宴の席は誰のために
「随分と珍しいこともあるもんだよねぇ、」
と、双方をよく知る銀は、どこか含みのある口調でそう云った。
いっそ妖艶とも云えるその笑みはいくら見慣れているとは云え思わず息を呑むに値したが、云われた内容が内容だけに、勇士は苛立ちの混じったため息をつくしかない。
「……珍しいっていうか、初めてじゃ、ないの?」
同じく二人共を知る銅が、欠伸混じりの感想を漏らす。
とは云え、黒目がち(否、実際には彼の瞳は明るい黄色をしているのだが。)の目は眠たげに細められ、頬は常よりも朱を帯びている。
要するに、酔っているのであった。
「へぇ、勇士がねぇ…」
一方、話題となっている二人のうち、片方とは未だ大して面識の無い鉄は、驚きの混ざった声を上げた。
当然のように寄りかかってくる銀を引き剥がすことは、どうやら諦めたらしい。
先程から何度か眉を寄せて退けていたのだが、元来の面倒嫌いが出たと見える。
が、しかし、それはどうであれ彼らの仲はほとんど周知の事実であったから、特にからかう気にもなれなかった。
なんというか、馬鹿馬鹿しい。
「で、どんな奴なんだよ、相手って」
一体その問い掛けは誰に向けてのものだったのか。
いつの間にか健やかな寝息を立てている銅でないことは確かだろうが、勇士としてはあまり答えたくない質問であった。
かといって、自分の恋人について、銀に好き勝手云われるのも気に喰わない。
「……お前だって会ったことあるだろ」
「何回か顔見ただけだし、そんなに話もできてない」
ホウエン地方に来てからというもの、あまり暑さの得意ではない鉄は、パーティーから外れていることが多かった。
鉄自身は大丈夫だと云い張るのだが、しずくが首を縦に振らないのだ。
以前ジョウトを訪れた際、気候の変化に耐え切れずに静華が倒れてからというもの、彼女は少し神経質になっているようであった。
「まじめでいい子だよねぇ」
と、つい最近二回目の進化を終えて自分よりも大きくなった彼のことを、銀はそう表現した。
確かにその内容は勇士も頷くところではあるが、相変わらず含みのある表情の彼を見ていると、どうしても頷いていい内容には思えないから不思議だ。
「普段しっかりしてるくせに、勇士の前じゃまだまだ小っちゃい子どもみたい」
そこが可愛くて仕方ないんだよね、と告げる銀にへぇ、と相槌を打って、鉄が手元の瓢箪を投げて寄こす。
それを受け取って手酌をしながら、勇士は小さく溜め息をついた。
「子どもみたい……って、まだ大して生きてないんだろ?」
「三年、かな」
「四年だ」
すっかりリーダーの役が板についている所為で忘れがちだが、彼はパーティー内では一番年下なのだ。
おまけに自分と同じ研究所育ちで外に出て一年に満たないのだから、少々世間知らずなのも頷ける。
「ま、確かにさっさと手ぇ出しちゃにのは躊躇われる歳だよねぇ」
「お前が云うのかそれ」
と、かつて自分が「手を出された」歳を考えて、鉄が思わずといった風にツッコミを入れる。
勇士が二人と初めて出会った時には、既に彼らは今の関係が出来上がっていたように思う。
長い間一緒にいる所為か、或いはもともとの性格かなのかは知らないが、曖昧な関係を続けている割に、彼らの間には遠慮がない。
「やだなぁ、合意の上じゃない」
「どこがだ、どこが」
「……痴話喧嘩とか、あっちでやってくれない、かなぁ」
喧嘩と云うにもあんまりな口論に横槍を入れたのは、すっかり眠ったと思っていた銅で、勇士は思わず助けを求めた。
「お前起きてんなら会話に参加しろよ」
「……えー、面倒臭い」
このまま一人で二人を相手にしていたのでは、散々からかわれて終わるのは目に見えている。
ほとんど眠ったような状態であっても味方がいれば心強い、と思って声を掛けたのだが。
「だいたい今日は、散々誰かさんに惚気話聴かされて……眠い、」
「嘘付けお前話してる間ほとんど寝てたくせに、起きろ」
「暴力はよくないよ勇士……、」
力任せに揺さぶっても、しっかりと目を瞑ってしまった銅は、再び起きる気配を見せない。
「まぁまぁ勇士、僕らがちゃあんと話聴いてあげるから」
ね、と首を傾げてみせる銀に見つめられて、勇士は大きな溜め息を吐いた。
……秋の夜明けは、未だ遠い。
***
いつか書いた話に加筆修正。
鉄銀はまとめて敵に回すとだいぶ厄介。
まぁそんな機会は意外と少ないんだけど。
071108
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