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【あらすじ】
アルファとして産まれた館川夕士は、何故かオメガとの付き合いが長続きしない。目つきの悪い顔が原因だろうかと悩む夕士に、出来過ぎたアルファである親友、芹沢匠がひと肌脱ぐと言いだしたのだが何だか様子がおかしくて…?


☆゚+.☆゚+.☆゚+.☆゚+.☆゚+.☆゚+.☆゚+.☆゚+.



 困惑していた。
 俺、館川夕士(たちかわゆうし)は今、非常に困惑していた。

「まぁた…振られた…。何がダメなんだぁ?」



 この世には男女と言う性の他に、アルファ・ベータ・オメガなんて厄介な性が存在する。
 アルファに生まれたなら将来安泰、ベータに生まれたなら人並な人生を、そしてオメガに生まれたなら面倒事ばかりが付き纏う人生が待っている、本当に厄介な性だ。
 だが俺は運が良かったのだろう。この命は成功したアルファの家系に産み落とされ、俺自身も見事アルファの性を手に入れた。
 高校からはそれぞれの性のレベルでクラス分けされる中、アルファクラス内で置いてけぼりをくらう事なく授業についていける頭脳はあった。身長も順調に伸び、一目でアルファだろうと思われる肉体に育ちつつある。
 だがそんな順調そうに見える人生の中で、一番大事なところに問題があった。

「やっぱこの顔が原因かなぁ…」

 俺は人として一番の看板となる場所、そう…自身の顔に手を当てた。

 アルファと言えば、その出来過ぎた容姿が特徴だ。実際、中学からの付き合いであり現在同じ大学に通う親友もアルファなのだが、それはそれは驚く程良い男だ。いや、アレは少々出来すぎな気もするがそれは一先ず置いておこう。
 で、俺の容姿はどうなのかと言うと…アルファとしてはちょっとばかり残念なのだ。いやいや、決して出来損ないではない。人から羨まれる背丈もあるし、良いカラダをしていると褒められる事も多い。オメガやベータと間違えられたことは一度もない。だが問題は、些か印象の悪い目付きにあった。

 俺の容姿は人によっては“男らしい”と言われることもあるが、初対面の人間には大抵“怖い”と評される。眼鏡を掛けるほどでもないが、微妙に悪い視力のせいで寄る眉間の皺のせいだと俺は主張しているが、親友であるあの男に言わせると『目が合っただけで殴りかかって来そう』な雰囲気なんだそうだ。

 それでもそれなりに、俺もオメガの女性や男性と付き合う機会が何度かあった。カラダを重ねるまで進むことも少なくない。だが、どうにもこうにも何故か俺は直ぐに振られてしまう。
 自分で言うのも何だが家柄は申し分ないはずだし、一応紳士を気取っているから恋人は優しくリードしてきた。特に何かを失敗した記憶もない。だがいつだって別れは直ぐに訪れ、言われる言葉は決まって同じ。

『思ってた感じと違った』

 何だよ“思ってた感じ”って。俺をどう思ってたって言うのよ、ほんと謎だよ。
 そうして今再び同じ様な理由で、ほんの二週間ほど恋人だった同じ大学の男の子に、人の多い中庭という目立つ場所であっさり振られた訳だけど…。
 がっくりと肩を落とし漸く振られた場所から踵を返せば、前方から今一番会いたくない男が俺に向かって歩いて来るのが見えた。



「よう、浮かない顔してどうした?」

 そう言って軽く手を上げた男は、その出来過ぎた顔に嫌な笑みを浮かべる。

「白々しいこと言うなよ匠、どうせまた不幸のニオイを嗅ぎつけて来たんだろ?」
「酷い言い草だな、せっかく慰めに来てやったのに」
「頼んでないし」

 はぁ…と溜め息を吐く俺の肩に匠が腕を回す。その瞬間、匠から爽やかな匂いがふわりと香った。

 芹沢匠(せりざわたくみ)。
 俺と同じアルファで、例の出来過ぎた容姿を持つ親友だ。
 それ程手をかけてなさそうなのに、妙に格好のついた黒髪のショートヘア。例え猛暑の中に立たされても、暑さなど一切感じていないように見える透明感のあるその顔立ちと、少々がっちり型である俺よりも遥かにスマートな体つきは綺麗であるのに決して女々しくない。
 家柄までもが超上流階級な匠は、謂わばアルファの中のサラブレッドだ。モテないはずがなかった。

「なぁ夕士、良い加減現実を見たらどうだ」
「何だよ藪から棒に」

 訝しみながら匠を見つめれば、匠は綺麗に整った眉を器用に片方だけ下げた。

「振られる原因、本当に顔だと思ってるのか?」

 ぐっ…、本当に嫌なところを突いてくる奴だ。
 分かってる。いや、最近漸く分かったのだ。俺が振られる原因ってやつが。
 どうやら俺は、家柄やアルファらしい出で立ちでは補えないくらい面白みのない男らしい。

