晴れ、処により雪
「どうして子どもってあんなに元気なんだろう……」
どこか呆然とした様子のメイの呟きに、銅は肩を竦めることで答えて見せた。
ノモセの雪原に来てから既に二週間が経とうとしている。
もう随分と雪も見慣れただろうに、宿泊するホテルの庭で雪まみれになってはしゃいでいるのは、雷、矢澄、ユキの三匹である。
普段なら半ば巻き込まれるようにして彼らに付き合う静華も今回ばかりは断固として首を縦に振らず、結果、同じように巻き込まれるときわも静華とともに部屋の中にいる。
多少の寒さなら無理をしてでも外に出ようとする静華ではあるが、さすがに辺り一面雪景色ともなれば窓の近くにいるのも堪えるらしい。
彼のために用意された毛布にすっぽりと包まって、そこが一番暖かいのだろう、銀の隣から動こうとしない。
雷の親代わりをしている紫音はしずくと共に出掛けており、代わりに付き合わされている気のいい馬が、氷牙と二匹、外でその様子を眺めていた。
「先生、はい、あげる」
ふと、しゃがみ込んで何やら作業をしていた矢澄が、氷牙に小さな雪玉を差し出した。
「ん、サンキュ」
「どういたしまして」
石と枝で器用に飾りつけられたそれを受け取って礼を云うと、嬉しそうな表情でまた雷たちのところまで戻っていく。
すると、その様子を見ていた雷が、今度は自分で雪玉を作り始めた。
できあがった雪玉を両手で抱えると、姫生と氷牙のもとへと走り寄る。
「俺もあげる!」
「あ、ありがとう……」
笑顔で差し出された雪玉を前に、姫生は横目で氷牙へと助けを求めた。
その意味を汲んだ氷牙が代わりに受け取ろうと手を伸ばすが、雷としては姫生に直接渡したいのだろう、その手を無視して姫生へと雪玉を差し出してくる。
「雷、気持ちは嬉しいけど、俺は……」
「氷牙はさっきもらったからいいの!」
「……ありがとう」
頑固にそう云い切られて、姫生は躊躇いつつも雷からの贈り物に手を伸ばした。
しかし、身に炎を纏う姫生のことである。
この問答の間じゅう彼の近くで熱に晒されていた雪玉は、雷の手から完全に離れぬうちにみるみる姿を変え始めた。
「あぁっ!姫生が壊したぁっ!」
「だから云ったのに……、」
「まぁ当然こうなるよな」
溜め息を吐く姫生と氷牙を後目に、雷は小さくなった雪玉を投げ捨てて喚き始める。
「ちょっ、おい危ない!」
「雷、ごめん、頼むから止まれって……っ」
こうなった雷を止められるのは、紫音かしずくのどちらかである。
しかし、頼みの綱である二人が出払っている以上、どれだけ言葉を尽くしても、暴走する雷までは届かない。
つい最近制御できるようになったばかりの電撃が雷の身体から迸り始めるのを見て、メイは思わず腰を浮かした。
「ちょっとあんな無茶苦茶な……、ユキに当たったらどうするのさ!」
「……矢澄も心配、だけど、ね」
力の差が歴然としている氷牙は置いておくにしても、共にいる二匹はどちらも電気を苦手とする種族である。
止めに行こうかと足を一歩踏み出したメイの視界の端に、いつの間にか外に出ていたときわの影が映る。
「雷、」
静かな口調で短く名前を呼んだ声は、案の定雷まで届くことはなかった。
そのことに一つ溜め息を吐く。と同時に、
「なっ、地震!?」
狭い範囲で意図的に揺り動かされた地面に足を捕られて、雷がその場に倒れ込む。
揺れが収まった後に残ったのは、崩れ落ちた雪だるまと、倒れたまま動かない雷の姿で。
「……ときわ、お前いきなりすぎ」
高い跳躍で難を逃れた姫生が、地上に降りて大きく溜め息を吐いた。
それから、驚いて空中で固まっているユキを宥めるように頭を撫でる。
「お前な、矢澄巻き込んだらどうする気だったんだ」
と、此方も一足早く矢澄を抱いて避難していた氷牙が溜め息交じりに言葉を紡いだ。
同じように驚きを隠せずにいる矢澄がしがみつくのをそのままにさせておいて、悪びれる様子のないときわと倒れた雷の方に視線をやる。
「加減はした。矢澄のことならあんたがいたし」
「まぁ、こうでもしないと雷も……止まらなかったかも、だよね」
予測済みだとばかりのときわをフォローするような台詞は部屋から出てきた銅のもので、倒れた雷の様子を見ると、慣れた様子で担いで部屋へと戻ろうとする。
「大丈夫かよ、そいつ」
「気ぃ失ってる、けど……たぶん」
まぁしずくももうすぐ帰ってくるし、となんとも無責任な台詞でまとめた銅にまた一つずつ溜め息を吐いて、姫生と氷牙も皆の待つ部屋へと足を向けた。
やがて部屋に戻ったしずくと紫音がこの惨状に頭を抱えることになるまで、あと一時間。
***
1月頃に書き散らしたまま放置していたのをリハビリがてらまとめてみた。
080507
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