稲妻 | ナノ




 アツヤは生きているんだよ。皆からは隠れているだけで、僕にはちゃんと姿を見せてくれるんだ。死んでいるってことにされてすごく窮屈そうなんだけど、僕と居ると心もぐっとひらけて羽がのばせるんだって。子供の頃と変わらない、ひまわりみたいな笑顔でそう言ってくれた。子供の頃と違うのは、今はもうふたりぴったり同じ身長じゃないってことかな。アツヤのほうが少しだけ、高い。

「今日は何の話?」
「そうだな…、じゃあ」

 アツヤはいつも僕に会いに来るときに、ひとつずつお話を持ってきてくれる。たとえば、いちばん最近で言うと「桜のこびと」の話とか。実を言うと、アツヤがいつも話してくれる話は、僕が子供の頃に想像してアツヤに話していた話なんだけど、意外と忘れてしまっている事も多いから割と楽しい。それにアツヤはすごく喋り上手だから、聞いていて飽きることはない。今日は「お餅の話」だ。これは自分でも面白いって思うんだよね!

「んじゃ俺、そろそろ帰るな」
「僕の部屋に泊まっていってもいいのに」
「いいって、兄貴には迷惑かけたくねえもん」
「そっか」

 じゃあばいばい、と手を振って、いつもどおり窓から出て行った。アツヤはどこへ帰ってるんだろう。あとから薄ぼんやりと考えながらおもむろに携帯を開いた。かちかちとボタンを操作してアツヤにメールを送ってみる。『いつもは何処にいるの』と一文だけ。返事はすぐに帰ってきた。

『エラー 指定のメールアドレスには送信できません…――』

 エラー、だって。アドレス変えちゃったのかな、今度聞いてみようっと。

「吹雪」
「? ああ、豪炎寺くん」

 声のほうを見てみると、そこには豪炎寺くんがいた。壁に寄り掛かったり、足のどちらかに体重をかけることもなく、きれいなシルエットをたもったまま、真っすぐ立っていた。まるで何かに驚いたまま動けなくなったみたいだ。

「どうし」
「今、お前



誰と喋ってた?」

 え? え、え?

「アツヤに決まってるじゃない」
「吹雪、お前まだっ…」
「ねえ見たでしょ。ピンクっぽい髪で、僕より少し背が高くて、笑顔がきれいな、」
「吹雪」
「僕の、おとうと、だよ!」

「豪炎寺くんには見えてないの」「キャプテンだって言ってた。風丸くんも言ってたよ」「豪炎寺くんには、見えないの?」

 ぎゅう。
 豪炎寺くんが僕を抱きしめる。汗くさいよ、お風呂まだ入ってないんでしょ。「もう、いいから」ぎゅ、ぎゅう。だんだんと腕に込められる力が強くなる。「大丈夫だから」僕の荒くなった呼吸を鎮めるように背中を撫でた。

「何が大丈夫なの、僕は大丈夫だよ。アツヤが見えない豪炎寺くんこそ大丈夫なの?」
「じゃあ、何で泣いているんだ」

 知らない、知らない。涙なんて流してないもの。

「わかんないよ」

 大丈夫だよ。アツヤは居るから。また来てくれるから。豪炎寺くんは何を言ってるの。背中をさする手がやたら大きい気がした。

「お前はもう、わかってるんだろう?」



∴愛迷子


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