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俺の彼氏は笑わない*



 俺の彼氏は笑わない。全く、笑わない。
 かれこれ恋人という関係になって一ヶ月が経とうというのに、俺は彼氏が笑ったところを見たことがない。……いや、見たことがないと言うと嘘になる。だって、

「笑ってるな……」

 俺以外と一緒にいる時は、普通に笑顔を見せているから。


 俺、三谷天馬(みたにてんま)が大学内で知らぬ者はいないってくらいのイケメン、青山流(あおやまながれ)と恋人関係になったのは突然のこと。
 学年は同じだけど学部が違うから、たまーにすれ違うことがあるとか遠くから見かけたことがあるとか、お互いの関係性はその程度。挨拶すら交わしたことは無かったと認識しているし、確か参加した飲み会が被ったのも入学して間もない頃、今から一年近く前に一度あったくらいだ。(因みに俺はその飲み会以降、友人の明郷(あけさと)から飲酒禁止令をだされているが、なにをやらかしたのか記憶がない……)
 それなのにある日突然。偶然通りすがった彼に腕を掴まれ、話があると大学内で最もひと気のない場所に引きずられるようにして連れて行かれて。

「……あの?」

 話があると言った割にずっと黙ったまま、しかも眉間に皺を寄せて地面を見ている有名人。一体何なんだと戸惑いつつも、イケメンは顰めっ面ですら格好いいんだなぁなんて呑気に考えていた。そしたらそのイケメンがいきなりズイ、と俺の顔の真ん前までその整った顔を近づけてきた。
 悔しいかな、背の高い彼は俺に合わせて少し腰を折っている。

「俺と付き合ってください」

 イケメンの口から出てきたのは、そんな突拍子もない言葉。ポカンと口を開けてアホ面を晒す俺に、もう一度。

「頼む。俺と、付き合ってください」

 人形のように整った顔、色素が薄く透明感のある肌。満月のように輝く、思いの外野生的な瞳に間近で見つめられ、その上彼は俺の両手を拾い握りしめた。
 低めの体温からじわりと伝わる、熱。

「は、はひ……」

 ダメ押しのそれが、俺の口を『イエス』と動かした。───というのが俺たちの始まりである、一ヶ月前の出来事だ。

 俺が彼に落ちるのは一瞬だった。
 同性だとか周りの目がどうとか、自分がノーマルだとか相手がゲイなのかとか、そういうのを気にする暇すらなく俺は落ちた。もうそれは見事なほどに。
 その要因に彼の見た目が関わっているのは間違いないが、彼の魅力はそれ以外にも溢れていた。
 笑顔は見せてくれないが不器用な優しさを感じたのだ。どちらかと言うと優しさというより『甘やかし』に近いかもしれない。
 あまり会話は弾まないが(だって笑わないし始終真顔なんだもん!)、俺の話はちゃんと相槌を打ちながらスマホも触らず聞いてくれるし、一緒に歩く時は車道側に回ってくれたし歩幅も合わせてくれたし。一緒に食事をした時には、なんと俺の口の周りについたソースも長く綺麗な指先で拭ってくれたのだ。
 ほんの数回でもそんなことをされたら、『なにそれ!?』って胸がときめいちゃうだろ。

「はぁ〜、俺の彼氏まじでかっこいい〜」

 遠くに、彼の姿を見つける。
 友人たちと談笑している姿を見ているだけで幸せになれるって、彼は一体何者なんだろうか。
 大学の敷地内には、そこかしこにランチや休憩を取るための簡易的なテーブル席が設けられている。そこで一人ほぅ……と惚気の溜め息をついたところで、後からやってきた友人の明郷に頭をボカっと殴られた。

「オイ、その見苦しい顔をどうにかしろ」
「ひっ、ひどくね!? 俺が見苦しいのは生まれつきですけど!?」

 涙を浮かべながら殴られた頭をさする俺に、明郷がカラカラと笑う。こうして笑う明郷も中性的で綺麗な顔をしているのだが、いかんせん口が悪いので女子受けが悪い。
 入学当初はそこそこモテていたのだが、新歓で彼に言い寄った学年一のマドンナに向けて、『オイ、人の腕に脂肪の塊押し付けてくんじゃねぇよ気持ち悪ぃなブス』と言い放ってからは誰も近寄ってこなくなった。
 その時、マドンナとは反対の隣にいたのが俺だ。明郷とはそこから仲良くなった。

