年長者の戯レ言















「なんだ、やっぱり此処にいたの」



先程からずっと感じていた気配の主に視界を遮られ、鉄はあからさまに顔をしかめてみせた。

しかし、勿論そんなことを気に止めるような相手ではなく、青空を背景に映る逆さまの顔は、いつもの笑みを浮かべたまま動こうとしない。

仕方なく溜め息をつきながら身体を起こせば、さも当然のように膝に身体を預けて凭れかかってくる。

そのふてぶてしい態度に一瞬蹴り起こしてやろうかとも考えたが、どうにもそんな気分にはなれなかった。



――なんだかもう、面倒臭い。



満足そうに仰向けになった銀が他人の髪を弄ぶのをそのままにさせておいて、再び空へと視線を戻す。

一度思い切り飛び回ってくれば気も晴れるだろうかと考えたが、初めて訪れる土地で、ましてやあんな状態のしずくを置いて行くことなどできるわけがなかった。



「あぁもう、先刻から溜め息ばっかり。聞かされてるこっちの身にもなってくれないかなぁ、」



自然とついて出た溜め息を聞き咎めた銀が、眉を顰めて不満の声を漏らす。

勝手に来て勝手に寝ているのはどちらだと云いたくなったが、口を開けばまた一つ溜め息が出ただけで。



「あぁほらまた、やだなぁもう」

「……何しに来たんだよ、お前」



嫌だ嫌だと大袈裟に身を竦めて見せる銀に辟易しつつも此処に来た理由を問い掛ければ、呼びに来たのだという簡潔な答えが返ってきた。

聴いた瞬間しずくにでも呼ばれたかと身構えたが、此方の心情に気付いたのだろう、大した用ではないのだと付け加えられて力を抜く。

彼女の側に付いていてやりたいと思う一方で、今そうすることが果たして最善の策かと問われれば自信はない。



「呼びに来た奴が何で人の膝で寝てるんだよ」

「えー、なんとなく」



素直に腰を上げる気にはなれずに形ばかりの抗議を口にすれば、返ってきたのはひどく曖昧な返事で、鉄は重ねて抗議の言葉を紡ごうと口を開いた。

しかし、それよりも先に発せられた彼の言葉が、続く言葉を遮るように此方へと届く。





「しずくが珍しく落ち込んでるみたいだから、鉄でも置いとけば少しは良くなるかと思ったんだけどね」





その鉄がこれじゃあ陰気の二乗じゃない、と云って肩を竦めて見せる銀に、何もかもを見透かされている気がして言葉に詰まった。

彼女を悩ませる人間の事情は自分にとっては馬鹿馬鹿しいとしか思えないような類のものばかりだが、しかし、例えばそれを告げたところで、それらが無くなることはないのだ。

どうしようもないこの苛立ちは、ともすれば彼女を一層困らせることにもなりかねない。

何も云い返せずに黙っていると、彼は一つ息を吐き、心底億劫そうに身体を起こした。

その様子を目で追う自分の頭を引き寄せて、徐に顔を寄せてくる。



「銀、」



咎める声など聞こえなかったかのように重ねられた唇に眉を顰めて彼の表情を窺えば、視線が絡んだ瞬間、薄らと開いていた朱の瞳が静かに閉じられた。

それにつられるように自分も瞼を伏せながら、まるで宥められているようだ、と鉄は思う。

ひどく穏やかな口付けの後、彼は真直ぐに此方を見つめて口を開いた。



「君より少しだけ長く生きている身として、一つだけ助言をしてあげようか、」



どこが少しだけだ、と心の中で毒付くことで、鉄は雰囲気に飲み込まれそうになる自分を叱咤した。

彼らしからぬ台詞だと思ったのはどうやら自分だけではないようで、特別サービスだよ、と戯けて銀が続ける。



「今の君が彼女にしてあげられることなんて、全くもってこれっぽっちも無いよ」



容赦なく言い放たれた言葉に、鉄は目の前の彼から視線を逸らした。

そんなことは、自分が一番よく知っている。

それ故に苛立ち、気鬱になったりもするのだとわかってはいるのだけれど、自分の感情とは云え、自分自身ではどうしようもないのだから仕方ない。



「そもそも落ち込んでる彼女を前に君にできることなんて限られてるとは思うけどね、」



そこで言葉を切って、溜め息と共に肩を竦めて見せて。



「君がそんなじゃあ、側にいたって慰めにもならない」



呆れたような声音でそう続けてから、彼はもう一度わざとらしく嘆息した。

視界の端に捉えたその姿に、云い様の無い苛立ちが増す。

ならば一体どうしろというのだと嘆きながらも、確かに理解はしてはいるのだ。

それでもその一方で、他に何かできることは無いのかと考える心が、未だ僅かに残っていて。



「諦めなよ、鉄。あれが彼らの縄張りの守り方なんだ、僕らにはどうしようもない」



その心情を読んだかのように紡がれた台詞に、苛立ちを吐き出すように大きく息を吐いた。

額に落ちる髪をかき上げて、ようやく彼の方へと視線を戻す。



「……それで、お前が呼びに来た理由ってのは?」

「今の君がすべきことは、いつも通りの何喰わぬあの無愛想さで、彼女の隣に居てあげることでしょう、」



それ以外、一体何ができるって云うの。

最後に小さくそう呟いて、銀はこれで終わりとばかりに大きく伸びをした。

その呟きに僅かに含まれた寂寥と諦念の響きに、改めて彼の生きてきた歳月の長さを確認させられる。



「わかったら、響でも銅でも誘って、その辺飛び回ってきたらどうなの。

 君たちはあすこにいれば、少しは気が晴れるんだろうからね」



俺じゃ付き合ってあげられないけれど、と肩を竦めてみせる彼に思わず苦笑がこぼれた。

確かに、彼女の側にもいられない以上、その方が断然良いに決まっている。

地上であれこれ考えるより、あの広く高い場所が、おそらく自分には似合っているのだ。



「そうさせてもらうよ、」

「うん、でもその前に」



授業料、と云って腕を伸ばしてくる銀を、調子に乗るなと引き剥がす。



「さっきやったろうが、」

「あれはサービスの一環だもん」



不服そうに唇を尖らせながらも、彼は大人しく此方から離れて立ち上がった。

気持ち良さそうに伸びをしてから、含みのある笑みを浮かべて振り返る。



「まぁいいや。今夜は折角の満月なんだもの、落ち込んでる鉄の相手なんてつまらないからね、」



夜までにどうにかしておくように、とあくまでも自分勝手に云い放って、彼はゆっくりと元来た道を歩み始めた。

どうやら一つ借りを作ったらしいということを今更ながらに自覚して、また一人小さく苦笑する。

その後ろ姿を暫し見送った後、鉄は広がる大空へと飛び立った。

















***



ちゅーしてる鉄銀が書きたかったはずが思わぬ方向に。

これはまた別のお話ですが、鉄はなぜか満月の夜の誘いは断れません。

銀様もそれをわかってるが故の最後の台詞です。こんなとこで補足する前に話を書け orz



ちなみにシンオウ入り前後。記憶喪失が故に身分証明ができず云々…ってとこです。

普段自分でも忘れてるほどだけど、こういう時に改めて思い知らされる異質な自分。



071112






























 
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