稲妻 | ナノ




「ひーろーとぉー」

 語尾にハートマークでもついてしまいそうな甘い声で腰に緑川が抱き着いてきた。ふと普段のつんつん具合を思い出して「どうしたの」と思わず俺の声までもが猫撫で声になってしまう。しかしそこで自分が風呂上がりであることを思い出す。

「駄目だよ、濡れるから…」
「んんー、いいのお」

 緑川はすり、とそのままの状態で頬をすりつけて、さらに抱きしめる腕の力を強くした。どうもくすぐったくなって、意地でも腕を解こうとしないのを無理矢理引っぺがしてソファーに座らせた。なんでなんで、と普段の緑川の態度からは想像つかないほど可愛らしく駄々をこねる様を眺めていると自然と頬が緩んでしまいそうになる。膨らませた頬を指先で突くと、ぷは、と小さく息を吐き出した。

「あれ…?」

 なんだか…少しお酒臭くないか。つんと鼻をつくお酒独特の臭い、俺はこれを知っている。そのお酒のそれが緑川から匂った。改めて見れば緑川の顔はいつもより赤みを帯びており、目はとろんと瞼を重そうにしている。もしかして、

「ひーろとっ。これあげる」
「っ?!」

 にこにこと笑みを浮かべて、指ごと俺の口になにかを突っ込んできた。それが咥内でじんわりと溶けた。ほろ苦い甘さが心地好い。

「ちょこれーと…?」
「そう。そこにおいてあったから食べちゃったあー」

 突っ込んだ指をペロリと舐めながら緑川が視線を送った先を見てみる。なんだか高級そうな箱とリボンがテーブルの上に乱雑に置かれており、さらに床には緑川らしくビリビリに破られた包装用紙が無惨に散らばっていた。

 相変わらず纏わり付こうとする緑川を僅かな理性で払いのけながら商品名が書かれたタグを探し出した。おそらく、俺の読みが間違っていなければ……――

「……やっぱりか」

 チョコレートにはお酒の成分が含まれていた。しかも通常より少し多めに。ちなみにこのチョコ、瞳子姉さんのものだ。この間珍しく嬉しそうにこのチョコを自慢していたのを思い出した。たしかこれバカ高いんだよなあ…。

 とうとう鼻歌まで歌いだした緑川を見遣る。時々外れる音さえも愛おしい。けれど、

「ねえ緑川」
「んんー?」
「酔ってるでしょ」
「酔ってないもおーん」

 ……いや絶対酔ってる。妙に間延びした喋り方とか、普段の緑川からは考えられない。

「チョコで酔っちゃったの」
「酔ってないってばあ!」

 頑なに自分は酔ってない、と主張する緑川に自分のなかにある呆れと愛おしさを感じつつ隣に腰掛ける。するとへへへ、と緑川は笑いながら膝にころんと頭を載せてみせた。……何この可愛い生き物。そろりと頭を撫でてやると気持ち良さそうに目を閉じた。まるで猫のような仕種に心がほんのりと暖かくなるような気がした。

「なー、ひろと」
「なに?」
「ちゅーして、ちゅー」

 ああもうほんとこの子は!
 でも俺こういう時にはしたくないんだよなあ。したことを覚えられていなかったら悲しいから。俺としたことは全部覚えていてほしいのだ。まあ勝手な独占欲なんだけど。だから誘いは嬉しいけど

「だめだよ」

 にっこりと笑って、頬を突いてやった。ぷにぷにと弾力のある肌はいつ触っても気持ちがいい。緑川はムッとして、すごい勢いで起き上がった。頭がぶつかりそうなところをすんでのところで避けて、何かをしようとしている緑川を見る。

「どうしたの、みど…」
「リュウジってゆってー」
「……リュウジ?」

 すると緑川はニヤリと笑って、俺の唇を塞いだ。え…みど…リュウジ?

「あはは、ひろと顔真っ赤だあー」

 そう言ってケラケラと笑い転げる緑川を見ていると、ああやっぱり酔ってるや、と改めて思った。

 赤くなるのだって仕方ないじゃないか…緑川からのキスは初めてだったんだから。

 ていうか緑川、お前の顔も真っ赤だよ?

幸せに酔う
(ああ、鼻につく甘い香)



…………………………
8567hitキリリク文です!
緑川がお酒弱かったら可愛いですよね…しかしチョコレートで酔うもんなの?緑川異常じゃない?
咲さんのみフリーです^^リクエストありがとうございました!

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