「で、いつになったら別れるわけ?」
「えっ!?」

 言われた言葉に驚いて明郷を見る。

「え、なに、別れるって」

 まだ付き合って一ヶ月しか経ってないんですけど。そんな俺の心の副音声が聴こえたのか、明郷が呆れた表情を浮かべた。

「だってあんなの、どうせ罰ゲームかなんかだろ」
「それは……」
「天馬と青山に接点なんてなかったし、どう考えたっておかしい。お前だってそう思うだろ?」

 俺は思わず口をつぐんだ。だってそんなこと、言われなくたって分かっているのだ。
 俺たちの間には何の接点もなくて、いきなり恋がスタートするはずがない。しかもその疑惑を後押しするように、一ヶ月付き合った俺たちの間に性的な接触はまだ一度もない。手すら繋いだこともなければ、意思を持ってその体の一部に触れたことすらない。
 デートらしいデートだってまだしたことはないし、なんとかギリギリ大学からの帰りに一緒に飯を食いに行ったことが二度ほどあるだけだ。

「恋人同士で、笑った顔見たことないってヤバい案件だろ。さっさと別れろよあんな奴」
「でもさ、まじでかっこよくない? あの顔を見てるだけでも至福の時っていうかさぁ」

 もう一度恋人であるはずの男の方に視線を戻す。と、友人たちと話していたはずの彼の視線がこちらを向いていた。

「あっ、」

 目が合ったことに嬉しくなって思わず手を上げるが、

「あ、あぁぁ……」

 上げた手も虚しくスッと視線を逸らされ、そのまま友人たちとこちらに背中を向けて去っていく。

「あれが恋人のとる行動か?」

 そう言われればぐうの音も出ない。

「でも、一応付き合ってること周りに隠してるし……」
「それ、どっちが言い出したんだよ」
「……向こう……だけど……」
「向こうから告白してきておいて? 周りにはバレたくないから話しかけんなって? へえ、それはそれは」

 何が言いたいかなんて皆まで言われずとも分かっているつもりだ。

「話しかけるなとは、言われてないけどさ」
「でもあの態度はそういうことだろ」
「ぐっ、」

 そう、その通り。だからこそ極力大学内で会った時も話しかけないようにしている。
 会話は基本的に連絡アプリのみ。一応毎日やり取りはしているが、俺が送ったことに一言返事が返ってくるくらいで向こうからのアクションはほぼ皆無で返信も遅い。
 過去二回だけ一緒に行く機会を得た食事の場も、誘ったのはどちらも俺からだった。

「これ以上お前が傷つく必要、全くないだろ」

 言い方はキツいが裏に隠された明郷の友情を感じながら、俺は恋人である男が消えていったその先を見つめていた。




「あれっ、青山くん?」

 その日最後の講義が終わり大学を後にしようとすると、門の側には一際人の目を惹くイケメンが立っていた。

「こんなとこで何やってんの?」

 帰りに会えるなんてラッキー! なんて、それこそ恋人関係とは思えないことを心で思って彼に駆け寄る。もしも俺が犬だったなら、今はきっと尻に生えた尻尾をブンブンと振り回しているだろう。

「待ってた」
「え、」

 それだけ言った後、なぜか青山くんはチラリと俺の後ろを伺った。

「なに? 後ろになんか……」
「行こう」

 急に現れた恋人は相変わらず笑顔ひとつない真顔のまま、すたすたと前を歩く。
 一体何を確認したのか分からぬまま慌てて後を追いかけた。相手の足はとても長いから進むのが早くて、少しでも油断したら置いて行かれてしまいそうだ。

