稲妻 | ナノ
俺の幼なじみはとてつもなく鈍感だ。
主に恋愛に関して。まぁこいつのサッカーの才能は世界レベルだとして、鈍感なのも世界レベルと言えよう。ここまで鈍感だと、もはや才能である。
「円堂くんっ」
木野が円堂に話しかけた。なにやらトーナメント表のようなものを持っているので恐らくサッカーのことなのだろうが、木野の頬は仄かにピンク色に染まっている。
円堂は人と話すとき、無意識に顔を相手に近づけてしまう癖があるらしい。その所為で今も木野と円堂の顔と顔との距離はとてつもなく近くなっていて、木野はどこか喋りづらそうな面持ちだ。しかしそれでも離れようとしないのは、やはり木野が円堂に好意を寄せている所為だろう。それは誰もが知っている事実であり、知らずにいるのは当の本人、円堂だけだ。
雷門夏未がいたときもそうだった。雷門からのアプローチをことごとくスルーし、あげくの果てには、
「お前って、好きな奴いるのか?」
である。その言葉には裏の意味など隠されているわけもなく、ただ単純に好奇心が働き好きな奴がいるのか、と聞いただけの言葉だ。しかしいい加減呆れ果ててもいいはずの雷門だが、それでも未だに円堂に恋心を寄せているのだろう。なんとなく解る、気がしないわけでもない。
チームメイト等、そして円堂に恋心を寄せている者を知っている奴らはいい加減にウズウズとして、たまにチーム内でその話が持ち上がる。そして俺たちの間では円堂のことを「鈍感王子」と呼ぶ。勿論円堂のいないときに、だ。あいつ実はわざとやってるんじゃないのか、とか。まあそれは俺が断言しよう。
円堂は人の気持ちをわざと無視したりすることなんて絶対にしない。
あいつは誰に対しても真っすぐ正面からぶつかっていくやつだ。あいつに限ってそんなことは断じて無い。あくまで素直なやつなのだから。(ていうかあいつにそんな器用なマネはできない。)
そしてそんな円堂を、俺も好きなのである。
真っすぐな、残酷な程に優しいあいつを俺は好きになったのだ。だから木野や雷門の気持ちがよくわかる。
円堂に気持ちを伝えようと思うのなら、かなりの長期戦を覚悟しなければならない。それを覚悟したうえで、木野も雷門も円堂を好きでいるのだ。あの二人とはいいライバルになれそうだな。
そんなことを木陰で考えていると、ふと足元にてんてんてん、とボールが転がってきた。おもむろにそのボールを手に取ってみる。練習で土の匂いがついた、しかし丁寧によく手入れされているボールだ。見た瞬間に円堂のボールだ、とわかった。ふと見れば円堂が手を大きく降りながらこちらへ呼びかけている。
「ごめん、風丸! そのボール取ってくれないか!」
「ああ」
俺は手の中にあるボールを一瞥してから、円堂のほうへ投げた。思ったよりもボールは長く飛んで、そのままそれは一度もバウンドせずに円堂にキャッチされた。
「ありがとなー!」
円堂はにかっ、と特有の太陽みたいな大きい笑顔で礼を言って、グラウンドへと戻って行く。呼び止めようか、なんて頭の隅っこで考えていたら思わず「あ、」と声が出てしまった。思ったより大きくてびっくりした。
「……あ、…いや」
「なあ、風丸も一緒に練習するか?」
くるりとこちらを向いた円堂はそう言ってボールを俺に投げた。
「……ああ、頼む」
円堂の誘いを断れるわけがない。勿論、というふうに返事をして一緒にグラウンドへ向かう。こうして円堂に誘ってもらえたりするのは、やっぱり俺の特権なのかもしれない。