稲妻 | ナノ




 ぽつり。小さくみどりかわ、と呟いてみた。
 宿屋の自室で一人携帯を片手に窓際に腰掛けた。柔らかい月の光がゆったりと部屋に差し込み、窓の形を床に象る。今日は三日月にも関わらず月が明るい。月を隠す雲が無い所為でもあるのかもしれないけれど。窓の外を覗けば海が静かに波打っている。その海にも月の色が映っていて、きらきらと揺れていた。

 そんな綺麗な夜は、無意識のうちに感傷的になってしまうものだ。

 背中を凭れ、少し沈んだ体勢のまま携帯をのキーに指を滑らせ弄ぶ。おもむろに携帯のアドレス帳を開き、メモリー順に並んで一番最初に出てくる名前を見ては消す。

 緑川リュウジ。

 携帯を買って一番初めに登録した名前。一番は緑川と決めていた。いつでも連絡を取りやすいように、一番初めに目に入るように。

「電話…したいなあ」

 今はそれが仇となってしまっている。そりゃあ一番初めに目に入る名前が緑川の名前だから嬉しいけれど、でも。

 日本を出発する直前に緑川と約束をしたのだ。なるべく連絡は取らないようにしよう、と。言い出したのは緑川だが、それに同意したのは俺だから破るわけにはいくまい。もともとなんでそんなことを言い出したのかは正直わからなかった。緑川の言葉を借りるならば「絶対日本代表に戻ってみせるから、その時に話せばいいだろ」だ。信じて待ってろってことかな。しかし俺はその後に緑川が誰にともなく小さく呟いた言葉を聞き逃すことはしなかった。

「声聞いたら逢いたくなっちゃうだろ」

 ぶっちゃけると、俺はそちらのほうに同意したと言ってもおかしくない。勿論俺にいった「絶対戻る」という言葉にだって影響力がないわけではないのだ。ただ、緑川が目を伏せて、顔を赤くしながら呟いた言葉のほうが影響力が上回ってしまっただけ。

 俺だって声を聞いてしまえば逢いたくなってしまう。それくらいわかってるさ。でも俺はそれを我慢してでも緑川の声が聞きたい。……いい加減緑川が足りないよ。

 通話ボタンを、押した。

 コール中を知らせるプルルルル、という音が繰り返される度に心音はどくどくと響いた。一回、二回、三回――。つ、と汗が頬を流れた。迷惑がられたらどうしよう、嫌われてしまったらどうしよう。悪い考えばかりが頭に浮かんでしまい、どうもそわそわとしてしまう。四回目――。ぎゅう、と膝に載せた左手に力を込めた。





 ……だめだ。
 五回目のコールの途中で電源ボタンを押した。

 約束は破りたくない、緑川を信じていないことになるから。何より五回のコール出ないのなら、今は繋がらないだろう。もし緑川が電話に気付いたとして、それこそ二回目位で出られたら俺ががっかりしてしまうだろう。

 ほう、とため息を吐くと大分体が楽になった。ずっと息が詰まっていたらしい。額に浮いた汗を袖で拭って、携帯は閉じて窓際に置いた。立ち上がり、机へと向かう。

 ついこの間、日本にいる皆から手紙が来た。日本に残った皆からの近況報告は、読んでいて心が和んだ。と同時に応援されている気にもなってなんだか心が引き締まった。勿論(というには少し驚いたけれど)緑川のぶんの手紙もあって、『今は皆に追いつこうと頑張っている』と知ることができた。その手紙は木野さんに言って緑川のぶんだけ貰った。

 机の引き出しを開けるとその手紙がある。手紙のためだけに中に容れていたものは少しだったが全てだして、その引き出しには手紙しか入っていない。我ながら女々しいことをするなあ、とも思ったけど気にしないことにする。

 それを手にとって、また窓際に戻った。

 イナズマジャパンの皆へ、と書かれた封筒を開け、中身を広げると何度も何度も読んだ文字が、文章が目に入る。意外と男らしい筆記に笑みを浮かべた。諺を文章に織り交ぜるところなんかを見て、ばかみたいに、ああやっぱり緑川なんだ、と思った。

 手紙ならば、許されるだろうか。
 ふとそう思って再び机に向かった。便箋は本当に地味なものしかないけど大丈夫だろう。しかし思ったよりペンは進まなかった。改めて考えると手紙なんて初めてで、なんだか照れる。難しいことを書こうとするからダメなんだ、と聞いたことがあるけれど俺が今伝えたいのは難しいことじゃなくて…本当に単純なことなのだが。

 …いい、大丈夫だ。ゆっくり書こう。時間だってあるし。月の光を零れないように大切に集めて、それごと緑川に送ってやろう。きっと、緑川も大切にしてくれるさ。そしてこっちに来たときに、「あの恥ずかしい手紙なんだよ」なんて言うんだ。



[ ムーンライト・ナイト ]



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