「ご飯、食べに行こう」

 振り返ることなく素っ気ない声音で言われた言葉に、だが俺は感動した。だってこれは、付き合ってから初めてのお誘いだったから。

「え、まじ!? これから!? 行く行く!」
「……何が食べたい?」

 立ち止まってやっと振り返った青山くんはやっぱりイケメンでとても直視できない。
 付き合ってから初めて相手から誘われた食事。これってもしかしてデートなのでは!? 俺は自分の顔が熱を持つのを自覚して、両手で顔を隠して叫んだ。

「青山くんのオススメで!」

 分かった、と小さくつぶやいて再び歩き始めた青山くんが悶える俺の腕を引いて歩く。
 実質これが第一の触れ合いで、嬉しくて嬉しくて歩く脚は自然とぴょんぴょんと弾んだ。

(明郷! やっぱ俺、まだ自分からは別れらんないよー!)

 だがそんな喜びも束の間。オシャレなカフェ飯を前に俺は、なぜかその後青山くんからずっと、尋問のようなものを受けつづけたのだった。



 もしかしたら青山くんは、明郷のことが好きなのかもしれない。そんなことを言えば隣に座っていた明郷本人が、まるで今まさにゲロでも吐いたような顔をした。

「はあ!? おま、ついに頭でもおかしくなったか!?」
「だって、昨日凄かったんだ……。初めて青山くんから誘われたデートで、その後お休みって別れるまでの間ずぅーーーーーっと明郷に関して質問攻め!」

 明郷とはいつから仲が良いのか、普段どんな会話をしているのか、お互いの家に行くことはあるのか、連絡の頻度はどんな程度か。

「飯はどんなとこに食いに行くのかとか、共通の趣味はあるのかとかさ。明郷のことそんなに知りたいって、それしかなくね?」

 しかも後々気付いたのだが、昨日俺を待ち伏せしていたあの時青山くんは確かに、俺の後ろを確認するような仕草をした。

「多分青山くん、俺と一緒に出てくる明郷を待ってたんじゃないかなぁ……」

 はぁ、と昨日とは大きく違う溜め息をついたところで、隣から獣のような唸り声が上がった。

「テメェ、クソ気持ち悪ぃこと言ってんじゃねぇよこのクソボケぇぇえ」
「え、なになに怖いッ、クソって二回も言った!」
「つぅかアイツ、見た目によらずめちゃめちゃヘタレじゃねぇか」
「なに?」
「別にッ!」
「痛っ!!」

 何故かブチ切れている明郷に首を傾げるも、それすらまた気に入らない彼が俺の脛を蹴り飛ばした。

「ンもぉ〜、なにすんだよぉ!」
「お前さ、なんでそんな能天気なわけ!? 万が一でもあり得ねえけど! でも億が一その想像がほんとなら、お前は俺に近づくために利用されてるかもしんねぇんだぞ!?」

 せっかくの綺麗な顔を般若みたいに歪ませる明郷を見つめながら考える。

「まあ、最初から分かってたことだし」
「なにがッ」
「明郷が言ったように、あの告白は多分……罰ゲームかなんかだよ」

 普通ではない非現実的な展開に、何か裏があるのだろうと感じていた。咄嗟にイエスと返事をしてしまったことも、どうせそのうち適当にネタバレでもされて終わるから良いだろうと安易に考えていた。でも、それでも俺は落ちてしまった。恋という沼の底に。

「今となっちゃさ、一瞬でもこうして青山くんの恋人って立場に立ててラッキー! て思ってんの」
「そんな酷い利用のされ方してもか?」
「……うん。だってこんなことでもなけりゃ、一生関わることもなく終わってたもん」

