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前編



「あっ、ぁあッ、あっ! ひぃっ!!」

 腰だけを高く上げた獣のような体勢でベッドにしがみ付き、渚の欲に貫かれ激しくカラダを揺さぶられる。
 幾ら発情抑制剤を飲んでいても、この世界の強者であるアルファの欲情したフェロモンに当てられればオメガなどひとたまりもなく、触れられた瞬間全身に熱を帯びた。

「やぁらし。メグん中ギュウギュウ吸いついて引き込んでく。嫌なんじゃなかったの?」
「あっ! あっ!! ぁはっ、ンうぅッ」

 くっちゃくっちゃと結合部から態と卑猥な音をたたせながら、憎らしいほど整った顔をほんのりと紅潮させた渚が俺を見下ろし嘲笑う。
 与えられる刺激は気が狂うほどに気持ちが良い。だが、俺を本当に狂わせるものは他にあった。

「俺の…そんなに旨い?」
「あっ! ンぁあっ! あっ、ひぐっ!」
「可愛く欲しがってくれたら、もっと、奥まであげるけど?」
「っ、っ、…し…ッね」
「ん?」
「あっ、あっ! しっ…しねッ、死ねッ!」

 俺の口から吐き出された暴言に、渚は先ほどより更に楽しそうに笑い、ゆっくりと舌舐めずりをした。

 
 ◇


 巡(めぐる)と、明(あかり)と、渚(なぎさ)。
 幼稚園で知り合った俺たち三人は、それぞれが違う大学に入っても未だ仲の良い幼馴染。
 仲が良すぎて、ついには三人で暮らし始めてしまったと、周りはそう見ているかもしれない。だが、そこには見事に歪んだ三角関係が絡んでいた。

 女の子に間違えられることは無いが、とても小柄で無性に加護欲をそそる、いつまでも少年の様な明。
 そんな明とは真逆で背が高く、爽やかさと大人びた雰囲気が色男ぶりを上げている二つ年上の渚。
 そして、見た目も中身も全てが劣等生である俺、巡。

 俺は昔から明の事が好きで好きで堪らなくて、いつか第二の性が目覚めた時、運命は俺と明を繋ぐものだと思っていた。勿論俺がアルファで無いことは間違いなかったが、せめて明がアルファであればと願っていた。なのに…。

『僕、ベータだって言われたんだ…。ベータじゃ渚くんのお嫁さんにはなれないよね』
 
 足元が崩れ落ちていく感覚を覚えた。
 なんで明がベータなんだ?
 どうしてそこで渚の名前が出るんだ?
 どうしてそこに俺が居ないんだ?
 こんなにも俺は明を愛してるのに、どうしていつも明の心には渚しか入れないんだ?

 渚の子供を産む気だった明を前に、視界が真っ赤に染まるほどの怒りと殺意がもう一人の幼馴染、渚に湧いた。

 そんな中、無情にも世の中の底辺であるオメガだと診断された俺と、世の中の頂点に立つアルファだと診断された渚。俺の中で一方的に深まる渚への溝は修復不可能な程に掘り下げられていく。何故なら、アルファのフェロモンは、時としてベータさえも誘惑するからだ。

 強い誘いを込めたアルファのフェロモンには、感知本能が無いはずのベータでさえ抗えない時があるらしい。それは発情したオメガがアルファを誘うフェロモンに良く似たものなのだと言う。
 どうして、渚がアルファなんだ。第二の性の発覚で急激に広まっていく俺の中の闇の部分に、じわりじわりと狂気が混ざっていく。

 そんな事を知りもしない明は、渚を追いかけ同じ大学に合格した後、一人暮らしを始めていた渚にルームシェアを持ちかけた。目の前に居る俺には目もくれず、渚だけに。
 それに対して渚は「メグも一緒なら」と答え、明は目に見えて気分を落ち込ませた。

