短編 | ナノ
21XX年 3月 都内某所
「……突入だ」
低く、凜とした通る声で指示を出す。
俺の合図で周りでスタンバイしていた仲間達が一斉に飛び込んだ。
今日は長い間探していた柵原グループの巣に飛び込み、逮捕するという久しぶりの大きな仕事である。
柵原グループといえば、不法な取引や密売を行っているグループで、更に裏の裏では人身売買などを行っているという、……ああもうなんだ、説明してるだけでいらついてきた。とにかく最低最悪のグループである。
トップの名は柵原謙二といったか…―――。
とにかくこいつらは、良い噂等聞かない、裏の世界を代表するようなグループだ。
ちなみに、自慢ではないがこいつらの巣を見つけたのは俺。相当な手柄だと言われた。自慢じゃないぞ。
「なっ………、警察!?」
「はあーい、警察ですう。お前らの悪事はこちらで全て把握している。今更逃げようと思ってももう遅いぞ。“大人しくこちらのお縄につきやがれ”ってな」
ニヤリと笑って言ってやれば予想通り、男は慌てたらしく謎の奇声を発しながら、近くにあった太く頑丈な棒状の物を手にし、襲いかかって来た。
「っあ、あああ、あああああ!!」
男が動くのとほぼ同時に仲間が俺を守ろうと前に立ち塞がる。
「ああ良いって中原、俺一人でどうにでもなるからさ。他の奴相手しといてよ」
「でも…リーダー!」
「…良いってば、ほら」
にこり、中原に笑いかける。
中原が振り返る。
「…………ひ……」
中原が小さく、小さく悲鳴をあげた。
そこには
頭を赤い液体に染めた男が居た。
「な? だから、ほら」
心配すんなって。そう言葉をかけてやると少し上擦った声で返事をして走り去った。
見る者が見れば、俺等も柵原達と同じ部類の人間――裏社会に住む人間――に間違えられても仕方ない気がする。
ここまでこれだけの力を振り回せるのは、警察というそいつらを取り締まる為の役職に辛うじて就けているからである。辛うじて――というのは、調子に乗って、病院行きになるような怪我人を出したりして辞表を書かされたりした事が何度かあるからだ。
倒れてしまった男に笑顔で、しかし冷たくこう言い放つ。
「生憎俺、戦闘派なんだよね。ん? 俺達って言ったほうがいいかなあ? なんにせよ相手が悪かったな、アンタ。ドンマイドンマイ」
―――今回は大丈夫だよな。
頭から血を流す男に言葉を吐きつつ、内心そんな事を思う。
―――いや、うん、大丈夫だ。
―――急所は外したし……。
―――血も、すぐ止まるよな。
周りを見ると、若干のこちら側の負傷者も出ているが無事に終わったらしい。
―――ん、一番痛い思いしたのってこいつだよな。
―――ていうか柵原謙二は捕まったのか? 俺見てねえけど。
足元に転がる男を見下ろしながらそんな事を思う。
「リーダー! パトカーが来ました!」
「お、了解。報告ありがとな」
「はい!」
「全員をパトカーに乗せて、連行。そっから取り調べやらなんやらまあ好きにしてくれ。いや、怪我の治療が先か」
「わかりました。伝えておきます」
ざわざわとして来た。おおかた大量のパトカーに何があったのかと集まって来た野次馬だと思うが。
壁に身体を預けパトカーに乗せられるやつらを眺めていると、ふと、何か柵原グループのメンバー以外の気配を感じた。
こちらを威嚇するような攻撃的な気配ではなく、寧ろこちらを怯えているような小さな気配。
「リーダー! リーダーはパトカーに乗って戻られますかあ!?」
―――どうしようか。
気になる。気になるが署に戻ってからの事も気になる。
暫く、悩む。
悩む、悩む悩む。
「……俺はいい。気分転換に歩いて帰りてえから! 先行っといてくれー!」
「…っはーい! 解りましたあ!」
その血だらけの服で署まで街中を歩くのかとでも言いたげな顔をした林は置いておく事にする。
悩み悩んだ結果、俺の好奇心の天秤はこちらの小さな気配の方に傾いた。もっとも、傾いたというより、5トン対3グラムとかいう程のこちらの圧勝だったが。
大人の、それも明らかに堅気でないむさ苦しい男どもの中になぜこのような小さな気配があるのか、気になった。
気配が無くならないうちに、感じた方へと走りだす。
するとこちらが走りだしたのに気付いたのか小さな気配も走りだした。
―――やべ、失敗。
―――もうこうなったら気付かれるとか気にせずに思い切り走ったほうが捕まえやすいんだよな。
