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あなたの嘘まで愛してる。



 梶将人(かじ まさと)、三十二歳、フリーター。現在、高校からの友人である戸田がオーナーを務めるコンビニにて、絶賛アルバイト中。
 風呂とトイレは共同、冬になると隙間風が入る月二万八千円のいわくつきぼろアパートに住んでいるが、今の生活を変えようという気は全くない。正社員として働けないような複雑な事情があるとかそんなんじゃない。ただ単に、しっかりした大人になるのが面倒なだけだ。

 午前零時二十分。バイト上がりでコンビニの外に出ると、この時間帯には似つかわしくないタイプの青年が立っていた。

「あの……ここで働いている梶さん、ですよね」
「……はぁ」

 そいつは俺が外に出てくると、ハッとしたように慌てて近づいてきた。保たれた謎の距離には、どこか緊張感が漂っている。

(え〜、何コイツ。苦情でも持ってきたぁ?)

 面倒ごとである予感しかなくて、気を紛らわす為にくしゃくしゃになった煙草の箱を胸ポケットから取り出した。

「げ、あと一本かよ。今月キッツイのに」
「あの、俺、S大二年の佐々原秀(ささはらしゅう)といいます。実は、あなたに一目惚れしてしまいまして……」
「……は?」
「急で驚かれたかと思いますが…俺と、付き合って頂けませんか……? もちろん直ぐに返事をしろとは言いません! ただ、考えてみて頂きたくて……」

 暗がりの中でも分かる程、耳まで真っ赤に染め上げ俯いた青年。
 身長は割りと高く、俺と同じかそれ以上。細身ではあるがガリガリでない体つきはスマートで、その身に纏ったジャケットはかなり仕立てが良さそうだ。靴も洒落た革靴を履いている。
 手首にさりげなく着けられていた時計は、安くても数十万はする、時計に詳しくない俺でも知っているような有名ブランドのモノだった。

(コイツ、さては金持ちのボンボンだな)

 最後の一本を口に銜えて火をつける。暗闇の中で一瞬だけ明るく灯された手元は、だが直ぐにまた見えなくなった。
 吸い込んだ息を、紫煙ごと大きく吐き出す。

「いいよ、付き合っても」

 青年は俯いていた顔を勢いよく上げた。大きな目が更に見開かれる。

「ほ、本当ですか……?」

 その顔は驚いているが、嬉しさが滲み出ていて口元も何だかふよふよしている。
 大きな瞳と、頬に影を落とすほど長い睫毛。筋の通った形の良い鼻に、シャープな輪郭。暗がりだからハッキリ分からないが、どうやら肌も白そうだ。
 真夏に見ても涼しさを感じさせるようなその容姿は、女にキャーキャー言われるアイドルタイプだろう。一体何故こんなイケメンが俺を……と一瞬考えるが直ぐにどうでもよくなった。
 どのくらいの金持ちかは分からないが、俺よりは断然良い暮らしをしているに違いない。上手くいけば、隙間風の吹かない綺麗な部屋に住みつけるかもしれない。それにこの容姿なら、同じ男相手でもイケる気がする。

「いいよ、特に支障はないし」

 俺の言葉に青年は益々その表情に喜びを滲ませる。そんなどこか夢見心地な少女を連想させる青年に、俺はここ何十年か使う機会の無かった顔の筋肉を総動員して笑顔を作った。

「じゃあさ、彼氏さん。取り敢えず俺に、煙草買ってくんない?」

 彼氏からの初めてのプレゼントは、煙草ワンカートンと百円ライター。

「あ、あと風呂も貸してほしいなぁ」



 一ヶ月後――



「お前、マジであの大学生と付き合ってんの?」
「おお、何だかんだで早一ヶ月」
「綺麗な子だけど……男だろ? アッチどうしてんの?」
「あ〜……なんかまぁ、うん。そういうのは嫌なら無理しなくていいって言うからさ」
「じゃあ何してんの、普段」
「んー、一緒に飯食ったり? 全部奢ってくれるからさ。あとはテレビ見たり……あ! そうそう、佐々原くんったらまじで金持ちでさ! すっげぇ高そうなマンション住んでやがんの! テレビはでけぇし風呂も広いしそもそも部屋も広いし、ゲストルームとかあってさぁ。ヤバくね!? ベッドがボインボインなんだよ!」
「……お前、歳いくつ?」
「お前の同級生だっつの」
「そうだよな、三十二だよな。そんないい歳したオッサンが、一回りも歳の離れた大学生の家に上がり込んで何してんだよ……」
「そういや、この間アイツに本体ごとゲーム買ってもらった」
「はぁ!?」

