大手メーカーに勤めるスミレの両親は、忙しい人達だった。
夜勤も多く、朝早くから夜遅くまで家を留守にする。小学校から帰ってきた彼女を迎える声を聞いたのは、両手で数えられるくらいだろうか。

幸いにも愛のある両親だったため彼女はさして寂しくはなかったが、さすがに今この時はスミレも心細さを覚えてしまった。



「おばあちゃん家で、いっぱい遊んでくるのよ」

「宿題も忘れずにな。元気でやれよ、スミレ」



会った時には必ずしてくれる優しい抱擁で別れを告げられ、スミレは一人、大荷物と共に電車に飛び乗った。






ーーーー夏休みの三十一日間。
スミレは、母方の祖母の家で暮らす事となった。

両親二人へ急に長い出張が入り、その期間は中学に上がってもいないスミレを一人にするのにはあまりに長すぎるものだった。
そして、愛する娘にろくに遠出もさせてやれなかった代わりに少しでも、というささやかな思いからきまったこの遠出は、スミレにとっては実質、初めての「旅行」なのである。




聞かされたのは、よくわからない地名(結構田舎だという事は分かった)と、三十一日間の遠出という事だけである。


ーーもう十歳だから、大丈夫だもん。

そう心の中で威張ってみても、心の端でのぐるぐるとした不安は蹲る。
困った時は、ぎゅっと目を瞑って深呼吸。母親に言われた言葉を思い出して、スミレは大きく息を吸った。








電車は、かなりの長旅であった。

灰色のビルで埋め尽くされていた窓ガラスは、いつしか古びた民家の屋根の色に変わっていて。
電車の揺れに段々と眠たくなり、次に目を開けた時には、景色は一面の新緑に染まっていた。



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