 だから平気。触れられることがなくても、誘われることがほぼ皆無でも。ほんとは友人に近づくための踏み台だったとしても。

「俺は、ちゃんと良い思い出にできるよ!」

 そう、思ってたんだけどなぁ……。



 その会話を聞いてしまったのは偶然だった。

「で、ちゃんと聞けたのかよ」

 たまたま通りかかった、人が居なくなったはずの講義室の中から聞こえてきたのは、俺が最近覚えたばかりの声。

「一応、明郷くんとはただの友達だって。大学からの付き合いらしい」
「へえ、まだそんなに長い付き合いじゃないわけだ。じゃあまだ隙はありそうだな」
「確かに明郷くん綺麗だもんなぁ、流が気にするのも分かるわ」
「……あんなのが近くにいたら、気にするに決まってる」
「だよなぁ、流石の流も気にするよなぁ。間近で見た時なんか、同じ男の俺でもドキッとしたし……てオイオイ、睨むなよ。なんもしねぇよ」
「あの子から他にも色々聞き出せた?」
「うん」
「収穫じゃん」
「まあ、キッカケは罰ゲームとはいえ、人見知りの流には良いきっかけになったな」
「真顔で『俺と付き合ってください』だもんな」
「お前らが言ったんだろ!? とりあえず顔で押せばなんとかなるって!」
「確かに言ったけどさぁ」
「あの子が本当にオッケーしちゃうとは思わなかったよな」

 そこまで聞いたところで、俺は踵を返して元きた道を戻る。なんの用事でここまでやってきたかすら頭から抜けて、ただただその場から逃げだしたかった。
 聞いてしまった。ついに、真実を耳に入れてしまった。大体想像はついていたけど、実際耳にするとその衝撃は思った以上に大きい。

「いやいやいや、知ってたし。多分罰ゲームだと思ってたし? ほんとは明郷に気があるかもって、昨日だってすぐビビッときたし」

 だから良い思い出にするって決めてたし、と一人笑おうとして……失敗した。
 足が動くことをやめてピタリと止まる。笑おうと思っているのに、どうしてか瞳からは後から後から涙が溢れ出てきた。
 ざわざわと遠くから人の気配が近づいてくるのが分かるのに、どうしても廊下に蹲ったまま動けない。
 たった一ヶ月の付き合い。されど、深く深く恋をしてしまった一ヶ月だった。

「ひっ、」

 みっともなくしゃくり上げる。まるで幼い子供のように嗚咽を溢して泣き崩れる。

「うえぇ、うっ、うっ」

 そりゃあ分かってたよ。あんな学校中の有名人になるほどの美貌の持ち主が、その辺の石ころに想いを寄せるわけがないんだよ。さっき青山くんの友人が言ってたみたいに、明郷みたいに中性的な美人だったなら同じ男でもヨロっといっちゃうのかもしれないけど……正直俺の容姿に綺麗なところはどこにもない。
 分かっていたのに、どうしても悲しみが溢れて止められなかった。ぐすぐすと鼻を啜っていると、誰かの足音が大きく近づいてくるのがわかった。

