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switch W 【後】 ***



 清宮に仕込まれた躰は三日間会わなかっただけで飢えていて、肌に少し触れられただけでも熱を上げ、その身の内を蕩けさせた。だけどそれは俺だけじゃなくて、俺に触れる清宮の手も、いつもよりずっとずっと熱かった。
 シャツをたくしあげられ晒された胸元は期待に色づき、触ってくれと言わんばかりに立ち上がっている。そんな期待に清宮が応えない訳がなく、薄く形のいい唇がそこへと落ちた。

「んぁっ!」

 ぢゅッ、と音を立てて吸われたそこから、頭の奥の芯まで電流が突き抜けた。

「はあっ、ぃやだ、あっ」
「伊沢くんのイヤはもっとして欲しい≠チて意味だもんねぇ?」
「あぁ"ぁ"あっ!」

 ツンと立ち上がった粒に思い切り歯を立てられた。それなのに、俺の躰は快楽しか拾わない。
 噛まれては慰めるように舐められ、吸われ、また噛まれては舐められる。痛みと甘さが入り混じる巧みな愛撫に、俺の頭の中はすっかり痺れきっていた。

「伊沢くん、もう下着が汚れてるよ。胸、そんなに気持ちよかった?」

 片手は胸の粒を弄りながら、もう片方の手で俺のズボンのボタンとジッパーを外し、下着の中まで手を突っ込む。そこまでの作業はあっという間の出来事で、そこでもコイツと俺のスキルの差は浮き彫りになった。だがそんなことよりも、今はこの持て余した熱をどうにかしたかった。

「ち…ちが…」
「違わないでしょ? 初めての頃より随分大きく膨らんじゃって、いやらしい形になってるよ」
「それはッ、お前が触るからッ!」
「俺が触るのは、君が喜ぶところだけだよ。伊沢くんはお尻も覚えるの早かったよね。胸が感じる子はお尻の方の素質もあるって、本当かもね」

 前から差し込まれた清宮の手は、瞬く間に後ろの窄まりへと指を到達させた。

「ふ…ぁ…あぁっ!」
「凄い、一気に三本入っちゃった」
「いっ、痛…」
「流石にいきなりは痛かった? でもここ、三日離れただけじゃ俺のこと忘れてないみたいだよ」

 自分でも、尻の入口や内壁、そのもっとずっと奥の方が清宮の侵入を歓迎して、ヒクヒクしているのが分かった。

「あっ、あぁあっ、あ…そこ、そこっ」
「ここ?」
「ちがっ、もっとおく!」
「知ってるよ」
「ひぁ"あ"っ!!」

 更に深く突き入れられた指が、中でバラバラに動く。適当に動いているように思えるそれは、だがしかし俺の好きなところを完全に把握する動きで。
 全身が痺れるほど感じる膨らみや、ぞわぞわ感じる場所を指で悪戯にくすぐる。快感が絶え間なく脳髄まで響いて、躰はイきたい≠ニ訴えた。

「伊沢くん、もうそろそろイきそう?」
「んっ、も…イきたい」

 たった三日間。されど、三日間。
 清宮と出会ってから、二日とあけずにほぼ毎日快楽を教え込まれてきた躰は、三日間の禁欲生活に早くも悲鳴をあげていたようだ。
 まだ胸を弄られ尻に指を受け入れただけなのに、俺の前はダラダラとヨダレを垂らしてその先を待ち望んでいる。だけど、尻だけで達したことはまだ一度もなくて。いつも与えられる前への決定的な刺激が欲しくて、俺はパンパンに張り詰めて震える自身に手を伸ばした。が、

「ダメだよ触っちゃ」

 その手は、清宮によって止められた。

「なんだよ! もうイきたいんだよ俺は!」
「じゃあ、質問に答えてくれたらイかせてあげる」
「はぁ!?」
「どうして君のお尻は綺麗になってるの?」
「あ…」
「俺と会うことになったから、洗っておいてくれたの? エッチ、する気だった?」

 俺は冷や汗をかいた。そんなところ、突っ込まれると思ってなかったからだ。
 清宮と過ごすようになってからと言うもの、受け入れる準備をするのが俺の仕事みたいになっていた。病気の予防のためもあるし、やらずにコイツの家に行ったからといって、セックスをしない日は無かったからだ。最悪その行為さえプレイの一環にされることもあった。
 結局洗うハメになるなら、始めから洗っておいたほうが得策だと思った。それは清宮を避けていた三日間も、同じで。

