サンタの寄り道













「灰牙、」



ドアの隙間から声を掛けられて、灰牙はちらりと薄目を開けて其方に視線を向けた。

声の主が首を傾げてみせる様子に小さく頷くことで返すと、音を立てないよう静かにドアを開け室内へと入ってくる。



「メリークリスマス、ってことで」



小声でそう云って笑いながら、メイは右手にぶら下げた小さな菓子入りのブーツを揺らしてみせた。

昨日珍しくしずくの買い物に付き合っていたと思ったら、どうやらそれが目的だったらしい。

夕方急に自分の代わりにユキを寝かしつけてくれと頼まれた時には気付かなかったのだが、云われてみれば今日はクリスマスイブ、人間の子どもであれば、枕元にサンタクロースからのプレゼントが置いてあるのが慣わしであった。



「随分と用意がいいな」

「うん、まぁ。なんか楽しそうだったし」



いつの間にかベッドの下に落ちてしまっていた枕を拾い上げながら、メイはまた楽しそうに笑った。

その意図を察して、自分の腕の上にある小さな頭を、起こさないようにと静かな動作で枕へと移す。

メイはと云えばその間に、持っていたブーツをベッドの柵へと括り付けている。



「今から出れる?」

「どこか行くのか」

「んー、特にどこってわけでも無いんだけど」



いつまでも此処で話してると起きちゃうから、と視線でユキを示してみせて、メイはもと来たドアの方へと歩き出した。

それを追って広い廊下へと出て後ろ手にドアを閉めようとすると、途端、蝶番が軋むような音を立てる。

その音に慌てて室内の様子に耳をそばだてるが、どうやら幼子が起きた様子はない。



「結構重いんだよね、そのドア」

「……古いの間違いだろう」



今度こそ音を立てないようにと慎重にドアを閉めきってしまってから、灰牙は小さく安堵の息を吐いた。

民家にしてはやたらと広く、宿泊施設にしては随分と無機質な廊下を歩きながら、ひやりとした冬の空気に身を竦ませる。

しずくと共にこのオーキド研究所に着いたのは二日前だが、未だにこの広い施設には慣れることができない。

孫たちと一緒に旅行を兼ねた仕事へとでかけた博士に頼まれて、しずくたちは研究所の留守番を頼まれていた。

博士が帰ってくるのは年明けのことだから、これから二週間近くこの建物に滞在することになる。

ポケモン研究所という施設柄、各部屋の気候をそれぞれの過ごしやすい環境に設定できるなど至れり尽くせりの対応ではあるが、やはり長年野生で暮らしてきたせいか、どことなく落ち着かない気分になるのは仕方のないことだろう。



「どこ行こう、」

「別に、どこでも」

「そういえば銀たちがどっかで飲んでるって云ってたけど……」



庭かな、と云うメイに合わせて近くの窓からこれまた広い庭の方を覗くが、見える場所に生き物の気配は感じない。

彼らにとっては故郷となる、勝手知ったる土地である。部屋に戻っていなかったところを見ると、どこか別のところへと移動したのだろう。



「外に出るのか?」

「僕は別に、灰牙と二人になれるならどこでもいいよ」



そんな台詞をさらりと云ってのけて、彼は視線を合わせてにこりと笑んで見せた。

おそらくは此方を意識しているのだろうその仕草を愛しいと思わないと云えば嘘になるが、どこ行ったって結局やること一緒だろうし、と続けられた呟きはすっかりいつも通りの彼で、可愛げも何もあったものではない。

とは云えそんな彼のことを十分に気に入ってしまっているのだから、自分もつくづく手に負えない。



「どうかした?」

「……何でもない」



怪訝そうに首を傾げるメイにそう答えておきながら、灰牙はまた窓の外に視線を戻した。

庭の隅に飾られたツリーの装飾が常夜灯の灯りを反射して輝く様子に、つい目を細める。

庭に植えられた天然の樅の木はまさかこの日のためとも思わないが、今日ばかりは確かに我こそが主役とばかりに輝いているようであった。

5メートルはあろうかという大木だが、こういった行事となると途端に張り切るしずくの手によって、大小様々なモチーフで飾られている。

自分はその様子を地上で見ていただけだが、メイやユキも飾り付けに借り出されていたようだ。

最も、未だに飛ぶことが苦手なユキに関しては専ら低い位置での活動に限られていたようであったが。



「何見てるの、」



いつの間にか側を離れてどこかへ行っていたメイが此方の視線を追って庭に目を向ける様子を眺めながら、ふと、彼が手に鍵の束を持っていることに気付く。



「どこから持ち出したんだ、」

「普通に静華が持ってた。一番奥の部屋なら誰も使ってないって」



一体静華に何と云って借りて来たのかと思うとつい眉を顰めたくもなるが、行かないのかとばかりに此方を見ている彼に確かめる勇気は生憎と持ち合わせていなかった。

その代わりに心の中で一つ溜め息を吐いて、歩き出すメイの後を追う。



「あ、そうだ忘れてた」



部屋に入って開口一番にそう呟いて、メイはくるりと此方を振り返った。

首に腕を回してくる彼の腰を条件反射で引き寄せると、至近距離で楽しそうに笑う。







「メリークリスマス、灰牙」





あの子が起きる前に戻ろうね、と囁いて、彼は静かに目を閉じた。































***



どうしていつも日付が変わってからネタが思い浮かぶんだろう。

灰牙があんま喋らないからメイばっかり喋ってることになる。





071226
























 
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