▽銀過去









深い深い森の中を、一匹のロコンが駆け抜けていた。

(ここまで来れば、もう……)

息を切らしながら歩調を緩めて耳を澄ます。今や恐怖の対象でしかない奴らの遠吠えの合図は、いつの間にか聴こえなくなっていた。
小さく安堵の息を吐いて、近くの木の根本に丸くなる。とは云え、いつまた追っ手が現れるかと思うと、緊張はすぐには解けそうにない。
もう既に3回、ろくに睡眠をとれぬまま太陽が沈み、また昇るのを見た。
身体の方はとうに限界を迎えているはずなのに、それでも安らかな眠りが訪れる気配はない。

(いっそのこと、此処で奴らを待ってみようか)

叩き伸されるのか、喰い千切られるのか知らないが、このまま走り続けるよりは、どれも幾分ましなようにも思えた。
あまりにも悲観的な己の思考に心の中で自嘲して、力を抜いて瞳を閉じる。しかし、

(来る、)

遠くから聴こえた此方へと向かう足音に過敏に反応して、小さな身体は跳ねるように地面を蹴っていた。
疲れよりも、追いつかれる恐怖の方が強い。
皮肉なもので、奴らに追われる原因のおかげで、身に宿す感覚は以前とは比べものにならない程にまで研ぎ澄まされていた。

(せめて、身を隠せるような場所があれば……)

半ば祈るように思いながら走る彼の背を追うように、臥待ち月が朱い光を放って輝いていた。










2007/06/12

銀様。過去話。