 戸田が棚に並べようとしていたシュークリームを握りつぶした。

「あっ、もったいねぇ!」
「自分で買い取るわ! それよりゲームってなんだ!?」

 俺はちょっとだけ過去を振り返る。佐々原秀と付き合って、二週間がたった頃のことだ。

「遊びに来い来いって言うけどさぁ、アイツの家なんもねぇんだよ。大学生となんて特に話すこともないし、暇だから飯食って風呂入ったら直ぐ帰ってたわけ。今は冬でもねぇし、自分のアパートのがここに近いしさ」

 そしたらある日、佐々原が黒光りする箱を買ってきたのだ。ゲーム好きの俺は即行で食いついた。

『何これ! 新型じゃねぇか!』
『梶さんゲーム好きですか?』
『好き好き! 大好き好き!』

 佐々原は、ホッとしたように微笑む。

『良かった。これ、梶さんに買ってきたんです』
『え、俺?』
『この家、何もないから退屈だったでしょ? 直ぐに気付かなくてごめんなさい』
『これ、俺ひとりで使って良いの!?』
『もちろんです。あ、でも……できれば持ち帰らずここに常備しておいて欲しいです。そしたら梶さん、今よりもっとここに居てくれるでしょ?』

 つまり佐々原は、自分の家に俺を留めて置くためだけに、何万もするゲーム機を買ってきたのだ。

「俺、涙出そうだわ。それでお前……それ貰ったの? タダで?」
「おう、その後ソフトも何本か買ってもらった。アイツの家でしかやれないっていう縛りが面倒だけどな」
「クズか!!」

 戸田の怒りが頂点に達して、シュークリームの袋がついに爆発した。それでも俺は、自分が悪いとは思わない。だってアイツが自分で言ったんだ、貰って欲しいって。俺が傍にいれば、それだけで満足だって。
 そう言いながらも、実はちゃっかり俺の唇を奪っちゃってたりするからお互い様だと思う。

 アイツが好きだと言うたびに、「俺もだよ」って適当に嘘を吐く。キスを求められれば、重ねるだけのモノだが一応こたえてやっている。それだけでアイツは幸せそうに笑うし、俺は飯も風呂もゲームも与えて貰えるんだから、これも一種の持ちつ持たれつ≠チてやつなんだよ、きっと。

「梶さん、お疲れ様です」
「あ、佐々原」
「もうすぐ上がりですよね? 外で待ってます」
「んー」

 そう、別にこれでいいんだよ、俺たちは。どうせ数ヶ月続けばマシ≠ネんていう脆い関係なんだからさ。



 二ヶ月後――――



「あの見た目だし、やっぱ佐々原くんはモテるな。この間バイトの子達がカッコイイカッコイイって騒いでたぞ。勿体無いよなぁ…何でお前なんだろう」

 俺に会いに来ることで店に頻繁に顔を出すようになった佐々原は、あっと言う間にこのコンビニのアイドルになった。
 俺との関係を知ってるのは戸田だけだから、バイトの子たちは仲良くなろうと俺や戸田から佐々原の情報を聞き出すのに必死だ。

「みんなアホだなぁ〜、アイツは俺にベタ惚れなのにさぁ」
「アホはお前だこのド阿呆」

 一瞬だけ湧いた焦りのような感情は、だけど一瞬で消えて無くなって、忘れた。



 三ヶ月後――――



「佐々原くん、昨日また裏で告白されてたぞ」
「え!?」
「これで告白されてるとこ見るの、三回目かな」
「三回目!?」
「なんだよ、聞いてないのか?」
「き、聞いてない」
「まぁ、振ってんだから言う必要はないか」
「あ、あぁ……」
「あの容姿だもんなぁ。大学でもどこでも、あっちこっちでモテんだろうなぁ。こりゃお前が振られるのも時間の問題だな」
「ま、まぁ俺は別に、振られたって全然問題ないけどな? は、ははは……」

