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先生『愛』ってなんですか?


「先生さよーならー!」
「先生バイバーイ」
「はぁい、さようなら」

 小さな手を振る子供に軽く手を振り返す。
 俺が同じ年齢の頃には、まだ青っぱなでも垂らして走り回って遊んでたのにな…と、塾から帰る子供を眺めながらぼんやりと考えていた。
 すると、シャツの裾をつんつんと引っ張られる。

 引っ張られたシャツの元を見下ろした先には、女の子かと見間違う程に可愛らしい容姿(でも無表情)をした少年が立っていた。

「み、美琴くん…」

 色素が薄くて色白で、髪は天然のヘーゼルナッツ色。くりんくりんの瞳は女の子が羨むほどの長い睫毛で縁取られており、人形のように形のいい唇は薔薇色。頬も同じ様にほんのり色付いている。
 だが、そんな容姿に騙されてさいけない。何故なら…。

「な、なにかな?」
「先生は、この後何か予定はあるの?」
「ありますとも!」
「一人でオナニーでもするの?」
「オッ、オナニ!? デートですっ!!」
「あぁ、あの不細工な彼女とセックスするんだ」

 コイツは、本当にタチの悪いクソガキだからです。

「こんのクソガキがぁあッ!!」



 ◇



 複数の小学校と中学校が密集する場所にあるこの塾には、学校以外でも学ぼうとする子供たちが沢山通ってくる。
 今の子供たちは大変だなぁと思いながらも、正直どうでも良かったりする。

 俺、村上浩輔(むらかみこうすけ)は子供が嫌いだ。
 正確には“クソ生意気なガキ”が嫌いなのだが、子供というものは九割がた生意気なもんだ。だから、“子供が嫌い”でも間違ってはいまい。
 では何故子供に関わるような仕事をしているのかと言うと、はっきり言えば不可抗力に近い。

 ただ何となく選んだ大学は始終グダグダと過ごして終わり、そんな俺が将来的に役に立ちそうな資格を取っているはずも無く…気付けば模範的な社会人になり損ねてフリーターに。
 それでも危機感の無い俺を見兼ねた姉が、姉の旦那が経営するこの塾で働いてみないかと持ちかけて来たのだ。

 基本給を見て一瞬悩むも(高卒女子並の給料からスタートだった)、フリーターしてるよりかは社会保険も有るし遙かにマシだと思い働くことを決意。

 基本業務は事務と経理全般。
 従業員の給料計算をしたり、講師達と相談しながら生徒のスケジュール管理表なんてのも作ったりする。

 うん、意外と忙しい。

 思っていたよりも忙しい日々に追われ、気付けばあっという間に五年が経ち今やこの塾でもベテラン事務員。
 そうこうしている間に生徒たちからは俺まで“先生”と呼ばれるようになっていた。
ま、人生の先輩…先生って事で。

 で、だ。
 冒頭の話に戻るのだが、一年ごとに生徒が入れ替わっていく中、今年入って来た生徒にとんでもない子供が混じっていた。
 その名も、『不破美琴(ふわみこと)』と『志津竜馬(しづりょうま)』。美琴くんは美少女と見紛う容姿を持った、小学四年生と言う生意気な盛りの少年だ。
 そして志津くんもまた、美琴くんとは別種の美貌を持った少年だった。
 講師たちが『可愛い可愛い』と騒ぐもんだから、何となく俺まで野次馬しに行ったのだが…。

 ――ぞくり。

 あの日の奴の目を思い出すと情けなくも背筋に寒気が走る。
 アレではまるでレーザービーム、まさに兵器だ。
 何が奴のメガネに叶ったのか知らないが、あの日から俺はずっと付き纏われている。


