▽長文5題

(ケイ×ときわ)




未だ夜の明けない闇の中で、ときわはふと目を覚ました。
見慣れない屋内の様子に此処は何処であったかとしばし考え、そういえば昨日の夕方ケイが帰って来たのだったと思い至る。
背後から聞こえる穏やかな寝息に耳を澄ませながら、しずくに何も告げずについてきてしまったことを少しだけ後悔した。
此処へ来る前に静華に会ったから、おそらくは彼が代わりに伝えてくれたはずだ。
とは云え、久しぶりに合流したケイがしずくに会わずに自分を連れ出したことを思えば、彼女に対して後ろめたい気持ちは拭いきれない。

明日になったら一緒に戻るように云おう、そう思いながら縮めていた足を伸ばせば、古びたベッドがぎしりと音を立てた。
彼に連れられて訪れた廃れた山小屋の寝床は、お世辞にも快適と呼ぶには程遠かった。
所々中綿の飛び出た薄い布団は木製のベッドの硬さを和らげる助けにもならなかったし、一体いつから無人だったのか、積もりに積もった細かな砂埃は、脆い人間の咽喉を痛めつけるには十分すぎる程だった。
疲れきった怠い身体で寝返りを打つと、隣に寝ていた彼の広い背中が目に入る。
起こさないようにそっと額を寄せると、彼の体温が近くなった。
そのことに少しだけ安心しながら、ときわは静かに瞳を閉じた。
身に炎を宿す所為だろうか、自分より僅かに高い彼の熱を感じながら、祈るように云い聞かせる。
……朝は、まだあと少し先だ。




ときわが再び目を覚ました時、傍らにあったはずの存在は既に姿を消してしまっていた。
慌てて腕を伸ばしてそこに未だ微かに残る温もりを確かめた後、痛む身体を起こして部屋を出る。

「もう行くのかよ」

部屋の戸口から声をかければ、外へと続く扉を開けた彼がゆっくりと此方を振り返った。
埃だらけの擦り切れた掛け布を纏っただけのときわを感情の読めない瞳で一瞥して、何も云わずに背を向ける。

「しずくには?」
「また今度な、」
「また、って……」

一体いつのことだ。
そう尋ねようと口を開くが、結局最後まで言葉にすることはできなかった。
尋ねたところで答えが帰ってくるとは思えない。
案の定、彼は自分の声など聞こえなかったかのように歩き出している。

行くな。行かないで。

その背中に縋るように叫ぶのは、存外簡単なことにも思えた。
それでもそうしないのは、どこか客観的にこの関係を見つめる自分を知っているからだ。
自分の想いに気付くよりも早く、彼が決して本気ではないことに気付いてしまった。
馬鹿馬鹿しい、そんなこと、自分が一番よくわかっている。
なのに、それなのにだ。

「……、」

去っていく背中を眺めるたびに沸き起こるこの想いは、苛立ちと不安だけを誇大させながら胸の中で渦巻く。
プライドなんて、とっくの昔にズタズタだ。
それを彼が一番嫌うことぐらい、わかっているはずなのに。

それなのに、だ。






――04.溢れそうになる感情を、愚かだと貴方はそう言うでしょうか







独り突っ走ってしまった感は否めない。精進精進
2007.04.13.