 そんな乾いた笑いを零した一ヶ月後、ついに事件は起きた。



 いつもと同じように佐々原の家に行き、飯を食って、風呂に入ってゲームをしていた。

「梶さん、お茶入れましたけど、まだゲーム終わりませんか?」
「あと少し! おっ、おおおお、良しクリアぁあ!」

 ゲームを始めて二時間半、漸くコントローラを手放した俺の隣に、佐々原が腰を下ろした。俺の膝に、佐々原の手が置かれる。

「新しいゲーム、楽しかったですか?」
「めちゃくちゃ難しいけど面白い! 今やってたダンジョンなんかさ、いつもの……」

 佐々原の方へ顔を向けた途端、キスされた。

「んっ!? んっ……ん……ん………んっ!?」

 いつもなら数回唇を当てたら終わるそれが、今日は全然終わらない。なんだこれ、と思って佐々原の肩を押すが、細身に見えるその躰はビクともしなかった。
 そしてやがて、頑なに閉じていた俺の唇が割り開かれる。

「……んっ! んんっ!? ぁふっ!!」

 ぬるっとしたモノが中に入り込んできた。それは生き物みたいに動き回って、口の中を好き放題蹂躙する。俺は、その感覚がだんだん怖くなって……。

「やっ、やめろっ! 気持ち悪いっ!!」

 叫んだ後にドン、と押した佐々原の躰は、驚く程簡単に離れ尻餅をついた。

「あ、すまん、ささは……」

 流石にまずいと思って謝ろうとしたけど、謝罪は最後まで言えなかった。言葉を、思わず飲み込んでしまった。尻餅をついた佐々原が、あまりに悲愴な顔をしていたから。
 そんな佐々原になんとか声をかけようとした俺だったけど……。

「やっぱり、無理があったんですよね、俺たち」
「え……?」
「梶さん、別れましょう。今まで付き合ってくださって、本当にありがとうございました。勝手ばかり言ってごめんなさい。でも、一方通行のままはやっぱり苦しいです。もう、良い加減諦めます……」

 そう言って佐々原は、悲しげに、だけどスッキリとした顔で笑った。




「で、ついに振られたわけだ。まぁよく続いた方だろ。正直俺は、一週間で振られると思ってたからな」

 戸田が笑う。

「あれ、どうして将人くんは、そんな不機嫌な顔してんのかな? 金ヅルがいなくなって悔しいのかな?」
「違うよっ!!」

 カウンターを思い切り叩く。

「俺が悪いのか!? なぁ、俺が悪いのかよ!? だってアイツが言ったんだぜ、傍にいるだけで良いって! なのに俺が悪いみたいな顔してっ、アイツ……あんな顔!」
「お前ほんとアホだよな。そんなもん本気なワケねぇだろ? 好きな奴とふたりきりでいて、何もなくて良い奴なんて居るかよ。そんでキスして気持ち悪いって言われちゃ、そりゃ心も折れるだろ」
「本気で気持ち悪かったわけじゃねぇよ!」
「……え、なに……? じゃあ何でそんなこと言ったんだよ」

 俺はぎゅっと唇を噛んだ。
 梶将人、三十二歳。もう直ぐ三十三歳。実はこれまでの人生で一度たりとも恋人ができたことがなかったなんて、そんなこと……。

「おま……、今まで何回か彼女いたとか言ってたアレは……」
「嘘だ」
「まじかオイ。じゃあ今回が」
「初彼氏、でファーストキスの相手。佐々原秀くん二十歳」
「あ、なるほど……お察し……ッ、ッ、……ぶぁああああーははははははははっ」

 どうやら戸田は、佐々原にキスをされた時の俺の心理状態に気づいたようだ。そうさ、この歳まで童貞でキスすら経験のなかった俺は、生まれて初めて経験したディープキスにビビったのだ。それも、ちょっと気持ちよかったが故に。

「し、仕方ねぇだろ!? 初めてだったんだから!」
「いや、だからっておまっ、拒否った理由がそれって! ひっ、ひひひひひ!」

 戸田が涙を流して笑う。俺は恥ずかしすぎて顔から火やら血やらが噴射しそうだ。

「そんなに笑うことねぇだろ!」
「だってお前、鈍すぎる!」
「えぇえ? なにがぁ」

 戸田は目尻に垂れた涙を拭うと、にんまりと悪い笑みを浮かべた。

「普通、経験の有無に拘わらず好きでもない相手とのベロチューなんて気持ち悪くてできねぇよ。それが同性なら余計に無理だ、そうだろ?」
「あ、あぁ、そりゃぁ……ん?」
「あぁあ、佐々原くんかわいそう。こんな鈍くちゃ今まで大変だったろうな」
「何だよ、また俺が悪者かよ」
「お前は最初からクズでド阿呆でドクズだよ! 今日はもう良いから上がれ。そんで佐々原くんとこ行って、拒否った理由を話してやれ」
「なんで俺が!」
「良いから行けっ!」
「痛っ!」

