしていたときに、
袋の中から猫が出てきてしまって、その嘘がばれてしまったことに由来する。
「秘密はばれているぞ」という意味。




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