「お前、セックスが下手なんだって?」
「えっ、そこぉ!? って言うか誰に聞いたのぉ!?」
「夕士の“恋人だった”子達数人から」
「ぇえっ!?」

 俺は匠の足元へ崩れ落ちた。
 何故だ、どうしてだ、そんな酷いことってあるか? 俺はアルファ一族に産まれたアルファだぞ? 勉強もスポーツも、与えられた事は何でも苦労することなくやることができた。デートだってソツなくこなしたし、セ…セックスだって、いつもみんな…それなりに楽しんでくれていたはずで…。

「『教科書みたいなセックスだった』って言ってたな」
「ンなっ!?」
「あのな、夕士。ただ入れて揺すれば良いってもんじゃ無いんだぞ?」

 こんな責め苦ってあるか? 大学も後一年程で卒業するって歳になって、同じアルファであり、俺より遥かに出来の良い男に、それも付き合いの長い親友に、セックスの仕方を教授されるなんて!
 俺は自分でも分かるくらい顔を紅潮させて叫んだ。

「そんなこと言われなくても分かってるよっ!」
「分かっていても出来てないからオメガ“なんか”に振られるんだ」
「そんな言い方止めろよ、失礼だろ?」
「アイツ等の方が遥かに失礼だろう」

 隣で匠が空気の温度を下げた。

「アイツ等はアルファをブランド品か何かだと勘違いしてる。だからセックスの上手い下手で簡単に相手を乗り換えるんだ。幾らセックスが下手でも、夕士は良い所が沢山あるって言うのに」
「おまっ、何回も下手って言うなよ! ワザとだろ泣くぞ!」

 俺は匠のセリフで本格的に泣きそうになりながらも、「でもさぁ…」と諦めの息を吐く。

「性の不一致が原因じゃあ仕方ないだろ? 幾ら仲良くても、性の不一致で別れることもあるって聞くし」
「不一致じゃない。夕士は“下手”だから振られたんだ」
「もう止めて!!」
「お前は悔しくないのか? その辺で大量に売ってるボールペンのサンプルみたいに試されて」

 俺は文房具コーナーにある、『sample』のテープを貼られたボロボロのボールペンを思い出した。
 悔しい…のかな。使い勝手がどうなのかって、誰でも気になる事なんじゃないだろうか。
そう考えてみると、直ぐに振られた自分への不甲斐なさは感じるものの、別れを切り出した恋人への未練や執着などが殆んど無い自分に気付く。
 愛しいだとか恋しいなんて言う個人的な感情は後回しで、アルファとしての自分に合うかを試している部分があるんじゃないだろうか。だから別れを切り出されても引き止めた事は無いし、去ることを恨んだ事もない。またスタート地点に戻った事を面倒に思うくらいだった。案外俺も、冷たい人間なのかもしれない。
 ただ、もしも俺が匠みたいな容姿だったらもう少し相手の気を惹きつけておくことが出来たんだろうかと。それを考えると、心が少しだけささくれ立った。

「下手なら仕方ないよ、俺が悪いんだから。アルファとしては恥ずかしい話だけどな」

 ははっ、と強がって笑って見せたけど、どうやら失敗してしまったようだ。匠が眉間に深く皺を寄せた。

「夕士がそれで良くても、俺は良くない」
「え?」
「俺はお前が馬鹿にされるなんて許せない。だから俺が教えてやる。俺が夕士を“教科書通り”から卒業させてやるよ」
「………は?」

 ポカンとした俺に向けて、匠はこれでもかってくらい綺麗に笑ってみせた。

「しっかりカラダで覚えろよ?」



 ◇ ◇ ◇



「ぅ……あ、あの…さ、匠」
「何だ?」

 何だ? じゃないんだけど…。
 あの後俺は大学から引きずるようにして匠の部屋に連れていかれ、何故か互いに上半身を裸に剥いて向き合っていた。
 晒された匠の肌は想像以上にきめ細かくて綺麗で、同じ男なのに目のやり場に困る様な、香り立つ色気が溢れていた。思わず顔を背けると、だがそれは匠の手で元に戻されてしまう。

「夕士」

 咎めるような声で呼ばれ仕方なく視線を匠に戻すと、長いまつげに縁どられた瞳が俺をジッと見ていた。

「いつもどうしてるのか、俺にやってみせろ」
「え!? え、ど、どこから?」
「始めから」
「始めから!?」

 始めって、俺、当たり前の様にキスから始めるタイプなんだけど…。それこそ“教科書通り”と言われた俺だ、奇抜なスタートダッシュなんて考えもつかない。何だよ、奇抜って、どうすりゃ良いんだ?
 俺の思考はグルグルと妙な回転を始めていた。