「……天馬!?」

 よく聞き慣れたその声に俯けていた顔を上げる。

「天馬ッ! どうした!?」

 足音は一気に速度を上げて近寄ってくると、蹲る俺の目の前に膝をついて顔を覗き込んできた。

「あ、あけ、あけさとぉ、うっう、うぇえ」

 いつもならバイオレンスに俺を殴ったり蹴飛ばしたりする明郷が、子供みたいに泣きじゃくる俺の肩をその腕でそっと抱いた。

「どうした? 何があった」 

 涙でぐちゃぐちゃになった顔で明郷を見上げる。よく見慣れたこの顔を見るとちょっとだけホッとして、ホッとしたら余計にまた涙腺が緩んだ。

「あけさとぉ……!」

 だが細身のその体に抱きつくように腕を回そうとした、その時。

「───なにしてんの」

 いきなり後ろから強い力で引っ張られ、俺の体は後ろに倒れ込んだ。それを真後ろの誰かに抱き止められるが顔が見えない。でも、この声は……、

「えっ、」
「なんだよ、何しに来たんだ青山」

 目の前の明郷が怖い顔をして俺の後ろを睨みつける。

「それはこっちのセリフ。三谷くんに何をした」
「はあ!? なんかしたのはテメェだろ!」
「俺は三谷くんを泣かせたりしない」
「へっ!?」

 ぐい、と自分の体を抱きとめている腕に更に力を込められたかと思うと、気づけば俺は宙に浮いていた。

「ええぇええっ!?」
「オイ、青山! 天馬を返せ!!」

 叫ぶ明郷を置き去りに、俺は抱き抱えられたままその場を後にした。



「明郷くんに何を言われたの?」

 か、顔がちけぇ……。
 見るのは告白の時以来の眉間に皺の寄った顔が、俺のぐしゃぐしゃな顔を覗き込む。
 抱き抱えられたまま連れてこられたのは、それこそ青山くんに告白をされた記念の場所だ。ほとんど人が来ることのない、草木に囲まれた静かでちょっとだけ湿気の多い大学裏。
 ジッと俺を見つめる瞳は長いまつ毛に囲われて、瞬きするだけで絵になる美しさだ。
 付き合って一ヶ月。その間で一度たりともこんなに近くでこの瞳を覗くことはなかった。皮肉なものだ。
 俺の心が形になったみたいに、また目から涙の粒が溢れた。それを青山くんの長い指が優しく拭おうと動いた。
 だけど、俺にとったらたまったものじゃない。

「やめて」

 その長く綺麗な指から顔を背け、自身の手で青山くんの指を押し退ける。

「そういうの、やらなくていいよ」

 俺は全身をスッと一歩分、青山くんから距離を取った。

「明郷は何もしてない。明郷は絶対に、俺を傷つけたりしない」
「……え?」

 なぜか青山くんは瞬間的に、凄く怖い顔をした。しかしまたすぐに、眉間に皺の寄った困ったような顔に戻る。

「じゃあ、どうして泣いてたの」

 青山くんにとってはただの踏み台が、ちょっと泣いていたからってどうしてこんなにしつこく聞いてくるのだろうか。
 だけど、そんなに知りたいというのなら教えてやってもいい。どうせ、もうこれっきり縁のない相手なのだ。
 俺は大きく息をすって、大きく吐いた。

「青山くんが、罰ゲームで仕方なく俺と付き合ってることを、知ったから」

 彼の綺麗な瞳が瞠目する。

「……え、え、?」
「本当は俺じゃなくて、明郷に気があることも知ってる」
「えっ!?」
「最初から、青山くんみたいな人が俺に告白してくるなんて変だと思ってた。思ってたけど、やっぱり罰ゲームだったなんて言われると……傷付く」

 止まりかけていた涙がまた溢れて、おもわず唇を噛み締めた。

「え、ちょ……ちょっとまって、三谷く」
「良くないよ、こういうの」
「ちょ、ちょっと待って、」
「いくら俺が地味平凡民だからって、タチの悪い遊びに巻き込んで良いわけじゃないと思う」
「待って!!」

 俺がヤケクソにブツブツと文句を言っていると、両肩を強く掴まれ顔を突き合わせられた。

「違うんだよ、違う……」
「何が違うんだよ」

 今さら何を言われたって、さっき講義室で彼らが話しているのをハッキリこの耳で聞いたのだ。そう彼に言えば、その美しい顔がついに泣き出しそうな子供のような表情になった。

「違うっ!」
「だから何が!? 罰ゲームで俺に告白したんだろ!? 俺のことなんて好きでもないくせに、俺がオッケーなんてしちゃったから心底困ってたんだろ!? 本当は明郷のことが好きなくせn」

 ぐむっ。

 最後まで言葉を発することはできず、俺は口を閉ざした。なぜなら……。
 んちゅ、と音を立てて互いの唇が離れた。かと思ったらまた、角度を変えて唇が重なった。
 なぜか俺は青山くんに、キスをされていた。

「ンうっ!」

 大学一年にして人生初めてのキスだったから、俺は息の仕方もわからずもがいた。やがて酸欠でぐったりしそうになった頃、ようやく俺の唇は解放された。
 だけどまだお互いの顔は、鼻と鼻が触れ合いそうなほどに近い。

