▽長夜ノ御題 (灰牙・メイ) 懺悔の唄 静かな森の木陰から聴こえてきた微かな歌声に、灰牙は歩みを止めて耳を澄ました。 もとより聴覚や嗅覚の発達した種族である。ましてや常に行動をともにしている仲間のものであれば、声の主を特定することは容易い。 静かで優しいその旋律は、以前にも何度か耳にしたことがあった。 これは、彼が息子を寝かしつける時の子守唄だ。 その旋律の静けさを壊さぬように、心持ち歩調を緩めて音を立てないように歩く。 川の近くまで出たところで、ようやく木にもたれて座るメイの姿を見つけることができた。 伸ばした膝に頭を乗せて、ユキが静かな寝息をたてている。 そろそろ出発だ、としずくからの伝言を伝えようと口を開いて、しかし声を出すことは無く再び閉ざした。 膝の上の幼子は、既に静かな寝息を立てていた。 最早聴こえているかすらわからないのに、その詞のないメロディはいつまでも続いていて。 決して悲しい旋律ではない。決して暗い歌声ではない。 しかし、灰牙の耳にその唄は懺悔の響きを持って流れ聴こえた。 ふと、永遠に続くように思えた歌声がやみ、気付けば彼の焦げ茶色の瞳が不思議そうに此方を見上げていた。 「灰牙、どうかした?」 「あぁ……そろそろ出発だから、」 呼びに来た旨を伝えれば、そうかと頷いてユキを起こそうとする。 揺さぶろうとするその手を止めて眠る幼子を抱え上げれば、ありがとうと云って立ち上がった。 伸ばされた腕にそっとユキの小さな身体を渡しながら思う。 一体彼は、いつまでこの子どもに謝り続けるのだろうか。 幸せそうに笑うこの子の隣で同じように笑いながら、一体どれだけの懺悔の言葉を飲み込み続けるのだろうか。 一体いつになれば、彼は自分の周りの幸福に気付くことができるのだろうか……。 歩きながら横目で盗み見た彼の瞳は、眠るユキを通して別の誰かを映しているかのようでもあった。 いつか聴いた幸せな祀り唄が、灰牙の脳裏を掠めて消えた。 END. 2007.06.10. 昼寝子 |