▽長夜ノ御題

(ミスト・黄跳・駿)


神々の死




彼は、神と呼ばれる存在であった。
彼……否、実際のところ性別が無いのだから“彼”と定義するのはおかしいのだが、仮に、そう呼ぶとしよう。(何せ彼らは生殖活動の必要が無いのだ)
彼が生まれたのは、古い民話、伝承によれば、この世界が生まれる前らしい。
それから気の遠くなるような長い長い時間を、彼は過ごしてきた……とされているが、目の前で主人の首にぶら下がって甘える其の姿は、“神”と呼ばれるような大仰な存在とはあまりにも掛け離れていた。
だからであろう、こんな無遠慮な質問が飛び出したのも。


「ミストってさぁ、神様なんでしょ?」

突然、何の前置きも無く発せられたシュンの質問に、キハネはまたか、という思いでため息をついた。
問い掛けられた当の本人は、一瞬きょとんとした表情を見せた後、肯定の印として首を縦に振る。
どうやら自覚はあったらしい。
失礼だとは思いつつも、普段の振舞いを見ている此方としては、それは意外な事実であった。

「んじゃさ、神様って不死身?」

重ねられた問い掛けは先の質問にも増して遠慮の無いもので、キハネは呆れながら頭を抱える。
確かに気になるところ、ではあるのだ。
なかには千年以上もの時を生きる種族もいると聞くが、彼らとて決して不死身ではない。
それでは、神と呼ばれ、この世界よりも長い年月を生きてきた彼らはどうなのだろうか。
彼らが生を終える時とは、如何なる時なのだろうか……。
好奇に満ちた瞳でミストを見つめるシュンを止めるべきかと口を開きかけた時、首を傾げて考え込む様子を見せていたミストがようやく言葉を発した。

「ミストにはわかんないよ」

タクマにつけられた名を気に入っているようで、彼は自分をそう呼んだ。

「だって、まだ死んだこと、ないし」

それはそうだ。
他に同じ存在を持たない彼らには、前例と呼べるものがない。

「それに、」

そう云って、彼はいつもと違う笑みを見せた。

「ミストたちは、いつだって死んでいるようなものだよ」

どういう意味か掴みあぐねていると、彼は小さく笑ったようだった。
自分同様わけがわからないといった表情をしているシュンの眉間の皺を指してもう一度笑い、それからまた、言葉を紡ぐ。

「だってミストたち、ずーっとあそこにいたんだよ? 眠るっていうの?」

そう云われて、いつかどこかで聞いた、伝説とも呼べる古い言い伝えを思い出した。
眠りについていた彼らを起こしたのは、思い上がった人間達だ。
そしてその事件は、キハネやシュンの記憶にも、まだ新しかった。

「こうやって動いて、話して、考えることが生きてるってことなら、ミストたちはずっと死んでたようなものでしょう?」

確かに、そうなのかもしれない。
信じる人々の心のなかには生きているのかもしれないが、ずっと独りで眠っているのでは、きっとそれは、死んでいるのと同じだ。


「だから、ね。神なんていつだって死んでるんだよ」




そう云って笑った彼の瞳を、おそらく忘れることはない。













END.


2007.04.06. 昼寝子