稲妻 | ナノ
ひらり、手の平を空に翳してみた。
走り疲れて息が上がり、酸素を求めて激しく運動を繰り返すぼくの内蔵を沈めようとごろんとグラウンドに寝転がる。目の前にはなんの罪も知らないような、真っ青な空が広がっていた。
小さな雲が、二つ並んで仲良くぷかりぷかりと浮かんでいる。上空は風が強いのか流れるスピードはいつも見る雲より少しだけ速かった。
さわ、と冷たい風が吹いてぼくの汗を乾かす。ああ、もう秋なんだなあ。ひまわりの時期は終わったんだ。
「宮坂、次だぞ」
先輩の呼びかけにはい、と答えてその場から立ち上がり自分の持ち場へ戻る。あんなに激しく動いていた内臓は、だいぶおさまっていた。
「位置について、…よーい」
ぱあん。
よく響くピストルの音を合図にぼくと先輩二人はトラックの上を走り出す。部活入部当初は苦手だった大きな音にも、今となってはなくてはならない存在になった。最初は少しゆっくり先輩の背中を見ながら。スタートダッシュは苦手だから、後から後から追い抜くんだ。
ぐん、ぐん、ぐん。先輩の焦る顔が見える。なんだか嬉しいような、なんというか。二人とも抜いて、そのまま一着でゴールした。
「っは…宮坂、速くなったよな」
「ああ、次期キャプテンは宮坂かもなあ」
そんなことないですよう、なんて話しながらトラックの外に出る。ぱあん。あ、次が走りだした。
「あ、見ろよ。飛行機雲」
不意に先輩が上を指さす。見れば白のきれいな一直線が青空に流れていた。
「飛行機雲が消えるのが早いと明日は晴れるんだっけ」
「確かな。じゃあ明日は雨か? 中々消えない」
「なんだ、残念だな。なあ宮坂」
そうですね、と生返事。ぼくはつい見惚れてしまっていたのだ。
――青。
「……あ、先輩。水分補給に行って来てもいいですか?」
― ― ―
蛇口を捻って、汗を流そうと顔を洗っていた水を止めた。きゅ、と音がなり一粒水滴が落ちた。
ふう、とため息を零す。
ぼくが走るとき、目に入っているのはずっとずっとあの青色だ。いつも隣で、いや、ずっと前で風丸さんが一緒に走っている。ぼくの風丸さんは今でもきれいなフォームのまま、青い髪を揺らしながらぼくよりずっと前を颯爽と走るのだ。
風丸さんがサッカーをやることを認めていないわけではない。いや、認めるも何もぼくには言えないことなのだけれど。フットボールフロンティアでの戦国伊賀島中との試合に呼んでもらい、観たときは本当に凄いと思ったのだ。フィールドの上を、ボールを持って風のように相手を抜いてゆく風丸さんは、やっぱり風丸さんだった。
しかし、ぼくがやっぱり風丸さんがサッカーをやることに良い感情を持っていないのも確かなのだ。いつか、いつか陸上に帰ってきてはくれないかと思ってしまうのだ。フットボールフロンティアが終われば帰ってくるものだと思っていたのも、ついには世界まで行ってしまうし、もう、なんなんだ。
走る道は違うのだけれど、やっぱり風丸さんはぼくのずっと前を走っていってしまう。いくらぼくの足が速くなったって、風丸さんはその上を行くのだ。揺れる青が掴めなくて、なんだかもどかしい。
そんなことを考えているぼくに気づいて、女々しさに嫌気がさす。
先輩の声が聞こえる。次はぼくの番だと。
せめて、風丸さんが帰ってくるまでぼくは走り続けよう。抜けはしなくとも、風丸さんの隣に並べるくらいになるまで、走り続けよう。
ぱあん。
やっぱり風丸さんはぼくの前を走っている。