▽マツバ







トロリ、と――


滴り落ちそうな闇が、手を伸ばせばすぐにでも触れられそうな存在感でもって其処に存在していた。


瞳を閉じて其の場に佇む。
否、此れは本当に瞼の裏なのだろうか。
自分が見据える闇が現実か、それとも脳裏に浮かぶ色なのか、

かろうじて聞こえていた己の呼吸音は、少しばかりの酸素とともに体内を侵す、重い闇の滴に溶かされてしまった。
とろとろと肌を、内臓を、伝っていく闇に、己の存在が溶けて霧散していく。
そうして残った思考だけが何故かはっきりと闇の中に浮かぶ、そんなひどく滑稽な情景には現実味など全く感じられなかったが、然しながら、其れはまさに真実であった。

ふと、目の前に射す一筋の光。
映るのは、重い扉を開けようとする一人の少年の姿。

此れは、開いた瞳に映った景色であろうか、
否、自分は未だ建物の中にいたはずだ。
ということは、自分の瞼は未だ閉ざされたままである。

そう思った瞬間に戻ってきた感覚を頼りに瞼を上げれば、其処には何も変わらぬ闇、闇、闇。


「さあ、ゲンガー。お客様だ」

瞬く間に自らと分離していく闇へと声を掛け、マツバはゆっくりと立ち上がった。










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マツバの感じる闇はとろりと濃厚な闇