「じゃあ、三人でなら一緒に住んでくれるの?」

 そう悲しげに問う明に、渚はにっこりと爽やかに笑って言う。

「ああ、勿論」

 明が俺の様子を伺う。無言の瞳が懇願を滲ませた。


 アルファの影響を一番受け易いのは、オメガである俺だ。そしてまた、逆も然り。
 発情期が来ているオメガと、そのフェロモンの影響を受け易いアルファが共に暮らすことは危険以外の何物でも無かった。例え互いに発情抑制剤を服用していたとしても、だ。
 そこに俺の不細工な容姿は全く関係無い。ただオメガとしてのフェロモンが、ひたすらにアルファを惹きつけてしまうのだから。

 そんな危険な存在を、自分の為だけに誘う明。でも、それは仕方のないことだった。明は俺を、ベータだと思っているのだから。
 明が知りたいのは渚のことだけだ。俺の第二の性が何なのかなんて、気にする素振りは一ミリも見せた事が無かった。いや、明は始めから俺がベータであると決め付けている。
 アルファの番となり子を孕む存在であるオメガが、こんなにも冴えない、出来の悪い人間だとは思いもしなかったのだろう。
 
 “Yesと言って”と願う明の瞳の奥に、自身の危険がチラつく。その危険度は非常に高く、最悪望まぬ妊娠…何てものを経験する可能性だってあった。だが、それでも俺の口は明の望む答えを吐き出そうとする。
 だって、二人きりの部屋で明が渚の誘惑に流され、その身の内に渚を受け入れる未来なんて許せるはずが無いだろう。俺にとって何よりも大切なのは、渚に明を奪わせないこと。
 例え無様に自身が渚のフェロモンに発情し、オメガのフェロモンで渚を逆レイプしたとしても…。

「俺は……別にいい、けど」

 また一つ、闇に狂気が混ざり込んだ。
 そうして俺と渚の関係は予想通りの展開を見せ、今まで以上に捩れたものとなった。


 ◇


「ッ、」

 しつこく弄ばれたカラダが良い加減悲鳴を上げたところで、漸く中から渚が出て行った。それと共に溢れる精液が俺の太ももを伝い落ち、思わず舌打ちが漏れる。

「お前っ、何回ゴム使えって言ったら気がすむんだよ! 毎回毎回避妊薬飲むこっちの身にもなれ! 薬、高ぇんだぞ!?」

 胎内から溢れ出る渚を何とかティッシュで押さえて身を起こすが、溢れるものが多すぎて立ち上がれない。それを見ていた渚は、ミネラルウォーターを口にしながら勝手知ったる顔で棚から薬を取り出した。
 今はまだ発情を起こした訳ではなく、アルファのフェロモンに煽られ欲情しただけだから、飲む薬は避妊薬だけで大丈夫だ。もしも中に出され時間が経ち過ぎた時には、副作用の強い緊急避妊薬を。

「早く薬と水っ! 渚のせいでここから動けない……ってお前っ、何してんの!?」

 渚は俺が飲むはずの薬を自身の口内へ放り込んだかと思うと、俺の顎を取り、唇を合わせた。
 渚の舌でこじ開けられたそこに、とろりとした水と小さな錠剤が流れ込んでくる。
 他人の唾液と混ざった水の温度に吐き気がするが、この薬を無駄にするわけには行かず苦渋と共に全てを嚥下した。それを見た渚がニヤリと笑う。

「はっ、はっ、ふ…ふざけんな! 気持ち悪りぃ!」
「全部飲んだクセに?」
「薬が勿体無いからだ! 高いって言ってんだろ!?」
「薬代は俺が払ってるのに?」
「無駄に使う必要は無ぇって言ってんだよ!」

