稲妻 | ナノ




 辺りもすっかり暗くなる夜10時。
 明かりも何もついていない真暗闇のリビングを開くとそこには、不動のつめたくなった死体が転がっていた。



―――とか、そういうことではない、決して。

「おい不動、目を覚ませ」

 ゆさゆさと肩を揺すってやると、目をこすり、ぶるりと体を震わせながらのそりと起き上がった。

「……なに、朝? さみい」
「まだ10時だばか、いつから寝てる。こんなところで寝てると驚くだろう」
「ばかばか言うなよ有人……」

 仕事がハードなのか楽なのかは知らないが、いつも俺より早く帰宅する不動は、家に帰るとリビングを開け、そのまま倒れ込むようにして眠ってしまうらしい。一緒に生活をし始めて早二年。そろそろ慣れてもいい頃だとも思うが、“やはり人が倒れている”というのは今までの俺の生活に基づけば“非日常”なのである。非日常が日常となるにはまだ相当の時間が必要らしい。

 転がったままの不動の手をひいて引っ張り起こし、とりあえずこたつへ入れと促す。静かにこくりと頷いた不動はこたつへいそいそと頭から潜りこみ、その反対側からすっぽりと頭を出した。まるで猫みたいだと思う。

「晩飯作るぞ、鍋でいいな」
「ん、あー、飯はいいわ。今日食わせてもらってきたし」

 不動は足の置場が定まらないのか、こたつのなかでゴソゴソと動きながらぼんやりと言った。

 こいつはよく晩飯を食べさせてもらってから帰ってくる。
 何処で食べているのかとか、誰に食べさせてもらったとかはわからない。ましてやこいつがどんな仕事をしているのかすらも、イマイチ把握していない。

 それはそれで、いい。いいのだ。興味がないと言っては嘘になるが、きちんとここへ帰ってくれさえすればそれでいい。ただ一度帰って来なかったときがある。あのときは、どうとも言えない不安に襲われた。帰って来いとは言っているのだが。

「そうか」

 俺は手に取りかけていた土鍋を棚に置き戻し、冷蔵庫からビールと不動のチューハイを取り出してこたつへ向かった。不動が頭を出している斜向かいに座りチューハイを手渡す。ひんやりと冷えた缶に一旦手に取るのを戸惑いながら、不動は「さんきゅ」と受けとった。

 音楽もテレビの音もない部屋に二人だけの時間がゆったりと流れ始める。

 二人とも喋らない。
 缶がテーブルと擦れる音、ビールを呑みこむときのごくりごくりという音、チューハイがチャポンと鳴る音、こたつの小さくうんうん唸る音。すべては、普段ならば耳を澄ませなければ聞こえないようなほんの小さな音だが、今この空間には、静かに、大きく、響いている。心地好い。何も話さなくても気兼ねのいらない相手が居るという、安心感。

「なあ有人、ちゅーしようぜちゅー」
「……なんだ酔ってるのか気持ち悪い。そういえば、お前もだいぶ頭がふさふさしてきたな」
「聞けよ! ああもう頭撫でんなばか」

 こたつからヒョコリと出た不動の頭をわしわしと撫でながら、ぼんやりと、こころのなかにある不思議な感情に目を向けた。

 友情か、愛情か、恋情か。答えはとうに出ているはずなのだけれど。



∴ふさふさ



 不動が俺の頬にちゅっ、とじゃれるような軽いキスをする。それからニヤリと悪戯に笑いながら「みかんを剥いてくれ」とみかんをを差し出した。自分で剥け、と突き返すと「だって手ェ汚れんじゃん」とあくびをした。とりあえずいまだに不動の不安定な髪の毛をぐいっと引っ張っておいた。

 ちょっと抜けた。


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