▽長夜ノ御題 (しずく) 墓守の蟲 こうして当ても無く旅をしてきて数年目、最早家族同然の仲間との間で、ふと、疎外感のようなものを感じることがある。 仲間、だけではない。住み慣れた町、見慣れた景色、歩き慣れた道筋、その全てが、自分にとってどこか異質なもののように感じるのだ。 壁、という程の大袈裟なものではない。 例えるならばそう、薄いオブラートのような膜で、咽喉を通過してしまえばもう気にもならない、その程度のものだ。 このことを誰かに話したことは無いけれど、話したとしても、帰ってくる答えは容易に想像できる気がした。 「記憶が無い所為だろう」と。 きっと、心配そうに、気遣うように、そう云って自分を見つめるのだろう。 しかし、自分には、それは違うという確証に近い想いがある。 例え記憶が戻ったとしても、この疎外感は拭えない、そんな気がするのだ。 実は、これまた誰にも話したことはないのだが、過去のことも既に朧には思い出しているのである。 思い出したと云っても、本当にそれが自分の記憶なのか、それとも過去に読んだ本の記憶なのか定かではないし、その上なんとなくそんなことがあったように思う、という程度のものなのだからどうしようもない。 そして、どうにもその記憶こそが、疎外感の原因であるような気がしてならないのである。 「気がする」だとか「定かではない」だとか、そんな話ばかりで申し訳ないが、一応これでも記憶を取り戻したいという気持ちが無いわけではない。 しかし、霞む記憶を追いかけようとするたびに、心に蠢く者たちが云うのだ。 「その先に、入ってはいけない」 それは決して犯してはならない、禁域のように自分には思える。 だから自分は、後ろを見てはいけないのだ。 そこは既に、何億もの蠢く者たちの、棲み処となっているのだから……。 END. 2007.04.13. |