稲妻 | ナノ




「あれ」

 緑川が居ないことに気がついたのは、つい三日ほど前の話だ。

 ふと、胸に妙に強烈な違和感を感じたのだった。「何かが足りていない」と、そんな違和感。途端になんだかソワソワと不安になってしまって、俺は緑川の行方をたくさんの人に聞いてまわった。俺にしては取り乱してしまっていたのではないだろうか。全員、少しだけ引き攣ったような顔をしていた。しかし俺は、その時とにかくがむしゃらであったから、そんなことは気にも留めなかった(留められなかった、と言ったほうが正しいか)。

 結果、答はすべて「NO」であった。

 一人として緑川の居場所を知る者はいなかった。それどころか、緑川の存在すら知らないと言う者すらあった。「誰? それ」と。

 皆がなぜ緑川の居場所を知らないのか、なぜ緑川は俺たちに何も告げることなくどこかへ言ってしまったのか、そしてなぜ、俺は緑川が居なくなったことに気づくことができなかったのか。

 ―――わけがわからない、なんだか、不審。

 幾度と聞いても容赦なく返ってくるNOに俺は苛立ち、緑川を捜そうとお日さま園をこっそりと抜け出した。

 すぐに見つけて戻れるわけがないことは十分承知していた。けれど俺は、父さんにも姉さんにも何も言ってこなかった。なぜ俺はこの時何も言わなかったのだろうか、俺にもわからなかった。ただ、興奮していたのだろう、ということだけはわかる。それともあの時の気持ちが緑川が出て行ったときの気持ちなのかな、とか。そんなことを考えたのは園を出てしばらくのことだった。もしもの時のことを考えて、「緑川を捜しに行ってくる」と言う旨の置き手紙だけは置いてきた。晴矢が見つけてくれたら、きっとうまくやってくれるだろうという淡い希望を残して。

 ひらひらとおちる木漏れ日を浴びながら長閑な散歩道を、早足に進む。どこに行こうとか、緑川ならどこに居るだろうとかいう見当はまるでついていなかった。ただ気持ちばかりが焦って、馬鹿みたいに歩き回っている。

 気づけば早足から小走りに速さが変わっていた。背中や額にじっとりと気持ちの悪い汗が滲む。呼吸は荒く、肩で息をしていた。

「……6時間、」

 公園の近くを通るときに、ちらと時計台を見た。俺が園を出た時間から既に6時間が経っているらしい。感覚では、まだ1時間も経っていないつもりだった。おかしいな、今日は妙に時間の流れが早い。はっと辺りを見回すと、日は落ちてすっかり暗くなってしまっていた。

 今日は帰ろうかな、なんて

「あ」「あっ」

考えていれば存外あっさりと見つかった。黒目勝ちのつり目に、後頭部で高い位置に結われた長い緑髪、俺より少し高い身長、中学二年生にしては少し高めの声。たしかに、彼は緑川だ。

 しばらく互いに言葉を発せずに突っ立って見つめ合っていた。今夜の星空は妙に澄んでいて、くっきりと一粒一粒が見えるようだ。「……どうして、」バサリと、沈黙を区切ったのは緑川のほうだった。

「どうして、ヒロト、ここに」
「……捜しにきたから」

 緑川は困惑の表情を浮かべた。

「ちょっ、と待って、よくわからないや。捜しに?」
「緑川が居なくなって、寂しくなったから捜しに来たんだ。……皆何故かおまえのことを知らないとかなんとか、言うから、よくわからなくなった」

 「でもよかった。見つかった」そう言って近寄ろうとすると、緑川が両手を前に突き出して俺の動きを止めた。よく見れば、緑川の瞳にはうっすらと涙が浮かんでいる。

「……ヒロト、なんで」
「なんで、って何がだい?」
「ヒロト、ヒロトはなんで覚えてるの。俺追放されたんだよ」

「俺、追放、されたんだ」

 ぞくり、と心臓が震える。俺は今、今までとは違うどこか異常な空間に居る――ような、そんな気がした。

「ついほう……追放って、だって、エイリア学園は確かに崩壊しただろ、もう、そんなことする必要なんて」
「ヒロト、ごめん」

 緑川が申し訳なさそうに目を伏した。それから、物悲しげな淡い笑顔を浮かべる。

「ヒロト、俺のこと覚えててくれてありがと。探してくれて、ありがとう」

 さらり、緑髪が揺れたかと思えば、すぐ横に緑川の顔があった。とん、と俺の肩に頭を置く緑川を抱きしめる、そして抱きしめ返される。おどろくほど、つめたい身体だった。



∴おかしいな、きみのこえがきこえない



title by 童貞

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