そう遠くない場所から流れてくる、華やかな旋律。
木に寄りかかった鉄の膝で丸くなりながら、銀はそっと目を細める。
「桃とメイだね」
「そうだな」
聴き慣れた仲間の声など確認せずとも分かり切っていたが、心地好い歌声とその空気に、彼の声を聞きたくなった。
「鉄も何か歌ってよ」
ねだる言葉はあくまでも軽く。
「歌なんて知るか」
即座に返ってきた言葉は予想通り。
「何でもいいんだけどなあ」
「あいつらみたいに何でもかんでも歌えるわけないだろ」
「けち」
「何とでも」
それきり返ってこなくなった言葉を少し残念に思いながら、銀はまた瞼を下ろした。
華やかでどこか優しい歌声が、風に乗って耳朶を擽る。
一度だけ、彼の歌を聴いたことがある。
その時期に森でよく耳にする歌であったから、おそらくは求愛の歌だったのだろう。
周りの仲間たちにつられたかのように無意識にこぼれた微かな旋律は、勿論誰に聴かせるためのものでもなかったが、それでも、銀の心をかき乱すには充分すぎた。
いつか、また聴けたらと思うのだけれど――。
それを許さぬのは誰だと叫ぶ心に気付かぬふりをして、懐かしい歌に思いを馳せた。
ひめるうた
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