「変な事言ってないで美琴くんもさっさと帰りなさい! 志津くんも! 外はもう暗いんだから!」
「ミコ、帰ろう」
「……はぁい」

 リュックサックを背負い直した美琴くんは、ハァと軽くため息を吐くと志津くんと共に塾を後にした。
 溜め息吐きたいのはこっちだよ!!
 俺は美琴くんよりも大きな溜め息を吐くと事務室へと引き返す。まだまだ処理しなければならない書類が沢山あるのだ。

 大人は忙しい。






「ミコ、どうした?」

 美琴は雑踏の中に消えていく見覚えのある女の後ろ姿に舌打ちを打った。
 女の腕は、チャラチャラとした男の腕に絡んでいた。

「だから不細工だって言ったんだ」


 ◇


「ねぇ先生、僕の恋人になってよ」
「ブホォッ!!」

 事務処理をする俺の隣に立って、変なことを聞いてくる美琴くんに珈琲を吹き出した。

「うわっ、ゴメン!」
「別に良いけど」

 せっかくの真っ白なブラウスに、珈琲が飛び散っている。慌てて拭おうと手を伸ばすが、それは美琴くんに掴まれ止まった。

「そんなので拭いたら余計に染み込んじゃう。家でシミ抜きするから良いよ」
「いや、でも」
「それより返事をちょうだいよ」

 俺は再び空気を誤飲する。

「ゴホッ! だ、だから…恋人ってなによ」
「そのままだよ。あんな尻軽で悪趣味な女はやめて、僕と付き合ってよ。愛してる」

 俺は慌てて周りを見渡した。
 有難い事に、今はまだ俺以外は事務室に居なかった。誰にも聞かれずに済んだようだ…

「悪趣味ってなんだよ失礼な。あんな良い女居ないだろう」
「ただ胸とお尻が大きいだけじゃない」
「最高じゃねぇか! 大体、あい…愛してるとか…寝言は寝て言え」

 俺が頭を抱えながら言うと、美琴くんはその可愛らしい唇をムッと突き出した。

「どうして? どうして寝言だなんて言うの?」
「お前なぁ、まだ小四だろ? 何を一丁前に“愛”とか言っちゃってんの。ほれ、アメちゃんやるから帰んなさい」
「子供とか関係ないと思う」
「あるある!」

 バカ言っちゃいけねーよ。
 まだピーーも生え揃って無い、ピーーーーも、ピーーーーーーーーも知らないようなクソガキが。

「じゃあ、僕がそれを知ってたら受け入れてくれるの?」
「は? いやいやいや、お前はまだ小四で、」
「じゃあ! 僕が高校生だったら良いの!? それとも大人になれば恋人になってくれる!?」
「あ…いや、」

 その前に、俺もお前も男なんだけど…とは、美琴くんの真剣な目を見たら言えなかった。

「もう良いよ! 先生の馬鹿!!」
「ッ、」

 渡したアメを顔に投げつけられる。
 地味に痛い…。

「受け入れられないなら、僕が嫌いならそうハッキリ言えば良いのに! 大人はズルいよっ、そうやって有耶無耶にして…聞かなかったことにしようとするんだから!」
「美琴くん、」
「先生なんて大っ嫌い! 不細工な彼女にカモられてフラれて死んじゃえ!!」

 美琴くんは事務室から走り出ていく。

「きゃっ、あら…?」
「大丈夫ですか」

 美琴くんにぶつかられた講師に、落としたファイルを拾い渡す。

「今の美琴くんですよね? どうかしたんですか?」
「いや、なんでもないですよ…」

 あれ程しつこかった美琴くんの絡みは、この日からぱったりと止んだ。



 ◇



「上手くいかねぇなぁ…人生って」

 美琴くんが絡んで来なくなったあの日から、どうにもこうにも俺の仕事はグダクダだ。
給料計算を間違え、スケジュールはダブルブッキング。イマイチ調子が戻らない。
 相手はまだ齢十歳の子供だと言うのに俺は何を気にしてるんだか。
 仕事が捗って良いじゃないか。
 心の中ではそう思うのに、バラバラと帰っていく生徒たちの中にあの子の姿を探してしまう。