「べ…別に、今日だけじゃ…」
「どういうこと?」
「だからっ、別に今日だけじゃなくて! 昨日も一昨日も、その前だって洗ってた! 大体、迎えに来んのが遅ぇんだよ! 三日間も放置しやがって!」

 清宮が目を瞠る。

「…俺の為に洗って、用意してたの? この三日間、毎日…?」
「他に誰の為にやるっつーんだよボケ! 直ぐに連行しにくると思ったのに、お前ちっとも来ねぇから!」

 そこまで言ってから、しまった≠ニ思った。完全なる失言だ。恐る恐る逸らしていた目を清宮に戻せば、矢張りそこには、悪魔のような笑みを浮かべる奴がいて…。

「お仕置きの為に、用意してたんだ…?」
「い、嫌だ!」
「俺、まだ何も言ってないよ」
「言わなくても分かる! お前、今変なこと企んでんだろッ!」

 叫んで目の前の男を突き飛ばし、俺は逃げた。ヤバイと思った。ここでコイツから逃げなければ、今度こそ本当にいろんな意味で死ぬかもしれない。だけどその躰は直ぐに清宮に捕まって、引き戻され床に押し倒された。
 再び対峙した清宮の目は普通じゃなかった。それは、どう見たって捕食者の目で…。

「やだっ、嫌だ!」
「伊沢くんのイヤは、して欲しいのイヤ」
「今は本気のイヤだっつーの!」
「ダメ。自分からあんな可愛いおねだりしておいて、今更無しにはできないよ」

 清宮が、捕まえた俺の手首を強く握った。

「お仕置き、始めようか…伊沢くん」

 あ、と思った時にはもう、遅かった。低く艶やかな声が、耳朶をくすぐり脳へと命令を伝達する。

「―――Kneel」
「ぁ…あ……うぅ」

 全身から力が抜ける。頭の中がグルグル回って、視界はぐにゃりと世界を歪めた。絶対君主の命令から快楽を得ようと、躰が準備を始める。
 自分の中が、造り替えられていく…。

「ひ…ひや…ぁ」

 スイッチをかけられたのだと理解した。それも、酷く中途半端に。
 普通なら切り替えはあっという間だ。だが今の俺は、まだDomの部分を残されている。コレは以前にも経験した、理性を残したまま弄ぼうとしている時のやり方だった。
 俺は必死で清宮の躰の下から這いずり出た。
 今の清宮は、強いDomのオーラと支配欲をダダ漏れさせている。あんな状態のDomに遊ばれたら、この躰は一体どうなってしまうんだろう。そう思うと怖くて仕方なかった。
 既に脱がされてしまった下半身は丸出しで、上半身に全てのボタンが外れたシャツを羽織っているだけという、何とも残念な格好で這いつくばって逃げる。

「どこに逃げる気?」

 後ろで笑い声がする。余裕のあるそれに苛つく暇もなく、俺がなんとか逃げ込んだのは寝室の入口。ここで扉を閉めて籠城して、自然にDomに戻るのを待とう。そう思って、三日前に見たあの真っ白で傷一つない壁に手をついて、なんとか立ち上がったその時だった。

「はい、捕まえた」
「ひっ…!」
「伊沢くん、聞こえなかった? Kneelだよ」

 躰が恐怖に震えた。目の前のこの男は、今の俺にとっては絶対君主。その主の言う事を聞かなければ、俺の求めるものは何一つとして手に入らないだろう。そこにはきっと、苦しみしか残らない。…この人には、逆らってはいけない。
 俺の中のSubが割合を増した。

「ぁ…は…はぁ…」
「うん、良い子だねぇ」

 震える躰でなんとか足元にお座りをした俺の頭を、君主がかき混ぜるように撫でる。たったそれだけで、俺の昂ぶりは歓喜の蜜を更に零した。

「じゃあ、もう一度その壁に手をついて立って」

 言われるがまま、ガクガクと震える足をなんとか叱咤し、壁に手をついて立ち上がる。ひとり壁に向かって立っている俺の下腹に、後ろから清宮の手が回され、グイと引かれた。そうして取らされた体制は、手を壁について足を開き、尻だけを清宮に突き出したもので。

