稲妻 | ナノ




「染岡くん」
「なんだ?」
「ちゅう、しようよ」

 吹雪はそうにこりと笑って、俺の肩をどんと押した。ああ、なんだ、つまり押し倒したってことだ。なんでだ、なんでだよ!

「っおい、ちょっと待て!」

 ゆっくりゆっくり顔を近づけてくる吹雪からなんとか逃れた。あと少し。ぴくりと動いてしまえば唇がくっついてしまうくらいの距離に、白くきれい整った顔があった。首に巻かれたマフラーは俺のすぐ横に垂れていた。ふかふかとした感触が俺の頬を擽っていた。

 直前で逃げられたのが悔しいのか、吹雪はぷうと頬を膨らませて「染岡くんのけちんぼー」などとぬかした。そりゃあ逃げるだろう、誰だって。

「なんで逃げるのさ」
「そりゃお前っ…逃げるに決まってんじゃねえか」
「それじゃわかんないよ」
「…しいて言うなら、吹雪、お前男だろ」

 言った瞬間、吹雪はあからさまに悲しい顔を見せた。眉は八の字に垂れ、長いまつげはぱさりと伏せた、そんな漫画みてえにきれいな顔だった。

「性別なんて関係ないじゃない、すきなんだよ」
「大有りだっつの…。お前顔きれいなんだからよ、俺なんかに構ってちゃ勿体ねえぜ」

 吹雪の顔は依然変わらぬまま、小さく閉じられた口だけがぽそぽそと動いて何かことばを紡いだ。「僕だって好きで男に生まれたわけじゃないもん」と。…まあそりゃそうだろうな。自分は生まれてくる性別も、運命も、決められるもんじゃねえし。男が好きだって言っても別に軽蔑したりはしねえよ、まあ少しびっくりはするかもしれないけど。好きなもんは仕方ねえしな。でもその対象が俺ってことが甚だ疑問だ。意味がわからない、なんで俺だ。

「ね、だから」

 吹雪が再び俺にのしかかってきた。まつげは伏せられたまま、きれいな青の瞳はうるうる光っている。うっかりその瞳にくぎづけになってしまって俺は動けなくなった。男とは思えない、いい香がふわりと鼻を掠めた。あああああもう、どうにでもなっちまえよ!



∴ぱくっ



ぼく、染岡くん凄くかっこいいと思うんだけどなあ?

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