「えっと…、いつもキスからなんだけど…」
「ん、」

 来い、とばかりに目を細めた匠に俺の頬が引き攣る。こいつ、本当に実践させる気か?
 でもよく考えてみれば、俺はアルファとしてかなり恥ずかしい振られ方をしている訳だし、これから先『セックスが下手な男』なんてレッテルを貼ったまま生きていく訳にもいかなくて…。そうして追い詰められた俺の思考は、またしても可笑しな回転を始める。
 つまり、ここは膨れ上がって破裂しそうな羞恥心を捨ててでも、プライドさえもかなぐり捨ててでも匠にご教授頂くしかないのでは、と思えてきたのだ。
 人間追い詰められると、摩訶不思議な思考回路が構築されるものである。
 俺はそっと匠に唇を寄せた。

「んっ…」

 いつも通り軽く触れ合うのを繰り返し、ぺろりと舌でその弾力を確かめれば薄らと唇が開かれる。内側へ入り込んだ後は徐々に深さを変えていき、奥に引っ込んだままの相手の舌を探る様に動かした。
 匠はオメガの真似をしているのか、彼のイメージに全く合わない奥手なキスを返してくる。だがそれは、今まで俺が付き合ってきた恋人たちのキスと酷似していた。だからきっと、錯覚を起こしたのだ。
 いま俺は、恋人を相手にしているのだ…と。

 匠の後頭部に手を回し、もう片方の手で匠の滑らかな肌を優しく撫でる。肌こそ綺麗であるが、オメガの華奢なカラダとは程遠い、匠の男らしいカラダがじんわりと暖かさを俺の手に伝えてきた。何故かそれが余計に興奮を誘う。
 顔の角度を何度か変えながら積極的に何度も唇を合わせ、肌を撫でていた手で匠の肩を後ろへとそっと押す。きっと相手はその力に逆らわずカラダを倒すだろう。そうして倒れても、後頭部を支える俺の手がクッションになる。全てがスマートな動作だ。
 そう、これがいつもの流れだ。恋人と営みを行う、いつもの流れ。だが、

「ぶえぇえ!?」

 何が起きたか一瞬では理解出来なかった。突然視界がグルンと回り頭の中が揺れる。そしてしっかりと目を開けた時にはもう俺は床に倒れており、視界には匠と天井が映り込んでいた。

「夕士、それじゃあダメだ」
「へ…ちょっ、た、たくンむぅっ!?」
 
 俺の上に乗っかったままの匠が再び唇を重ねてきたかと思うと、紳士とは言い難い動きをする舌が俺の口内を暴れまわった。逃げ惑う俺の舌を捕まえると吸い付いて、離されたかと思うと器用に甘噛みをする。溢れた唾液も丁寧に舐めとり、最後に唇に噛み付かれる。
 痛みで思わず口を開ければ再び中を荒らされ、俺は息も絶え絶えになりながら匠に答えた。

 夢中になっていた。
 相手が親友であることも忘れて、俺はそんな荒々しい、痛みまで伴うような匠の口付けに我も忘れて夢中になっていた。
 漸く俺の唇を開放した匠が、その白い頬を桃色に染めて俺を見下ろしている。なんて妖艶な男だろうかと、自分の親友ながらもゾッとした。
 
「紳士に振る舞うのも良いが、オメガは強引なのを好む奴が多い。夕士は男のオメガに好かれやすいだろう? オメガの男が内側で感じるポイントは、女より遥かに少ない。だがそのくせ快楽には非常に貪欲だ。今までの相手も、きっと夕士が好む紳士的な触れ合いでは物足りなかったんだろう。でも大丈夫、性は違っても男は男。俺たちとカラダの造りは殆んど変わらない」

 つまり、と言って匠が俺の胸の突起を舐め上げた。

「ひぁっ!?」
「自分が感じる場所を覚えて行けばいい」
「あっ! ちょ、ちょっとま、待てって! ひっ」

 悲痛な静止の声も聞かず、長い指と舌で肌を犯していく匠に恐怖で涙ぐむと、それに気付いた匠がニヤリと笑う。

「良いか、夕士。男を抱くのが下手な奴は、抱かれる側を経験すると上手くなるんだ」
「だか…抱かれる、側…?」
「どこを擦れば気持ち良いのか、どんな強さが気持ち良いのか。奥なのか、手前なのか、ゆっくり動くのか、それとも早く動くのか。それを身をもって経験するんだ。上手くならない訳が無いだろう?」

 もうオメガに馬鹿にされずに済むんだ、やってみるよな?
 そう言って舌なめずりした匠に、俺はどうしてだか頭が真っ白になって思わず…。

「う、うん…」

 こうして訳も分からず首を盾に振ってしまった俺が、その後どうなったかなんてそんな事…

「絶対に気持ちよくさせてやるよ、夕士」



 どうか頼むから、聞かないで欲しい…。



 END



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