稲妻 | ナノ




 ゲームセンターを歩きながら、リズムゲームやシューティングゲームなどに少ない小遣いをはたくのはいまどきの中学生にはよくあること。使ったあとにたくさん後悔はするけれど、その時さえ良ければ良いという考えもまた、中学生にはよくあることだ。

 さて、緑川は今クレーンゲームにお熱らしい。

「あっねえ、ヒロト」
「ん? 今度は何だい」
「あれ取って!」

 両手に景品のぬいぐるみや菓子などをたくさん抱えて、嬉しそうにはしゃぎながら今度も違うクレーンゲームを指差す緑川のなんと可愛いことか。でもね、緑川。……いくら持って帰るつもりなんだい?

「…まだ取るの?」
「当たり前じゃん! まだ俺、ヒロトに一つも取ってもらってないんだよ」

 ぷう、と頬を膨らませて怒ったように言う。まあ緑川の言うとおりなんだけどさ俺はクレーンゲームが大の苦手だ。色々な機会に何度かやってきたが、なんとか景品の端をつまんだことは何度かあるけど、最終的にその景品が自分の物になった試しは一度だってない。今持っているたくさんの景品は、中々取れない俺に痺れを切らして緑川が俺を退かして自分で取ってしまったものだ(緑川はクレーンゲームがとても上手なのだ)。

 それなら最初から自分で取っちゃえばいいじゃないか、と緑川に言ってみたのだが、それではダメらしい。「ヒロトに取ってもらう、ってとこに価値があるんだろ」緑川は平然とした顔でそう言ったが、……それなら俺が取るまで待ってほしいと思うのは、俺だけなのだろうか?

 緑川は隣で景品の菓子をぽりぽりと食べながら、ガラスの中のぬいぐるみをじっと眺めている。赤や黄、青に緑、黒、茶色、橙――とバラエティーに富んだ色の動物を象ったぬいぐるみが乱雑に並べてある中から、緑川は一匹のうさぎを指差した。

「ヒロト、あれがいい」

 人差し指の先にあるのは、スペースの真ん中にどんと居座っている赤いうさぎだった。

「あれでいいの?」
「あれがいいんだよ!」

 うさぎは派手な、しかし煩くない上品なチューリップの柄を携えたワンピースを着せられ、右手にはアイスクリームを握っている。目は目つきこそ悪いが、綺麗な黒色だ。耳は少し垂れ下がっている。しかしなんとなく周りのぬいぐるみとは異質なオーラを醸し出していて……。何と言うか、お世辞にも、“可愛らしい”とは言い難いようなぬいぐるみだ。

「チューリップが晴矢でしょ。アイスクリームが風介、耳がヒロト! そんな感じしない?」
「…ああ、言われてみれば」
「でも、可愛くないねえ。まあこの3人だからしかたないかもね」

 緑川はそう言って、けらけらととても可笑しそうに笑った。確かに、俺達3人なら可愛くなんてないかもね。ていうかチューリップなんて言ったら、晴矢怒るぞ?

「ね、取ってよ! 今度はちゃんと我慢するから」

 まるで宝物を見つけた子供のように爛々と目を輝かせる緑川に、なんとなく逆らうことはできなかった。

 今度はちゃんと我慢する、という緑川の言葉を信じて、俺は財布から100円玉を取り出して投入口にコインを入れる。コインが確認されると、ゲームセンターらしい、愉快で安っぽい音楽が流れ始めた。

「俺、横から見てるからね! ストップって言ったら止めてね!」

 そう言うと緑川は機械の横からガラスにべったりと張り付いた。ぬいぐるみとアームを交互に見つめる黒い目がきょろきょろと動く。

 さっきまで横で応援してくれるだけだった緑川がこうまでしてくれるんだから、余程この人形を気に入っちゃったんだろうな。たまに緑川のセンスを疑うよ…、まあとくに否定はしないけど。

「いくよ」

 緑川がストップ、と言いやすいようになるべくゆっくりとアームを動かす。慎重に、慎重に。アームをゆっくり動かすことは何度だってやってきた。……まあ今だに慣れてはいないんだけどね。

「はいストップ!」

 大きな声が耳に流れこんだのに気づいて、ぱっと急いで手を離す。ちらりと緑川を見遣ると「おっけーおっけー!」と、親指を立てて笑っている。なんとか最初の任務が成功したことにほっとして、俺はまた次の操作に意識を戻した。

 ああ、こんなにゲームに神経を使うのなんていつぶりだろうか。額と操作レバーを握る手の平にはうっすらと汗すら浮かんでいる(暖房がキツすぎる所為もあるだろうが)。それにしても今日はいつにも増して人が多い気がする。日曜日だしな、またポケモンかベイブレードなんかのイベントでもあるのだろうか。そういやこの100円、ラスト一枚だった気が…

「わああヒロト! ストップ!」
「えっ、うわっ…」

 ぱしん、と背中を叩かれた。声の主も、背中を叩いた手の平の主も言わずもがな緑川だ。

 あれ、やっちゃった…。意識を集中どころか散漫しすぎじゃないか。

 慌てて手を離したがおそらくもう遅いだろう。アームの先はどう考えてもぬいぐるみを掠るほどにしか当たらなさそうだ。

「ご、ごめんね緑川…」
「ううん、いいよ! 元々俺のわがままなんだしさ。ヒロトが謝ることないよ…」

 ほら言葉の語尾が下がる。緑川のくせ。残念がるときにはいつも語尾がへにゃへにゃと萎んでしまうのだ。

「ほんとごめ」



 ごとん。
 足元になにか微かな物音がした。まるで、何かが落ちたような。

「わああああ!」

 音に反応してしゃがんだ緑川が、歓喜の声(と思われるもの)をあげた。

「ヒロト、凄い、取れたよ!」
「…え?」

 俺はただただ驚くことしかできなかった。緑川が景品取り出し口から取り出し抱き抱えているものは確かに、なんとも可愛らしいとは言い難い、あの人形だった。目つきの悪いうさぎがこちらをギンと睨んでいる。

「運よく耳か腕かに引っ掛かったのかな…。とにかくラッキーだね!」
「……ええええええ」
「ありがとう!」


 それからというもの、緑川は毎晩あのぬいぐるみを枕元に置いて眠っているらしい。中二男子としてそれはどうなのか、といくらか心配して言ってやったのだが「俺がいいからいーの」と反論をくらった。…全く、その通りだね。



∴小遣は羽を生やして飛んでゆきましたが、



俺のラス1の100円は報われたし、緑川の笑顔も見れたのでまあ善しとする。

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