稲妻 | ナノ
玲名はクールだ。クールで、俺なんかよりずっと男前で、かっこいい。華奢な身体なはずなのに、か弱そうなイメージは決して与えない。オーラ、とでも言おうか。玲名のまわりには、いまどきの女の子のようなふわふわとした空気ではなくて、ぴしっとした、張り詰めた空気を纏っている。多分、その所為だ。
小さい頃は玲名のそういう雰囲気が苦手で、俺から話し掛けることなんてひとつもなかった。たまに姉さんに「おやつだから呼んできて」とお願いされるとき以外は極力玲名と話すことから避けていた。だから小さい玲名の声は殆ど覚えていない。覚えているのはたまに玲名のいる部屋の前を通りすぎたときに聞こえた、扉を挟んだ小さな声だ。
玲名とやっと話しはじめたのは、俺がグラン、玲名がウルビダと名乗りはじめたころ――星の使途の計画がスタートしたころだった。同じチームになって、フォーメーションやチームメイトの状態について話したりするときだけだったけれど、必要以上に緊張していたのは覚えている。玲名は俺がいくら勇気を振り絞って話し掛けても懐く、というか心を開くことはなかった。話しに対する相槌は気づくか気づかないかくらいに小さく頷くだけで、返事は極力短く「ああ」や「わかった」だけ。ひそかに俺は淋しさを感じていた、気がする。
本当に話し始めたのは計画が崩れて暫く経ったときからだ。俺が俺に、玲名が玲名に戻ってから。崩れたてのころは諸々があって話し辛かったけど、しだいに皆で集まってサッカーをするようになったりして話すことができた。本当に不思議な気分だった。今まで全く話さなかった相手と話しているというのは、本当に不思議な気持ちなのだ。話しながら、ああなんで俺、玲名と今しゃべってんだろ、とか考えてた。
話し始めて気づいたことは沢山あった。礼儀正しかったり、人に厳しいことを言うと思ったらそれ以上に自分に厳しかったり、テーブルマナーに詳しかったり、料理が苦手なこと、いつも周りに気を配っていることとか、笑うと意外と可愛らしかったりだとか。話すようになってぐちぐちと色々なことを言われて嫌な思いもしたけれど、話さなければよかった、とは思わなかった。
それからも細やかな連絡の取り合いをしながら大学生になって、俺と玲名は付き合い始めた。晴矢や風介、緑川、砂木沼を始め、俺と玲名を知っているやつらには目を丸くして驚かれた。「仲が悪いと思ってた」「まさか付き合うなんて思わなかった」様々なことは言われたけれど、みんな最終的には「まあ、お似合いだよな」に落ち着いた。玲名はデートの最中でもクールだったし、あまり話しもしなかった。でも、それでもよかった。話さなくても全部わかった、通じ合えた。初デートで行ったレストランではテーブルマナーについてひたすら怒られたけど。
「それでさぁ…」
「…何が言いたいんだ」
「ん?」
目の前玲名は若干不機嫌そうに、皿の上に載った前菜を口に運んだ。口をもぐもぐと動かして、ゆっくり咀嚼して味わっている様子はとても可愛らしい。口の中の物がなくなった玲名は真っ直ぐに俺を見た。
「このレストラン、初デートの時に来たんだよ。覚えてる?」
「覚えてるもなにも、お前を叱った苦い思い出しかないがな」
「ははっ、きついなあ」
俺は苦笑いしながら、今だにぎこちない手つきで玲名と同じように前菜を口に運んだ。
「一体お前は何が言いたいんだ」
もぐもぐ、ごくん。3、2、1。
俺も真っ直ぐに玲名を見つめた。
「結婚、しようか」
∴フォークが落ちた音は、きっと始まりの音
滑り落ちた淡いピンク