稲妻 | ナノ




 私は「感情が無い」とよく言われている。らしい。

 しかし別段感情が無いわけではないのだ。私の心を動かすものが目の前に現れないだけ。ただそれだけだ。しかしもしそんなことがあったとしても、表情に出すことは多くないと思う。私は感情表現が苦手だった。

「なあ、風す」
「うるさい」

 ちょこまかと私の後ろをまるで金魚のフンのようについて来る彼は、最近少し話しただけのなんてことないただの同級生だ。彼の名は南雲晴矢といった。赤い髪に金の瞳。派手すぎる色の組み合わせにも関わらず、ごちゃごちゃとすることなく綺麗に纏まっている。彼の顔はとても整っていたのだ。

「お前顔きれーだな」初対面で一番初めにかけられた言葉がこれだった。厭味にしか聞こえなかったのだけれど。



「風介、サッカーやんね?」
「は?」

 今まで話して(正確には一方的に話し掛けられて)きたなかで、サッカーという単語が出てきたのは初めてだと思う。晴矢はサッカー部に入っているらしい。なんでもエースストライカーなんだとか。あ、隣のクラスの基山とかいう奴と争っているとも言っていた。

「何故私なんだ? それに、別に人数が足りないわけではないだろう」
「いいんだよ。それに俺、風介のこともっと知りてぇし」

 もっと知りたい、と初めての言葉に不思議な気持ちになって、手を引かれるままにサッカー部の練習するグラウンドへとついていってしまった。グラウンドに行く間に「シュートがー」とか「あいつのブロックがー」とかいろいろを話された。正直サッカーについてはルールもままならないので専門用語を使って話されても意味はわからなかったのだが。



 グラウンドでは、大きな声を溢れさせ全員がボールを蹴りあっていた。何度も変なところにボールを飛ばしているのはおそらく新入部員だろう。

「風介! こっち来いよ!」

 呼ばれて振り向くとゴール付近で大きく手を振っている南雲の姿が目に入った。南雲のもとへ行くと足元にボールを置かれた。「蹴ってみろよ」こいつはいきなり何をさせようと…。

「新しい部員かい? 涼野くんっていうんだっけ」
「ああ、最近仲良くなったやつでさ」

 なってない。仲良くなんてなってない。おそらくこいつが基山とかいうやつだろう。基山はじろじろと俺を見て、それから「いいんじゃない?」と言った。意味が解らない。

「シュートしてみろよ!」
「は?」
「ゴールに向かって蹴るだけでいいんだ」

 こうやってさあ、と蹴るふりをしながら説明をしてくれるが――わたしにだって蹴り方くらいわかる。

 置かれたボールから少し離れて、ひと呼吸。助走をつけて思い切り足を振った。ボールの中心に足先がクリーンヒットし、思った以上に凄い勢いでゴールに吸い込まれていった。

「……中々いいじゃない」
「風介!」

 は、とたまった息を吐き出していると南雲がわたしに駆け寄ってきた。

「風介すっげえな…! まるで周りの空気が凍るみたいで…ブワッてさあ」

 少し興奮気味に身振り手振りを添え話しながら詰め寄ってきた南雲を抑え、基山のほうを向いた。基山はただただ微笑むばかりだったが好感触であったことは伺えた。

「風介、気分はどうだ」
「……良好」
「そっか!」

 にひ、と笑った彼の笑顔は赤色と金色も影響してかまるで太陽のように思えた。

「あれ、晴矢その人誰ー」
「あん? 学校では先輩って言えっつったろうが、リュウジ」

 リュウジ、と呼ばれた緑髪の少年は、どうやら俺のことを知らないらしい。

「新入部員だよ」
「は?」
「え?」

 わたしはまだ入部するなんて言っていない。ただボールを蹴って少し嬉しくなっただけだ。入るなんて言っていない。

「え…え?」
「入部する気はないぞ」

 南雲はきょとんとした表情で戸惑っているように見えた。リュウジが「晴矢…また…」と呟いた。“また”ってなんだ“また”って。自分の勘違いに気づいた南雲は顔を赤くして「入部するまで付き纏ってやるからな!」と挑戦状のつもりなのかわたしに向かって叫ぶ。付き纏うもなにも、そんなのは今更だというのに。

「楽しみにしておくよ」

 軽く微笑んでそう言ってやると「楽しみにしとけよ!」と笑顔になった。あまりに前向きな反応に思わずのけ反ってしまう。本当に、面白いやつがいるものだ。



∴両思いの挑戦状



「ねえ晴矢。あの人って笑わないことで有名なのに笑ってるじゃん」
「だから先輩って呼べって言ってるだろうが」
「晴矢ニヤニヤして気持ち悪いぞ」
「うるせえよ」



…………………………
5月あたりに書いた文章。懐かしい〜

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