稲妻(予備) | ナノ

 バーンの厚意を有り難く受け止め、帽子を頭に被りゆっくりと食堂のドアを開けた。少しだけ不安はあったが、先程よりは幾分か気持ちが楽だった。バーンのお陰だとは認めたくないが、不本意ながらこれは確実にバーンのお陰である。しかし「ありがとう」と言うつもりはない。バーンはこれを“優しさ”だと、意識していないだろうから。

 ギイ、とドアの金具が軋む音がやたらと大きく響いた。いっせいに、こちらに視線が集まる。どきり、と心臓が跳ねた。

「遅いですよ。何分待たせるんですか」

 チャンスウが少しだけ吊り上がった糸目をさらに細めて言う。口元の様子からして、これは怒ってはいない。多分笑顔だ。……まだまだチャンスウとは交流が薄いからなんとも判断しづらいのだが。

「ほら、早く席について。合掌をしなければね」
「……ああ、すまない」

 やたらとチームメイト同士の仲が良いファイアドラゴンでは、朝、晩は必ず全員が集まり合掌をしてからご飯を食べる。私はこの習慣は嫌いではない。むしろこの暖かい雰囲気が好きだ。

 席につこうとしたところで、バーンと目が合った。小さく口パクで「ありがとう」と言ってみたがバーンは眉間にしわをよせ、首を傾げた。そして、

「部屋ん中で帽子被ってたらハゲるぜ」

 三度死ね。

― ― ―


「いただきまーすっ」

 手をぱちんと合わせてから箸を手にとる。銀製の箸は韓国特有のものだ。時々箸と食器とが擦れてキイ、と耳に痛い音を出すのは気に入らないが綺麗な銀色は初めて見たときから好印象だ。

「ほらバーン、またピーマン残して。お子様だね」
「うるせえ。嫌なもんは嫌なんだよ! お前だって、ええと、イナズマジャパンの豪炎寺のこと嫌なんだろ? 円堂に近づくからとか何とかでさ」
「それはそれ、これはこれだよ。ピーマンと円堂くんを一緒にしないで貰えるかな?!」
「一緒にはしてね」
「円堂くんはピーマンなんかに負けない程の可愛らしさだよ。なんなら君はガゼル、僕は円堂くんで語りあいっこでもしようか? 2時間以上は語れる自信が僕にはあるよ。バーンにはそれくらいの自信がある?」

 ふふん、と金色の髪の毛を靡かせながらアフロディが言う。

 ……相も変わらず、だな。バーンとアフロディは煩すぎやしないだろうか。私が聞いているかぎり、この二人の会話は丸きり成長していない。思ったことをそのままズバズバと言い放つだけで、冷静さのかけらもないのだ。聞いていて飽きることはないのだが、さすがに私を挟んで話されると、流石に煩い。

 眉間にしわを寄せつつ黙々と食べていると、今更アフロディが「ねえガゼル。この帽子なんなの?」なんて聞いてきた。朝の出来事を忘れているのか。……ならば、それはそれで良い。

「別に」
「じゃあ何で脱がないの? 暑いでしょ? ガゼル暑いの苦手なくせに」
「クーラーが効いてるから、暑くない」

 ふうん、と軽く相槌を打ったアフロディは再び目の前の料理に視線を戻した。とくに深いところまで突っ込んでこなかった事にほっとし、額に浮かんだ冷や汗を腕で拭った。

「おらガゼル、これ食えよ」

 ひょいと私の皿の上に残していたピーマンを載せた。次々とフォークでピーマンをぶっ刺しては私の皿との行き来を繰り返す。余談だが、バーンは箸を上手く使えない。

「仕方ないな。じゃあバーン、君はこれを食えよ」

 そう言って、皿の端に避けていた肉の欠片をバーンの皿に移す。

「なんでガゼルは肉食えねえんだ? まあラッキーだからいいけどよ」
「私はどちらかと言えば魚派だ。肉は、……なんだ、何となく嫌いなんだ」
「へえ? そうな………」

 バーンが私の頭の上に視線を集中させた。は、と思い咄嗟に帽子を押さえたがもう遅い。バーンの「あっ」という声と同時に、私の頭から帽子が外れた。

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