 顔を真っ赤にして怒るが、それでも渚は笑みを崩さない。

「だってナマの方が気持ち良いし、中に出すのも好きだし。そんなにメグが嫌がるなら、別にベータを相手にしても良いんだけど?」

 ベータ相手なら、避妊しなくても安心だし。そう言った渚に全身が総毛立った。これは暗に、『明を抱いても良い』と言っているのだ。

「だっ、ダメだ!!」
「なんで?」
「べ、ベータは前処理も後処理も要るだろ! 普通にケツだから、な、ナマだと病気になるかもだし」
「心配してくれてんの?」

 誰がテメェなんかを。
 そう思うが口には出さない。口に出して機嫌を損ねて、万が一でも明に手を出されたら困る。

「ヤりたいだけなら、オメガにしとけよ」

 存外に「俺にしておけ」と言った意味が通じたのか、渚は今までよりも更に笑みを深めた。

「今日は明、夕方まで戻らないって。だからそれまで遊ばせてね、メグ」

 まだまだ高い日の位置を確認した俺は、今日は緊急避妊薬が必要そうだと、溜息の代わりに諦めの瞳を閉じた。




 ◇



 二つ歳上の渚が先に社会人となった今も、三人での歪んだ生活は続いている。
 相変わらず明は俺がオメガだと気付いていないし、そしていつか、遅咲きのオメガとして渚の番になることを夢見てる。

 いつまでも現実を見ようとしない明を、いっそ滅茶苦茶にしてやりたい。
 渚が子種をばら撒いているのは、お前の中ではなく俺の胎内なのだと見せつけて傷付けてやりたい。
 そうすることは想像以上に簡単だ。だけどそうしないのは、俺は非常に良く現実が見えているからだ。
 例え俺が渚に無理矢理組み敷かれレイプされた場面を見せつけたとしても、きっと明は俺を責める。そして、いとも簡単に俺を見捨てるだろう。

 俺はそれを分かっている。理解している。
 だからこそ、明が嫌でも俺を見るようになる計画を立てたのだ。





「戸締りと火の元には気をつけてね?」
「うん、分かったよ」

 二週間の出張へと出かける渚に明が寂しそうに返事をする。そんな明の後ろで、ニヤけそうになる顔を堪えながら俺も一緒に渚を見送った。

「じゃあ、行ってくるね」

 そう言って出て行く間際、ドアの隙間からこちらを振り向いた渚と目が合った。その顔にはなんの表情も浮かぶことは無いのに、扉が閉まりきるその瞬間まで突き刺さる視線がやけに強くて気になった。


「明、お茶入れるから座って」

 渚が居なくなった室内を見てしょんぼりと落ち込む明をソファに座らせ、いそいそとキッチンへ向かう。
 これから二週間、この部屋には俺と明のふたりきり。
 かれこれ二年ほど共に暮らしてきたが、こうして明とゆっくり二人の時間を過ごすのは初めてのことだった。いつだって明は渚が居ないと家に留まらず、外へと遊びに出てしまう。
 それ程に俺との時間は退屈なのかと傷付きもしたが、渚に関することで付いた傷はあまりに多すぎて、今更どれがどれだか分かりはしなかった。

『この二週間は、普段話せないような渚の話を沢山しよう』

 相談にも乗ってあげるから。そう言って明が部屋に留まるよう誘った。
 裏しかない俺の言葉を真っ直ぐに信じた明は、渚のお気に入りである俺が味方に付けば心強いとでも思ったのだろう、とても嬉しそうに笑った。

 今思い出しても歯ぎしりしたくなる。あんなにも可愛らしい笑顔をつくらせるのは、矢張り渚なのだから。
 乱暴に注いだお茶の中に、小さな包から取り出した白い粉をサッと混ぜ込む。スプーンで丁寧に混ぜて溶かしたそれを小ぶりのお盆に乗せると、緊張で強ばる手で持ち上げ、明の元へと足を踏み出した。
 俺の勝負が今、この瞬間スタートした。


 ◇ 


 僕はいつオメガになれるのかな。
 アルファのフェロモンってどんな香りかな。
 渚くんの香りはいい匂いかな。
 渚くんは好きな人がいるのかな。
 もう、誰かとエッチ…したのかな。

 渚にセックスの経験が有るか、だって? あの色男を捕まえて? 余りの無知さと夢見がちなセリフに思わず笑いだしそうになった。
 共に暮らしたこの二年間、明が長時間外へと出かける度にアイツは俺を抱いているのだから、その回数は凄まじい。幾らオメガのフェロモンが強力とは言え、それ以外には何の特徴も持たない、退屈でしかない俺を相手にこれだけ盛る事が出来るのだ。他の奴とならもっと楽しむだろうし、そうであるのなら相当なヤリチン野郎だ。
 涼やかで欲望とは無縁な顔をしておいて、俺の中に入ってからどんな鬼に変貌するのか。今すぐテレビで上映してやりたいくらいだった。

