好きって言わせて *
「ねぇ、ほら…嫌がって」
「いっ、あっ、いやだ…」
「可愛い…もっと、もっと嫌がって」
俺を押し倒しながら変態くさい…いや、明らかに変態なセリフを吐いているのは強姦魔でもなんでもなく、正真正銘俺の恋人だ。
恋人である愼太郎と知り合ったのは現在通っている大学で、付き合ってからもう直ぐ一年が経とうとしている。
成績優秀、眉目秀麗、おまけに性格も穏やかだから、同じ学部の女子たちからはまるで王子様のような扱いを受けている。
そんな男が俺に告白してきたのは、去年の秋口に学内の交流目的で開かれた飲み会の帰り道。『好きです、付き合って下さい』と駅の改札口で、普段は涼しげな顔を真っ赤に染め目には涙を浮かべて消え入りそうに呟いた愼太郎に、俺は酔った意識の中で思わず首を縦に振った。
言ってしまえば酔った勢いで、好きでもないのに、しかも男と付き合うことになってしまった俺は、付き合うことになって浮かれる愼太郎に今まで散々酷い言葉を投げつけてきた。
半分は恥ずかしさもあった。好きだと言われれば『鬱陶しい』、触りたいと言われれば『嫌だ』『気持ち悪い』と拒絶して、それでも全身で俺を好きだと伝えてくる愼太郎にあっと言う間に絆されて、やがて全てを受け入れるようになり、気付けば俺も愼太郎と同じ気持ちを向けるようになった。が…、
「ぃやっ、あぁっ、ヤダ! いやっ!」
「ハァ…はぁ…嫌いって、言って」
「っ、…あ…、」
「…言って? 嫌いって。俺のこと、嫌いって言って…猛」
「…き…らい、嫌い……だいっ嫌い」
「ッ、」
「あっ!!」
嫌いだと罵った途端、俺の中で愼太郎が弾けた。
付き合い始めの頃は、愼太郎が俺にべったりで鬱陶しいくらいだったのに、勉強とバイトに忙しくなった今ではあまり相手をしてくれなくなり、熱を分け合う回数もかなり減った。とは言え、週に一度は必ずしているからまだ多い方かもしれないが、毎日求められていた頃と比べれば激減≠ニ言える。
その上、やっとかまってくれたかと思えばこんな強姦プレイばかりだ。
けど、愼太郎がこんな風に拒絶されればされるほど燃える様になってしまったのは全て俺のせいなのだ。いや、もちろん、きっと…愼太郎にも元々素質があったんだろう。でも、それでも原因は過去の俺だ。だって、何も始めから愼太郎はこんな変態ではなかったのだ。
普通に俺に触れて、好きだよって囁いて優しく抱いてくれていた。けど、いつからか俺に罵られることで興奮を覚える様になって、乱暴に見せかけて俺を抱くようになった。そして気付けば俺は、一度も『好きだ』と言わせて貰えなくなっていたのだ。
好きだの愛してるだのなんて言葉は、躰を重ねてるあの空気の中でしか言えやしないのに。そんな場で求められる言葉は、いつだって心とは真逆な『嫌い』の言葉。
口にする度興奮する愼太郎と、酷く冷めていく俺。
「今日も猛、最高に可愛かった」
絶対にピロートークは忘れないのに、好きだって言葉は忘れてしまったようだ。
拒絶なんてしないでと、そう言ってくれれば直ぐにでも謝れるのに。恥ずかしいだけなのだと、素直になれなかったのだと言えるのに。
自分勝手にも素直になれないまま燻る俺は、道を踏み外した愼太郎を取り戻せないでいる。
「…猛?」
なぁ、愼太郎。
もうお前は、俺の心に興味がないのか?
「たける」
俺からの好きだって言葉は、もう必要ないのか?
「たけるっ!」
「っ、…な、なに」
「なにって…猛、泣いてる…」
そう言う愼太郎こそ泣きそうな顔をして、流れる俺の涙を長い指で拭った。知らぬ間に涙腺が決壊していたようだ。
「俺に嫌いって言われるの、好きか?」
俺の問いに愼太郎が目を見開き、少しだけ頬を赤らめる。
「あ…えっと、」
「好きだって言われるより、好きか?」
「え、」
「俺はもう、お前に好きだって言っちゃダメか?」
涙をながしたままそう言えば、愼太郎は眉を大きく下げて俺を抱き締めた。
「ダメなわけない…ダメなわけないよ、猛」
「好きって言っても、良いのか?」
「言って…言ってよ猛、飽きるほど言って」
俺を抱きしめる慎太郎の顔をそっと手のひらで覆う。
「愼太郎、好きだ。大好きだ」
抱きしめる腕の強さが増した。少し、震えている気もする。
ほどなくして、消えてしまいそうなほど小さな声で『俺も猛が大好きだよ』って言ったのが聞こえた。ちょっとだけ、鼻声だった。
どうか、俺の言葉がお前の心を満たしていますように…。
END
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