 思いっきりケツを蹴られカウンターを飛び出すと、そのままタイムカードを切って外に出た。午後九時三十分。まだ上がるには二時間半もあったのに、俺の給料が…。
 今更アイツのところに行って何になるんだ。確かにキスを気持ち悪いって言ったのは悪かったけど、本気で俺を拒否ったのはアイツじゃねぇか。だからってこのまま家に帰っても、悶々とするだけで寝れないだろうことは目に見えてるし、多分戸田に殴られる。
 仕方なく。本当に仕方なく、二日前に俺を振った元彼の家へと、重い足を向けた。


 ◇


 マンションの前まで来て、ここへ来たことを激しく後悔した。
 そこには既に佐々原の姿があった。そしてその傍らには、ちっこくて可愛らしい、佐々原と同い年くらいの女の子が立っていた。奴の腕を、両手で握りしめている。

「……梶さん?」

 俺に気づいてこちらを振り向いた佐々原は、二日前となんら変わらない顔をしていた。そりゃそうだろう、二日しか経ってないんだから。
 でもさ、何かもっとこう、あるんじゃないの? 好きだった相手と別れた直後なんだから、もう少し目の周りを赤く腫れさせるとかさ。そう考えて笑いが込み上げた。
 今の状況を見れば分かるだろう、アイツにはもう、次がいる。

「梶さん!」

 声が近付いたところで素早く踵を返し、走り出した……いと思ったのに足が固まって動かなかった。だから簡単に佐々原に間合いを詰められた。腕を取られ、佐々原の体温を感じた途端、どうしてか涙腺が緩んで、勝手に涙がこぼれた。

「梶さん、どうしました……?」
「あ……」
「何かあったんですか?」

 自分でも何で泣いてるかわかんないから、焦って、余計に言葉がうまく出てこない。そんな俺の顔を、佐々原が心配そうに覗き込んだ。

「歩けますか? 家の中でゆっくり話しましょう」
「えっ? ちょ……」

 佐々原はグイグイと俺の腕を引っ張りマンションの中へと進んでいく。そんな状況についていけてないのは俺だけじゃなかった。

「佐々原くん! 待って、どこいくの!? まだ話が……」

 先ほど佐々原の腕を握りしめていた女の子が叫び、俺を引いている腕とは反対の腕を引っ張り引き止める。そりゃそうだろう、話の途中で放置されてるんだから。
 女の子は綺麗にカールしたまつ毛をはためかせ、その大きな瞳で瞬いて見上げる。男なら堪らない仕草だろう。だけどそんな女の子に佐々原は、聞いたことのない酷く冷たい声で言い捨てた。

「さっきも言ったけど、俺、君のこと知らない」
「えっ、でも私、同じ大学で同じ学部の……」
「知らない、覚えてない。あと、勝手に触らないで。俺、触られるの嫌い」

 佐々原は掴まれていた腕を乱暴に振り払うと、女の子から視線を外した。そして、俺を見る。

「さ、行きましょう」

 とっても優しい笑顔だった。



「落ち着きましたか? 話、できそうですか?」

 さっきの女の子への態度に驚きすぎて、涙はあっと言う間に引っ込んだ。だけどそのせいで赤らんでいるだろう目元と鼻が、少々恥ずかしい。

「俺は……、俺は別に、来るつもりなんてなかったんだけど、戸田が行けって煩いからさ」
「戸田さんって、あのコンビニのオーナーさんですよね? それで、どうして?」

 ああ、ついにあの話をしなきゃいけないのか。単なる恥の上塗りじゃないのか。正直に話すことに抵抗がありすぎるけど、ここまで来たら話さず帰るわけにもいかない。
 ハッと短く、諦めの息を吐いた。

「この間は……悪かったな、気持ち悪いとか言っちまって」
「あ……あぁ……、」

 佐々原の顔が若干引き攣って、一気に気不味い空気に変わる。やっぱり、傷ついたんだな。珍しく俺の良心が痛んだ。

「良いんです、誰だって好きでもない相手にされたら、気持ち悪い」
「違うんだって! 俺はただ、あんなの初めてだったからビビって!」
「……初めて?」
「自慢じゃねぇけど、今まで誰とも付き合ったことないんだよ俺は! だから舌入れるのとか本気でビビって、それでついあんなこと言ったけど、別に俺は」
「待って! 待って梶さん! 気持ち悪くなかったんですか!?」
「え? いや、だからアレはビビっただけで……」
「同じ男の俺にあんなことされて、気持ち悪いって思わなかったんですか?」