「なん……なんで……こんなこと」
「俺は確かに、三谷くんに罰ゲームで告白をした。……それは最低なことだったと……思ってる」

 改めて本人の口から言われるとキツイものがある。思わず青山くんから目を逸らすと、強制的に大きな手のひらで顔を固定され、もう一度目を合わせられた。

「だけど俺は、好きでもない人にゲームでも告白したりしない。ましてや他に好きな人がいる状態でそんなことをするなんて、ありえない」
「……ん?」

 途中まではよく理解できていたはずなのに、突然全てが分からなくなった。

「え、なに……どゆこと?」
「俺の好きな人は、明郷くんでも他の誰でもなくて、間違いなく三谷くんだってこと」

 ポカーンと口を開けるしかない。だって、言っている意味が本当に分からないのだ。

「え……何言って、だって、青山くんは罰ゲームで」
「大学に入ってからのこの一年近く。話しかけることもできずにずっとウジウジしてる俺を見かねた友人達が、俺に罰ゲーム有りのゲームを持ちかけてきた。見事俺は負けて、その罰ゲームを遂行した。その罰ゲームの内容は、」

『好きな人に、告白をする』


「好きな人……」
「三谷くんさ、明郷くんから飲み会での飲酒を禁止されてない?」

 新歓での飲み会で明郷と仲良くなり、それから何度か大学の飲み会に参加した。だがたった一度だけ青山くんと参加が被ったとある飲み会以降、『俺との宅飲み以外ではぜーーーーーったいにお前は酒を飲むな!』と明郷から口を酸っぱくして言われているので、それを守って外では飲まないようにしている。自分が何をしでかしたのかは、怖くてその日から一年近く経ってしまった今でも聞けずにいる。

「なんで、それ……」
「その原因、相手が俺なんだ」
「えっ!?」
「俺、あの日飲み会のトイレで三谷くんにベロチューされたんだ」
「えぇえええっ!?」

 べたべたべたべたと体を触ってくる女子たちに嫌気がさして、トイレに逃げ込んだ青山くんはそこで、ベロベロに酔っ払った俺に出くわした。

「トイレの便器の蓋の上に座って、真っ赤な顔をしてニコニコニコニコ笑ってた」

 明かな酔っぱらいである俺を心配した青山くんが「大丈夫?」と声をかけたところ、

「舌ったらずな声で『たぇないんらぁ〜(立てないんだ〜)』て笑ってるのがなんだか凄く可愛くて笑えて、俺が席に連れてってあげるよって手を差し出したら、」

 ニコニコへらへら、便器に座って横揺れしている俺に手を差し出してくれた青山くんに俺は……、

「『らっこ(だっこ)!』って両手広げて待ってるから」

 その時の俺を思い出したのか、青山くんがクスッと笑った。俺と一緒にいて初めて笑った彼の笑顔に稲妻が走る。

「しょうがないな、って抱き起こしてあげたらその瞬間に……」

 きみ、かっこいいれ(ね)…… (ハート)、そう言って俺は、小さくもない男の体を抱き上げてくれたイケメン青山くんの両頬を、そっと両手で掴んで。

「ぅわああぁああっ!」
「俺のこと、思い出してくれた?」

 思い出した。思い出してしまった。
 ベロベロに酔っ払ったその時の俺に怖いものなど何もなく、とにかく目の前の美しい男にメロメロになって。
 欲望のままに唇を奪い、その上舌までしっかり突っ込んだのだ。キスの仕方も知らないくせに……!

「ごめんなさいぃぃぃ!」

 俺が両手で顔を隠し叫ぶと、その手を細身の体とは対照的な思いの外強い力で剥がされる。相変わらず互いの顔の位置は恐れ慄くほど近くにある。

「最初は当然ビックリしたけど、あまりに情熱的に重ねてくるし、そのうち子猫がじゃれるみたいに唇を甘噛みしたりちょっと引っ張ったりして……」
「ひやぁあああっ!」
「あまりにその戯れが可愛くて、思わず俺もそのキスに応えちゃって」

