冬の空だった。
まるで空ごと凍らせたかのような冷たい空気に、鉄は思わず身体を震わせた。
雪になるな、と思いながらもすぐに宿に戻る気は起きず、手頃な枝に座ったまま、何とはなしに辺りを眺める。
すると、向かいからよく知る気配が近付いてきた。
次いで、淡い黄色が姿を現す。
「てーつ、」
鉄の座る木を見上げるようにして、銀が甘い声でその名を呼んだ。
降りて来いとばかりに手招きする様子に従うのは些か面白くないが、かといって特に拒絶する理由も無く、請われるままに枝から降りる。
「チョコ」
「は?」
「頂戴、」
にこりと笑んで差し出された両手に、鉄はあからさまに顔をしかめてみせた。
「そういう冗談は嫌いだ、」
「んー、今回はそうじゃなくてね」
一体何のつもりだと責めるような鉄の言葉に静かな声音でそう返しながら、朱の瞳がゆるりと伏せられる。
浅い瞬きが数回、形の良い爪が下唇をなぞるのは、彼が何かに迷っている時の癖だ。
「何だよ、」
「……いつも世話になってる相手にも、何かあげるものなんでしょう、」
だから寄越せとばかりに再び突き出された両手に、突き放す気力さえも失せてため息をつく。
「そんないきなり云われても、何も持ってないっつーの」
「うん、だと思って」
此方で用意してみました、とにこりと笑んで取り出されたのは、朱の色をした長い紐。
それが常ならば彼の帯に色を添えているものだと気付くのに、さして時間は掛からなかった。
そして、その紐が己の首に掛けられて器用に蝶結びされる様を、半ば諦めつつ視線で追う。
「一応聞くけどな、どういうつもりだよ」
緩く胸の辺りに作られた蝶の形の結び目を摘んで、鉄はため息混じりにそう問い掛けた。
「まぁそういうつもりだよねぇ」
「お前な、」
しかし、そう云いながら胸に擦り寄ってくる銀の表情はひどく満足そうで、それ以上の追及をやめて口をつぐむ。
するりと紐を指で辿る彼は、言葉とは裏腹にこれ以上のことは望んでいないように見えた。
結局は許してしまう自分にため息をついて、ふと気付く。
「っつーか、どっちかって云えば世話してんのは俺だろ、」
この状況は逆ではないかと問えば、不服そうに唇を尖らせた後、何かを思い付いただろう、嬉々として一度結んだ紐を解き始めた。
外した紐の端を鉄の手首に結んでしまうと、今度は器用に口を使って、もう一方の端を自分の左手首へと結ぶ。
「じゃあお互いに贈ればいいじゃない」
これなら文句ないでしょう、と繋がれた左手を振ってみせる銀に、思わず視線を逸らして横を向いた。
あぁ、だって、これではまるで……。
「……もう好きにしろよ」
「もちろん、そのつもりだよ」
再び胸に頬を寄せてくる銀は随分と機嫌が良いようで、未だ小さくくすくすと笑い続けている。
ほんのひとときの、それは誰から見ても戯れのようなものであったけれど、赤いそれで繋がれた相手を、空いた左手でそっと抱きしめた。
赤い糸の行方
(幸せそうに笑うから、)
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遅ればせながら鉄銀でバレンタイン。
ちょっと本気の二匹が書けて満足している。
(100220)
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