「あっあ…、ひあぁぁあッ!」

 君主は、何の前触れもなく俺の中へと入って来た。最初から容赦のない穿ちに、躰は完全に壁と一体化する。その度に俺の前が壁に擦れて堪らない。

「ひっ、んあっ、あっ、いぅ」
「あれ、ダメだよ伊沢くん。壁が汚れちゃってるじゃない、どうしてくれるの?」
「あっ、あっ、ごめ…なさっ、あっ」
「仕方ないなぁ。じゃあ、ちゃんとお尻だけでイけたら許してあげる。どう、できる?」

 そんなこと、できるんだろうか。返事をしない俺に清宮の声のトーンが下がった。

「ご褒美欲しくないの? できないなら、ずっとこのままだよ」
「あ…ぁ、やだぁ…」
「うん、嫌だね? じゃあ、ちゃんと言われたこと、できるよね?」

 ただコクリと頷いた俺の肩口で、清宮が微かに笑った。

「ああぁああっ! あっあっ、アァッ、ひやっ! あっ」

 後ろからの穿が激しくなった。ただひたすらに、中で感じる一点を強くこすり上げられる。

「やっ、ヤァあ! こわっ、怖いぃぃッ」

 何かが奥から押し寄せてくる。俺の中の、ずっとずっと奥の方から。

「怖くない、大丈夫だよ。ちゃんと俺が見ててあげるから。ほら、伊沢くんの躰を開放してあげて…?」

 言われた瞬間、強張っていた躰の力がふっと抜けた。次に来たのは濁流のような熱の波。叫びたいのに声にならないその快感は、あっと言う間に腹の奥底から頭の芯まで突き抜けていって…。
 ガリッ、と壁に爪を立て引っ掻いた。それでもその刺激の波には耐えられなくて、全身がビクビクと震え、結局立っていることさえままならなくなった。
 俺の視界は、まるで巨大な花火が目の前で開いたようにチカチカしている。

「伊沢くん、伊沢くん」

 ほとんど意識を飛ばしかけていた俺の頬を、清宮がぺちぺちと軽く叩く。そうして漸く、俺の視界はいつもの世界を取り戻した。
 はぁ、はぁと荒い息を吐いて座り込んだ俺の前に、ダラリと壁を伝い落ちる白濁した液体。

「ぁ…」

 それが自分の飛ばしたものだということを、直ぐに理解することができなかった。

「ちゃんと、後ろだけでイけたね」

 壁に垂れる液体を呆然と見つめる俺に、君主が囁く。

「じゃあ最後に、壁、綺麗にしてくれる?」

 未だ霧がかったような思考回路で、ただ言われたことだけを噛み砕き嚥下する。そうして俺は、壁に垂れた白濁を舐め上げた。
 苦くて、生臭くて、気持ちが悪かった。だけどこれをやれば、きっと俺は褒めてもらえる。俺は、後ろで俺を見下ろしているその男に褒めて欲しい。ただその一心で必死に壁についた汚れを全て舐め上げ、後ろを振り返った。
 途端、顎を取られキスされる。

「ンむ…」

 今しがた壁から舐めとった自分の欲望を、舌の上から清宮が絡め取る。まるで一滴も残したくないとでもいうように、執拗に舌を吸い上げられた。口端から溢れる唾液さえも逃さず全てを吸い尽くされたところで、漸く清宮の唇は離れていった。

「いい子、よく頑張ったね」

 もう一度だけ軽く啄むキスを与えられ、君主の瞳を見つめた瞬間また、俺の躰から力が抜けた。スイッチが解かれたのだ。
 いつもなら直ぐにでも罵声を浴びせてやるのに、今日は疲労が酷くてそんな気にもなれない。ぐったりと清宮にもたれ掛かったまま、荒い呼吸を繰り返している俺の頭を清宮が優しく撫でる。

「ごめん…俺、ちょっとブッ飛んでたかも」
「鬼畜…」
「ごめんね? 何でも言うこときくから…許して」

 つい数秒前まで俺様の王様の鬼畜様だった男が、目の前で突然シュンと項垂れる姿はなんだかシュールで、それから少しだけ、本当に少しだけだけど…可愛いと思ってしまった。
 正直、好きだとか愛しているだとか、そんな歯の浮きそうな言葉を吐く気は一生ない。清宮だって無理矢理言わせることはしないだろう。
 けど、多分…今回の騒動で、俺さえ自覚のなかった感情や想いは大方バレてしまっただろう。だったら、抗うのも必死で隠すのも、何だかもう面倒臭い。