 どうやら俺たちはそのまま、トイレで暫くチュッチュッチュッチュしまくっていたらしい。
 そんな時、もはや保護者でしかない明郷が俺を探してトイレにやってきた。

「無理やり引き剥がされて、そのまま彼が三谷くんを連れて帰っちゃって。しかも翌日せっかく大学内で君を見つけたのに、」

 俺は、飲み会のことも青山くんとのことも、一ミリも覚えてはいなかった。オマケに隣では明郷が青山くんをずっと威嚇していたらしい。

「こんな見た目だから人は寄ってくるし、なんだか派手な生活してるように見えるかもしれないけど……俺、実は凄い人見知りで」

 全く自分のことを覚えていない相手に、「昨日俺とキスしたよね?」なんて言えるはずもなかった青山くんは、こんななんの変哲もないただの男である俺に、一年近くも片想いをしてくれていたらしい。

「う、嘘だぁ。だって青山くん、俺といてもちっとも笑ってくれないし」
「ごめん……三谷くんのこと好きすぎて、緊張して顔がこわばってるんだと思う」
「連絡しても、返事も素っ気ないし」
「どう会話を広げたらいいのか考えすぎて、いつも気づくと朝になってて……」
「デートにも全然誘ってくれんし」
「合わないと思われたくないから、三谷くんの好きなものの調査を先にしたかったんだけど、なんか全然上手くいっていなくて……」
「大学内で目があっても無視するし、付き合ってることも秘密にしたいって言うし」
「友達に見つかると凄い冷やかしてくるからいやなんだよ……俺と付き合ってるって周りにバレて、三谷くんの魅力が他に漏れるのも嫌だし……」
「でもでもでも、昨日だって明郷のことばっかり色々聞いてきて」
「三谷くんと明郷くん、距離が近すぎるんだよ。好きな子の近くにあんな美形がいたら、誰だって警戒するに決まってる!」

 そこまで聞いて俺はついにブハッ! と吹き出してしまった。
 だって、大学中の女子やそれこそ同性すら虜にしているイケメンが、俺相手にこんなに空回りしているだなんて。

「やばい、青山くん可愛すぎるっ」

 わははは! と俺が声をあげて笑うと、間近にあった青山くんの顔は一瞬だけ驚いた顔をしてから、日焼け知らずの真っ白な頬をまるで花びらが色づいたかようのうに瑞々しく紅潮させた。
 形の良い眉がグッと寄って眉間に皺が寄ったかと思うと、やがてスッと真顔になって俺から目を逸らす。そうしてやっと俺は気づく。
 眉間の皺は怒ってる訳じゃなく照れてるし、それを隠そうとした時に真顔になるのだと。

「三谷くんこそ、本当は俺のこと好きな訳じゃないのに、告白を受け入れてくれたんだろ?」

 青山くんの表情の意味に一つ気づくと、一気に色々見えてくる。今の眉間の皺は、拗ねている証拠だ。

「うん。実は流されてイエスって言っちゃった」
「……やっぱり」

 今度は少しだけ傷付いた顔をしている。

「でも俺、すぐに青山くんに恋したよ」

 青山くんが息を呑んだ。

「青山くんのさりげない優しさ、ちゃんと気づいてたよ。見た目もこんなに格好良いのに、中身までイケメンなんだもん、落ちないヤツいないよ」
「三谷くん、俺に落ちてくれたの……?」
「うん。俺、青山くんのことだぁい好き!」

 ぐしゃぐしゃに泣いた後の汚い顔で大きく笑う。そんな俺を、青山くんがぎゅうっと強く抱きしめた。

「三谷くん、俺は君のことが好きです。俺と、付き合ってください」

 今度は罰ゲームだなんて野暮な後ろ盾はない、ちゃんとした告白。
 やり直しをしてくれた彼の誠実さに、さらに俺の心は虜になった。

「俺も青山くんが好き! よろしくお願いします!」

 少しだけ抱きしめる力を緩められたかと思うと、再び俺の唇が青山くんに奪われた。
 何度か啄むような可愛らしい触れ合いを繰り返した後、青山くんは懇願するようにこう言った。

「俺も、天馬くんって呼んでいい?」

 その顔は決して笑顔ではなかったけれど。だけどそこにあったのは確かに、明郷への嫉妬を滲ませた───恋人の顔。




 後に俺のファーストキスが本当は青山くんじゃなくて実は明郷だったと判明して、大きな嵐が巻き起こるのは……また、別のお話。


END
2022/09/27



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