「……つかまえた」
細い腕を掴んだ。“小さな気配”が振り向く。
それはとても可憐な少女だった。
どこにでも居るような、というには可愛らしすぎる少女。だが可愛らしすぎる、という点をのぞけばどこにでも居るような少女。
ああ、そうだ。あと一つ特異点を上げるとするならば、左右の瞳の色が違うという事か。
碧と漆黒の瞳を左右一つずつに持っている。ガラス玉のように光っていた。
その瞳に吸い込まれるように、少女の顔を覗き込む。そして目を合わせようとするが、合わない。
目をそらす、というには目線がちらちらと変わりすぎである。
そこから、一つの可能性を見出だした。
「お前……、目が見えねえのか」
こくり。
恐る恐るという風に、少女が頷いた。
―――やっぱりな。俺の考えは当たったか。
―――だが当たったところでどうする。俺。
こういう時は届け出ださなきゃいけねえんだよなあ。証人になるかもしんねえし。でもアレ書くの面倒なんだよなあ。
どうすっかな、コレ。困ったぞ。非常に困った。
(ここで俺は何故面倒くさがらずに届け出を出さなかったのか。)
「…しゃあねえか」
(後に後悔するなんて解っていたはずなのに。)
「ほら、手。ここだ」
(何故、こんな事を思い付いてしまったのか。)
「……やだ。やだ! どこいくの」
少女が、精一杯の警戒の声を上げる。
「こんなとこに何時までも居てえのか」
一瞬少女に戸惑いの色が見えた。そして、ゆっくりと小さく首を横に振った。
「……どこ、い、くのっ…」
「ああ、俺の家」
態度にこそ出ていないが、その時俺は余程興奮していたらしい。じゃないと得体の知らない人間を自分の家になんて入れたりなんかしない。
もしくは容姿の割に幼い喋り方をする彼女に、少しだけ心を開いてしまっていたのかもしれない。
どちらにせよ、“俺らしい”判断でなかったのには変わりない。
手を繋ぎ歩きながらチラ、と少女の方を見る。
彼女は(俺が思うに)久しぶりに当たる日の温もりにくすぐったそうにしながら、だが警戒するようにキョロキョロと目を動かしている。しかし、まあ、目を動かそうとなんだろうと見えやしない(と思う)のだが。
そこで気づく。
「あんた、ソレ」
手首に紐か何かで縛られた痕がある。色濃く痣が残っていて、なんとも痛々しい。その場では手首の痣にしか気づかなかったが、後に気づく事になるたくさんの痣がまだまだある。例えば首もとや、脚、腹など。殴られたり縛られたりと沢山の痣があった。
―――あそこでどんな扱い受けてたんだ、こいつ……。
そんなことを微塵も感じさせなかった……、いや、違うな。最初俺は彼女の瞳の色に気を取られて、その事にしか気付けてなかっただけなのかもしれない。
だが、少なくとも今はそんな様子を感じさせない。目が見えない事に慣れているのか、手を繋いでではあるがちょこちょこ歩く姿はなんとも愛らしい。表情も、微々たるものではあるが変化する。
―――強いんだな。
彼女を眺めながら、最終的に出てきた答えがこれだった。なんとも単純な答えであったが、彼女を一言で表すならば“強い”という答えが妥当だと俺は思う。もちろん筋力や体力的な面ではなく、メンタル面――心の強さだ。
もしも俺が彼女のような扱いを受けていたとしたら、精神がボロボロになり、まずこの場には立っていられないだろう。
それを考えると彼女のメンタル面の強さは半端なものではない。彼女は、俺と違う強さを持っている。
「階段、上がれるか」
無言で頷く彼女を見て、手を引っ張り階段を上る。が、
「……どうした」
「…………っ」
頑として動こうとしない……、はたまた脚がすくんで動けないのか。
「…怖えのか?」
どうやら階段が怖いらしい。よく考えてみればあそこには階段なかったしなあ。
「無理な時は無理って言って良いんだぞ?」
そう言って彼女を抱き抱える。所謂“お姫様抱っこ”ってやつか。
突然の浮遊感に何が起こったのか理解できず戸惑う彼女に「俺が連れていってやる」と言う。その一言で理解したのか体重をこちらに預けてきた。
部屋に着くと、少女は俺の腕の中から飛び降り一目散に部屋の隅へと逃げた。
「……おいおい、そりゃ失礼じゃねえのか?」
―――こりゃ相当時間かけねえと、飯すら食ってくれねえかもなあ。
こうして、俺と少女の不思議な生活が始まったのだった。