稲妻 | ナノ
※かみさまパロ
※『グッバイ、また明日』のつづき
「あっ、リュウジ!」
鳥居を潜れば聞こえる、思わず季節なんて関係なしに花も咲いてしまうような明るい声。
「今日も来てくれたんだね」
「来ないと怒るだろ」
かみさまだ。赤い髪と白い衣装を揺らして、ふわふわと俺に近づいてくる。
この間勢いで言ってしまった約束を俺は破らず、今もこうして神社へ来ている。ほら、約束は破ったらいけないし。毎日神社に来ていた俺にとって、行く先に今まで誰も居なかったのが誰かいる、ましてやその“誰か”がかみさまだなんて違和感以外の何物でもなかった。「今日のおやつは何かなあ、おいしいもの?」なんて、かみさまにしては世間知らずな質問を投げ掛けられるのも、もうすっかり俺の日常に溶けてしまって、今ではそれが無ければ気持ち悪いほどだった。例えるなら、そう。ずぅっとしていた歯磨きをせずに寝ようとすると何か気持ち悪い、みたいな、そんな感じ。
「はい、今日のおやつ」
「なにこれ?」
「シュークリーム」
ここに来る前にコンビニで買ったシュークリームを、ビニール袋から取り出した。一週間に一度、俺はかみさまにおやつを持って来ている。それはかみさまのリクエストだったり、ただ単に俺の趣味だったり。今回買って来たシュークリームにはもうすぐクリスマスだからか、柊の葉の形を象ったものがてっぺんに刺されている。かみさまはそれを興味津々に見つめながら、シュークリーム、と小さく反復した。ちらちらと目線を送ってくるのは、もう食べてもいいか、というサインだ。ここ最近で習得したかみさまの気持ちを読み取るスキルである。食べてもいいよ、と言ってやるとかみさまは早速かぶりついた。
俺が一番驚いたことは、かみさまが食べ物を食べられる、ということだ。(別に食べなくてもお腹は空かないと言っていたけど。)かみさまは幽霊みたいにふわふわしてて、この世界にあるものを動かすような質量を持っていないと思ったからだ。でも実際、かじられたシュークリームはその部分だけ無くなっているし、第一かみさまはシュークリームを持ち上げている。幽霊とかみさまの違いは、ここなのかもしれない。いや、幽霊とかみさまを一緒にするなんて酷いけど、存在的な感じでさ。
口のまわりをクリームでべとべとにする様からは、かみさまというより俺と同年代……いや、それ以下という印象を受ける。しかし毎回思うけど、このかみさまは不器用らしい。いつもぽろぽろと何かを零す。
「ねえ、今日はあかとしろ居ないの」
「出張中〜」
「かみさまはここから出られないのに、あかとしろは出れるの」
「……あ」
あかとしろ、とは、この神社にかみさまと一緒に居る二人のかみさまの事だ。あかは、かみさまが言っていた“あかいの”で、中々気がつよいがよく気の利くいいやつだ。しろはかみさまが言っていた“しろいの”で、こっちは言葉数は少ないが、決して大人っぽいのではなく、むしろ何処か子供っぽいところを感じさせる不思議なやつである。
どうやらこのかみさまは放浪癖があるらしく、一度ふらふらと出て行って1週間帰って来なかったことがあったらしい。そこでかみさまが出られないようにと、そのあかに神社をくるりと一周結界をはられてしまったそうだ。その所為で俺に取り憑くとか言って結局取り憑けなかった。だからと言って困ることなんてないけど。
「いつ帰ってくるの」
「んっとね、もうすぐ帰ってくると思うよ。だからその前にこのしゅーくりーむを全部っ……!」
「駄目だって、あかとしろにも一個ずつ!」
欲張って残りの二つ(あかとしろに買ってきた分)を食べようとするかみさまの手を必死にストップさせる。初めて会ったときはまったくこれっぽっちも思わなかったけど、このかみさま、すっごい子供っぽいよなあ。
「ただいま」
背後から声がした。見ればあかとしろが帰って来たらしい。二人とも声揃えて、普段から喧嘩ばっかだけど、これこそ“喧嘩するほど仲がいい”ってやつなのかな。
「あか、しろ、お帰り! 早速だけど周りに張り巡らされた結界を解いて欲しいんだけど」
「はぁ? ダメに決まってんだろ。アンタまたすぐ勝手に放浪して迷子んなって…ていうか本当に早速だな!」
「だって寂しいんだよ。二人が仲良く出張行ってるのに俺だけなんて…」
「なっ、仲良くって!」
「シュークリーム、わたしのぶんは食うなよ」
さて、一瞬にしてカオスな会話が目の前で繰り広げられ始めたわけなのだが。正直俺はどうしたらいいのか…っていうか居場所が無くなってしまった気がする。主に話しているのはかみさまとあかなのだが、しろもしろで自由にぽそぽそと喋っているので、それも相俟ってなんともカオスな、ていうかもう、なんだよ、何話してんの! しかしこの三人の間に俺が入れるような隙間はなかった。きっとかみさまは長い間生きているから、その間に三人で培ってきた年月が、俺とかみさま達の間に壁のようなものを作っているのだろう。こんなこと言ったって仕方ないんだけど、少し寂しくなった。はは、俺ばかじゃん!
「じゃあ今日は帰るね」
そう言うと、「もう帰んのか?」とあかが反応してくれた。やっぱりあかは周りをよく見ている、いつだって一番に気づいてくれるのはあかだ。
「うん、もう遅いし、用事もあるし。それに3人で話すの久しぶりでしょ、だから」
「リュウジ、わたしはこんなやつと話すのなんて飽き飽きなんだ。だからいいんだよ。ねえ、わたしはリュウジと話したいよ」
「だよなぁ、こいつと話したってな」
俺の言葉にしろが続いて、そしてあかが言う。かみさまが後ろでショックを受けているのは、もう、日常茶飯事だし、ねえ。あかもしろも引き止めてくれたけど、それはありがたいけれど、俺はやっぱり帰ることにした。用事があるのだって、決して嘘なんかじゃない。ただ時間は、今帰ったら少し早いだろうけど。
「また来るね」
にっこりと笑って、もう何度言ったかわからないことばを口にした。しろは少し寂しそうに、約束だぞ、と言った。あかはそんなしろを宥め、かみさまはそんな俺たちに気づかないように、どこかを見ていた。このあかとしろの表情もことばも、何度見たかわからない。暖かい、あの三人のなかに一瞬でも俺のスペースが確立されたと思える。そんな気がした。
冷えた指先を風に当たらせないように、パーカーのポケットに手を突っ込んでから鳥居を潜った。かれこれ2時間、俺は神社にいたようで、空はピンクとオレンジのグラデーションを抱いていた。雲はゆっくりと、紫の影を連れてぷかりぷかりと浮いている。
「リュウジー!」
背後から聞こえた、かみさまの声。あれ、なんかデジャヴュ。
「明日も来てくれるよね!」
この間と違うのは、そのことばが確かな自信を持っていたということと、かみさまの位置。気づけば俺の、真ん前。
「あれ? けっかいは」
「ちょっとだけ、解いてもらっちゃった。でもね、見てこれ、首輪。酷いよねえ」
「……ははっ。どんだけ信用されてないの!」
確かに赤い紐が鳥居からかみさまの首へのびているのが見えた。あかの判断にはもう笑うしかないよ、ほんと!
「ねえ、リュウジ」
「……当たり前だろ!」
そういえば、いつのまにか敬語が外れているのに、かみさまは気づいてるのかな。