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『もう無理に会いにこないから、安心してね』

 そう言った城戸は、あれから本当に現れなくなった。
 たった二日の異様に濃かった時間も、時が経てば薄れていく……と思っていたのに、ひと月経った今も記憶に色濃く残っている。

「孝四郎〜、明日宿題答え合わせしような〜!」
「どうせやらずに写すつもりだろ! 見せないからな! じゃあな!」
「ケチー!」

 いつものたわいない日常に戻り、電車に揺られて流れる景色を見る。
 だけど駅のホームに、玄関の前に。立てばあの男を思い出す。

「ばっかみてぇ……」

 もしかしたら、もう別に相性の良い相手を見つけているかもしれない。それとも、あの瑞樹というドラッグに癒されているのか。
 どちらにしたって自分の望んだ通りの結末だったが、アッサリと身を引いた城戸には拍子抜けした。やはりただの体目当てだったのだと、分かっていたはずなのにどこか傷ついた自分がいることに、一番自分で驚いた。一体なにを期待していたんだか。

 最寄駅からボロ屋まで徒歩十分。その中間にある安売りで有名なスーパーに立ち寄り、ジャガイモしか入っていないコロッケをふたつ買った。
 古い油の匂いが、妙に食欲をそそる。少しだけ気分を良くして鼻唄なんか歌っちゃって────

「え……?」

 コロッケが入ったビニール袋を振り回しながら、スキップしてたどり着いた自身の部屋の前。
 玄関のドアに背をつけて、足を伸ばして座り込むその姿はどう見ても普通じゃなかった。

「き……どさん……? 城戸さんッ!?」

 慌てて駆け寄り顔を覗き込めば、辛うじてまだ意識のある城戸と目が合った。

「ごめ……こうしろ……く、ダメ……って、わか……て」
「無理して喋んなくていいからっ!」

 持っていたカバンもコロッケも、全て地面に投げ出して、城戸の首と額に手を当てた。じっとりとした肌は異様に熱っぽい。

「こ……しろ……く」
「黙って」

 掌からぐんぐんと何かが城戸に流れていく。
 初めてした時のように、その強さに少し恐怖を覚えたけど……今回は手を離すことなく治療を続けた。

「はぁ……」

 肌に触れて五分程したころ、城戸から小さな溜息が漏れた。顔を覗き込めば、まだまだ青白い顔はしかし先ほどよりはマシになっている。

「城戸さん、今なら少し動けそう?」
「……?」
「ここじゃ寒いでしょ。ボロ屋だけど、外よりはマシだから」
「なか……入れてくれるの……?」
「俺のこと、病人を寒空の下に放置するような非道な人間だと思ってんの?」

 瞠目する城戸に思わず呆れ顔になる。

「ほら、立って」

 肌から離した両手を城戸の目の前に差し出すと、それを暫く黙ってジッと見ていた城戸は、やがてそこに自身の手を重ね───

「ありがとう」
「ッ、」

 まるで花が綻ぶように……柔らかく、美しく、嬉しそうに笑んだ。
 思わず跳ね上がった心臓。その動揺を隠すように、俺は触れた城戸の冷たくて大きな手を、ぎゅっと強く握りしめた。



つづく

2021/01/16



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