「上映してももう、見れないけどな」

 睡眠薬がしっかり効いたのか、床に転がり眠る明に思わず顔がニヤける。
 二週間の出張が決まったと渚が告げたその日から、俺はずっとこの日が来るのを待ちわびていた。
 渚にバレないよう、少しずつこの日の為に道具だって用意してきた。
 床に転がったままの明を俺のベッドへと連れて行き寝かすと、隠しておいた道具を棚から取り出す。
 ロープに手枷、口枷。足枷はあると逆に不便だろうから用意しなかった。快楽用には小さなローターひとつと尿道責め用の細い管が数本。言うことを聞かなかった時用には、少し酷いが乗馬用の鞭も用意した。

 寝かした明の手首に丁寧に包帯を巻きつけると、その両手首に手枷を付ける。黒革で出来た少しゴツ目のそれが、明の白い肌と細い手首によく映えて思わずゴクリと喉が鳴る。逃げられないように手枷にロープを結び付けてベッドボードに固定すると、俺は棚から取り出した錠剤を一粒飲み込んだ。

【妊娠促進剤】

 当初は明を犯す予定だった。何度も何度もその内を犯して、中に俺をブチまけてやろうと思っていた。けど、幾ら犯したところでベータである明は妊娠したりしない。快楽に溺れる事はあっても、ただ男を受け入れる事を覚えてしまうだけでその先の繋ぎが無いのだ。それではなんの意味もない。

 だから俺は思った。俺が、妊娠すれば良いのだと。
 幾ら明が渚しか見ていなくても、この腹に自分の子供が宿れば流石に俺を見るだろう。

 タイミングの良い事に、もう直ぐ俺は三ヶ月ぶりの発情期を迎える。
 オマケに「離れる前に少しでも多く」と昨晩散々渚にカラダを遊ばれ、嫌というほどこのカラダはアルファのフェロモンに煽られている。珍しく渚がゴムを使ったことで抑制剤は飲んでいないし、まだ熱が冷め切らぬそこへ妊娠促進剤を飲んだのだから発情する日は更に早まるだろう。
 眠ったまま目覚めない明を見下ろし、漸く訪れたこの好機に俺は笑みを浮かべた。

「やっと…やっと俺の物に出来る」



















「やっぱり悪巧みしてたね、メグ」










 明に覆い被さろうとしたところで声をかけられ、思わずベッドから床へと滑り落ちた。上げそうになった叫び声は何とか自身の手で押さえ込んだが、少しだけ身じろいだ明に冷や汗が流れた。今起きられては…困る。

「何で、って顔してる」

 にっこりと笑って部屋の入口に立つのは、紛れもなく小一時間前に家を出たはずの渚だった。どうして、何でここに…そう口にしなくても顔に出てしまうのは仕方のない事だ。だって渚はもう、新幹線に乗っていなければならない時間なのだから。

「眠らせて、拘束して、そうした明をどうする気? って、聞かなくても分かるけど」

 ゆっくりと部屋の中を見回して、再び俺を見た渚が笑う。

「もう襲うしかないって、追い詰められちゃった?」
「なぎ、なぎさ」
「どうしても諦められない?」

 漸く入口から背を離した渚が、固まったまま動けない俺にゆらりと近付いて来た。

「明は俺しか見てないのに?」
「そんなことっ、そんなことっ!」
「分かってるって? それなのに諦めきれないの?」
「ヒッ、」

 床にへたり込む俺の目の前に、渚がゆっくりとしゃがみこんだ。ふわりと香る渚のフェロモンに体が跳ねる。

「限界を超えちゃった?」
「ッ、…ッ、」
「でもね」

 青ざめた俺の顔を上向かせ、凍えた場の空気に似合わないゆったりとした口調で渚が告げる。

「俺はとっくに、限界を超えてるんだよ?メグ」


 ―――ブワッ


 気付いた時にはもう、渚のフェロモンが俺を閉じ込めるようにして部屋中に充満していた。


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