短編 | ナノ


 私の膝の上ですやすやと眠る慎太郎さんの頭をさらりと撫でた。
 細く柔らかい髪の毛が、慎太郎さんの綺麗な形をした鼻にはらりと落ちる。擽ったそうに目をきゅ、と小さく動かしたその仕草にくすりと笑って、顔にかかったそれを手ではらった。

 雲一つない青い空、眩しくて目を伏せた。てっぺんまで昇って少し落ちたほどのお日様が、縁側でのんびりとしている私達に暖かい熱を送り続けている。それが春先にあればとても有り難いのだが、今は初夏。
 さすがにそろそろ暑くなってきた。うちわで慎太郎さんをぱたぱたと扇いだ。相変わらず慎太郎さんは眠ったままで。―――仕事は良いのだろうか。とも思ったが、慎太郎さんの事だ。きっと陰でやっているのだろう。

 視界の端に赤く小さな飛行物体をぼんやりと確認した。あ、と思った時には既にその赤いモノは慎太郎さんの鼻の上にくっついていた。

 ―――あ、可愛い。

 赤いそれは、背中に七ツの星を背負った天道虫。肌の上でもそもそと動く赤色が、慎太郎さんの割と白い肌の色に良く映えていた。

「……ん、」
「あ、起きましたか」

 違和感に目を覚ました慎太郎さんに「動かないで下さいね」と、ふわりと笑いながら呟く。

「お前の言うことなんて聞いてられるか」

 そう言いつつも動かないでいる慎太郎は窮屈なのか顔をしかめた。そんな様子にまた私はくすりと笑って、天道虫を指で優しくつまんだ。

「動いていいですよ」

 そう言えば慎太郎さんは目を擦りながらくあ、と大きく欠伸をして起き上がった。なんで動いたら駄目だったのかとでも言いたそうにする慎太郎さんに私は指を見せた。

「ほら、天道虫」
「……天道虫」
「知らないんですか?」
「知らないわけないだろう」

 ぽつり、ぽつりと小さく会話をしながら、天道虫を二人で観察する。途中で転げ落ちながらも必死にお天道様に向かってのぼり続ける天道虫はかっこいいとさえ、思う。

「天道虫の名前の由来って、知ってますか」
「? ……それは知らん」
「お天道様に向かって飛ぶからなんだそうですよ」
「……へえ。何故天道虫は、太陽に向かって飛ぶ?」
「天道虫はお天道様に追いつきたくて、飛ぶんです」
「単純だな」
「そう、単純なんです。でも単純だからこそ……――、シンプルだからこそ、目標がはっきりとしていてかっこいいんじゃないでしょうか」

 しん、と少しの間が出来た。

「届かないと、解ってはいるんです。でも、飛び越えたいんです。自分の追いかける大きな存在を、目標になってくれている存在を、追い越して、守りたいんですよ」
「……そうか」
「……あれ、私、こんな重苦しい話してましたっけ?! すみませんっ…」

 恥ずかしくなって目を伏せた。私は耳まで赤くなっていたようで、慎太郎さんはそれを面白がってつんつんとつつく。

「おい、」
「……なんですか」
「お前には越えたい人がいるのか」
「慎太郎さんは、お師匠さんですよね」
「ああ、勿論だ」
「私は……、私は」

「慎太郎さん、です」

 慎太郎さんは「そうか」とだけ言ってそっぽを向いた。
 慎太郎さんから頂いた恩は忘れませんから、一生をかけてでも返してみせますから。だからそれまで、それまでは。

「……頼む、ぞ」
「勿論です」


(勝手に死んじゃったりしたら許しません、から)

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