 なんかそれ、戸田にも言われた気がするけど。俺はもう一度二日前の事を思い出してみる。だけどやっぱり、ビビっただけで気持ち悪いとは思わなかった。

「気持ち悪いっていうか……むしろ気持ちよかったっていうか?」

 ブフッ、と佐々原が吹き出した。

「貴方は本当に可愛い人ですね」
「……は?」

 佐々原がクスクスと笑い続ける。

「ここに来てくれたのが自発的じゃないのは残念ですけど、今の話で十分すぎる程の収穫を得ました。戸田さんに感謝ですね」
「えー?」
「梶さん、思ってた以上に俺のこと、気に入ってくれてたんですね」

 にっこり笑った佐々原に、俺は目ん玉をひん剥いた。

「お前、なに言ってんの!?」
「じゃあ、もしも戸田さんにキスされたらどう思います? 同じように舌を入れられたら、気持ちいと思えますか?」
「はぁあ!? やめろよ気持ち悪い! 想像もしたくねぇわ! つか触るだけのキスだってごめんだっつーの!」

 俺は想像しただけで込み上げた吐き気に舌を出す。

「じゃあ、俺のは?」
「え、だから佐々原とのは………」

 そこで漸く、自分が何を言ったのか気づいた。

「待て、待ってくれ佐々原。これには深いわけが」
「今更言い訳は聞きません。梶さん、やり直しましょう。俺たち今度こそ上手く行くはずです。まぁ俺は、元から復縁する気満々だったんですけどね? スタンダードに、押してダメなら引いてみろ作戦です」

 何故か俺の背中に悪寒が走った。

「なにそれ」
「だって梶さん、結構分かりやすいから。お金目当てだったのもちゃんと知ってますよ? 嘘ついて好きだって言ってたのも分かってます。あんなに分かりやすい、心のこもってない好き、初めて言われました」

 佐々原が思い出し笑いをした。だけど俺は疑問しか抱けない。

「なんでそれ知ってて、俺のこと嫌いにならなかったんだ? 普通頭にくるだろ」

 そんな俺に、佐々原は堂々とした声で言った。

「梶さん、俺はね。貴方がつく嘘さえも、愛おしいと思ってしまうんです」

 綺麗に微笑んだ佐々原を見て、ああやられた、って思った。降参だよ降参。お手上げです。
 こんなに人に想われたこと、人生で一度も無いんだからアテられちゃでしょう、コレは。
 きっと戸田は先に気づいてた。だから佐々原に会えって言ったんだ。お前の思う通りになっちまったよ戸田、ちきしょう! またお前に笑われるんだろうな。
 ため息一つ、俺は漸く覚悟を決める。

「分かった。お前と真剣に付き合うよ。こんどこそ本気で」
「嬉しい……やっと貴方を手に入れた」

 腕を引かれ、抱き寄せられてキスをされた。二、三回触れるだけのキスをして、少しだけ臆病に、佐々原が俺の唇を割った。
 やっぱりその感覚はゾクゾクとして、慣れるまではちょっと怖いと思うかもしれない。だけど気持ちいいのも確かで、俺は暫くされるがままになった。
 やがて、銀糸をぷつりと切った佐々原が俺に囁く。

「俺はこの先も望んでます。覚悟、してくれますか?」
「俺、お前なら大丈夫だと思う」

 こんだけ綺麗な顔だもん、余裕で抱けそう。コクりと頷き即座に答えると、佐々原は嬉しそうに言った。

「良かった! 俺、上手くできるよう頑張りますから」
「ああ、うん……?」
「前を使ってみたいなんて思わないくらい、後ろだけでめちゃくちゃ気持ちよくしてみせますね!」
「あ、うん………え?」
「え?」
「え?」


 ――――え?


 俺の青天の霹靂談≠聞いて、戸田がまた腹を抱え涙を流して笑う日は、近い。








「ところでさ、佐々原。お前って俺の何に一目惚れしたんだ?」
「そんなの、梶さんの死んだ魚の目に決まってるじゃないですか」
「お前嫌いッ!!」



END



どっちが大人か分からない。
(戸田は二児の父)


2017/06/20

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