「もう一回しろよ」
「……えっ!?」
「さっきのじゃなくて、普通のやつ。後ろからじゃなくて、ちゃんと向き合ってしたい」

 清宮が、まさに絶句…なんて顔をするからいたたまれなくなった。やっぱり素直になるのは向いてない。小っ恥ずかしすぎて顔に血がのぼる。目だって合わせられないから、清宮に更にしがみついて顔を隠した。そんな俺を、清宮が強く抱き締めた。

「今度から、どれだけ避けられても会いにいく。直ぐに連れ戻しに行くから」
「…おう」
「その前に、もう逃がさないけど」

 ヒョイと躰を抱き上げられて、素早くベッドへと移される。そのまま上に覆い被さった清宮は、俺に噛み付くようなキスをした。どこかのぼせたような表情の清宮に、俺もまた、噛み付くようなキスを返した。
 そしたらまた噛み付き返されて、また俺も噛み付いて。何度かそれを繰り返して、やがてお互い我慢できなくなって笑った。
 そのまま俺たちは、初めてじゃれあうようなセックスをした。
 時々くすぐったいと笑って、喘いで、怒って、また喘いで、笑って。俺たちは戯れるようなセックスをした。
 嫌いじゃないと思った。
 強制的に快楽を引きずり出されるD/Sのプレイは少し苦手だけど、こんな風に躰を重ねられることが恋人の特権なら、この関係も案外、悪くないかもしれない。





 朝日のまぶしさと、背中への妙な感覚で目が覚めた。

「…おい、何してんだよ」
「あ、おはよう。あんまり背中が可愛いからキスしてた」
「頭おかしいなお前」

 酷いなぁ〜、なんて言いながら、清宮は最後の一回を背中に落とした。

「首の痕、少し薄くなっちゃったね。付け直していい?」
「嫌だ」
「え〜、ダメ?」
「俺たちパートナーじゃねぇだろ? 付き合ってんだから、首輪なんかいらねぇよ」
「……伊沢くんッ!」

 後ろからギュウと抱きしめられた。

「それよりお前、あの壁の傷とシミ、どうすんの?」

 俺たちが目を向けた、寝室の白い壁。三日前までは新品同様に綺麗だったクロスは、今では一部だけ妙なシミが浮き上がり、それより少し上の方には引っかき傷がたくさんついている。
 張り替えるのか? って聞いたら、清宮は世界の終わりみたいな顔をして否定した。

「まさか! そんな勿体無いことするわけない! 俺のコレクションだもん!」
「………」

 なんだか深く追求しちゃいけない気がして、その話はそのままそっとしておいた。

「伊沢くん、お腹すいてるぅ? 朝ごはん食べる?」
「食う。大根の味噌汁にして」
「味噌は?」
「合わせで」
「了解」

 サイドボードから取ったヘアゴムで、清宮が長い髪を結い上げた。結い損なった後れ毛がふわりと首筋に落ちる。綺麗に筋肉のついた男らしい背中をTシャツで隠し、手早く下着と部屋着を纏うと清宮は寝室を出て行った。
 その後ろ姿を黙って見送り、ひとり残されたベッドの上で室内を見回す。
 清宮が言っていたとおり、その部屋には自分と清宮以外の記憶は残っていなかった。そして新たに刻まれた記憶、壁の傷とシミが、何だか妙に嬉しかった。

 清宮の過去には、沢山の人間の情念が渦巻いている。それが隣に立っている俺へと牙を向くことは、これからもきっと多々あるだろう。
 大抵の人間は俺よりも人としてしっかりしていて、見た目も良い奴が多い。だけど、それでも。
 今度こそ俺は、写真を見せられたって、特別なんかじゃないと罵られたって、きっとそいつらを余裕であしらってやることができるだろう。
 なんたって俺は、アイツのプライベート空間に入ることを許された人間で、そして…

「伊沢く〜ん、ご飯できるよ〜! 起きといで〜」

 清宮の味噌汁の味を唯一知る、初恋の相手なのだから。



 俺の元へ写真を持ってきたあの男が清宮マニア≠ニ呼ばれる有名な変態であったことと、俺に会った次の日に全治二週間の怪我を負ったと知るのは、この日から二日後のことだ。
 誰があの男に怪我を負わせたのか、なんてそんなこと、正直どうでもよかった。
 ただ俺は、余計な悩みを増やしてくれたそいつの悲劇を密かに嘲笑った。


END

2017/06/18



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