稲妻 | ナノ




※少し気持ち悪いです




 不動くんの目は、すごく汚い緑色だね。

 ヒロトは俺にまたがって、その“汚い目”の白い部分を撫でながらそう言った。白くて細い指か瞳に触れないよう、俺はなるべく視線を動かさずにじっと目の前の赤を見つめた。目のあたりに、嫌な異物感。ヒロトがするりと指を滑らせるたびに背筋が冷えた。瞬きさえろくにすることを許されないこの体勢。一体何がどうしてこんな状況になったのだろう。――いや、この際そんなことはどうだっていい。とにかく俺はこの状況から一刻も早く抜け出したいのだ。

 さて、どうする? 相手はヒロトだ。「退け」と言って素直に退くようなタマじゃないはずだ。むしろそう言えば、俺が嫌がっていることに喜びを覚えて余計な手を加えてくるようなやつだ。火に油を注ぐとはまさにこういうことだ、と思う。じゃあ、どうすればいい。「嫌だ、退け」と言えば喜んで余計なことをしてくるだろうし、きっと力でも敵わないだろう。こいつはあの細っこい腕からは想像もつかないような力を持っているから。一度だけ見たことがある、こいつの力の使い方は本当に荒々しく、そして酷かった。だれかを助けるために使ったのだと知りながらみたが…――それでも、転がった人間の真ん中に立つこいつの姿は強烈すぎていまだに目の裏に焼き付いて、剥がれない。この俺の白目に触れている指にも少し力を入れたら簡単にぷっちりと潰れてしまうんじゃ…――。

 そこまで考えて、思考をやめた。目を潰すようなことはないだろう。なんせこいつはとても頭の良いやつだから。

 さすれば俺にはなにも抵抗の術が無くなってしまったことになる。小さなため息を吐いて、軽く身じろぎをした。ヒロトがまたがっている所為で動けなかったからか、腰だか背中だかからぽきりと骨の鳴る音がした。腰のあたりが固まってしまって、ずしりと重い。それに少し顔をしかませると、ヒロトは不意に指を離した。やっと無くなった異物感に反射的に目を閉じた。すっかり渇いてしまった目を潤そうとして、閉じた瞼の中でたくさんの涙が分泌された。つんと鋭い痛みが奥の手ほうに走る。

 再び目を開けたとき、やっぱりそこにはヒロトが居た。少しだけ、これは夢で目を開けたら自分の部屋の天井が視界に広がればいいとか思ってた。まあそんなことあるわけがなかったのだけれど。

「ねえ、痛い?」
「…ああ?」

「痛い?」だ? 痛いに決まってるじゃねえか。でもそれを言ったら負けな気がするから。

「……やっぱり、不動くんの目は汚いね」
「そうかい」
「まんまるいビー玉にかびが生えちゃったみたい。ふふ、気持ち悪いね」

 ヒロトはそう言って、今度は両手を伸ばした。両頬をゆるりと撫でて、親指を伸ばしてまた白目を撫でた。ち、と瞳に親指が掠って涙腺が緩む。じんわりと景色が歪んだ。ヒロトが手を、指を休ませることはない。

「緑川の透明で透き通った黒とは大違いだよ」
「へーへー」
「あれは本当にきれいだよ。できることなら不動くんの目をあんな黒に変えてやりたいくらいに」
「……ヒロトの髪の毛は血みたいに真っ赤だな」

 いい加減ヒロトの自分本意な語りにいらついて、俺が常々思っていたことを吐き出してみた。「人一人くらい、殺したことあんじゃねえの」元はあんたの大好きな緑川クンと同じ緑色だったりしてな。瞬間、目を丸く開き、ぴくりと動きを止めたが、ヒロトはまた何事も無かったように元の作業に戻った。もちろん答は返ってこない。こいつはどこまでも自分本意だ。人は見かけによらない。こいつは我が儘だ。しかしヒロトの額にはうっすらと汗が浮かんでいた。なんだこいつ、なんかあんのか。

 ヒロトは急に俺を抱きしめた。俺の存在を確かめるようにべたべたと身体中を触りまくった。突然の行動に驚いていると今度はベリリと剥がされて、また目の前には血の赤があった。「何がしてえんだ」と聞くがやはり何も答えない。そのかわり、ヒロトは目を細めて口元をゆるく歪ませて、言った。

「でも、君の瞳の奥はまだまだきれいだよ」



∴よく食えるな



ふふ、いただきまあす。

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