 会ったからってまさか恋人になれる訳は無いのに、自分の適当な対応であの子を深く傷つけてしまったのかと思うと…酷く胸が苦しかった。

「だから子供は嫌いなんだ…感情がどストレートだから」

 久しぶりに恋人の家にでも行って、今日はあの柔らかいカラダに思う存分癒してもらおう。
 捗らない仕事に見切りをつけて、いつもよりも早めに仕事を切り上げた。






「まさか……嘘だろ?」

 似合わないケーキの箱を手にぶら下げて恋人の家に向かえば、恋人は俺の知らない男の腕に凭れかかり家の中へと吸い込まれて行った。
 声も掛けられず呆然と立ち尽くす。

「だから止めろって言ったのに」

 後ろを振り返ると、其処には。

「美琴くん…」


 ◇


「どうぞ」
「あ、どうも」

 暖かい紅茶が真っ白なティーカップへと注がれ出される。お茶受けは俺が彼女の為にと買ってきたケーキだ。

「まさか、こんな近くに住んでるとはね…」

 美琴くんの家が何と、彼女の家の斜め向かい側にあると言う奇跡。

「だから俺の彼女を知ってた訳ね」
「まぁね。あの人昔から近所でも有名だったし」

 有名な理由はまぁ、良いことではないだろう。

「先生、彼女を愛してた?」
「え?」
「何だか、あまり落ち込んで無さそうだから」

 ケーキをつつきながら、美琴くんがチラリと俺を見る。
 本当はこんな事、子供に言うべきではないのだろうけど…何となく、美琴くんには隠しきれない気がした。

「俺、多分、本気で人を好きになったことが無いんだと思うんだよ」

 まだ熱い紅茶をグイッと飲み干した。

「へ?」
「取り敢えず欲求を満たす事が出来ればそれで良いって言うかさ」

 最低だろ? と笑ってみせるが、美琴くんは笑わなかった。

「欲求って。それってエッチなこと?」
「ゴホッ……ま、まぁ、それが大半かな」

 デート自体に特別な意義は感じない。その後にある大人の楽しみが最大の目的だから。

「今までずっとそうして来たからな。今回もやられた! とは思うけど、その反面に悔しさとか後悔は無いよ。こんな事は初めてじゃないし、また別を探すだけだから」
「先生の“愛”って、そう言うことなの?」
「ん?」
「前に言ってたでしょ? 子供が愛を語るな、って」
「あ、ああ…」

 ははは、と俺は渇いた笑みを見せて頬を掻いた。

「悪かったよ。正直俺は愛なんて分かんないし、信じてもいやしないんだ」
「どうして?」
「だって、愛なんて嘘臭いだろ? 例え信じてたって今日みたいに裏切られるかもしれないし」

 仲の良かった、愛を囁きあっていた両親が離婚した時に思ったのだ。そんな言葉には、何の意味もないって。

「そうなんだ…でも、僕は有ると確証してる。だって、今ここに有るんだもの」

 美琴くんが、自身の胸元をとんとんと叩いた。

「先生がどれだけダメな大人のか、僕は分かってるつもりだよ」
「…オイ」
「人を見る目は皆無だし、仕事も熱心とは言えないし、きっと快楽にはとことん弱くて流されやすいタイプだ」
「うぐっ、」

 当たりすぎててぐうの音も出ない。

「でもね。初めて先生を見たときから、これまでのダメな先生を見てきた今までずっと、僕の気持ちは変わらない」
「み、美琴く…」
「愛してます」

 齢十歳の子供に愛を囁かれた直後、突然視界がブレる。酷く…眠い。

「あ、やっと効いてきた」
「………?……」
「紅茶にちょっと薬をね……って、あれ? 先生何で笑ってんの?」
「……み…ことくんが、また…あいし…てるとか…言うから……ホッとし…て、眠く……」

 そのまま俺の意識は暗転した。








「あぁあ、せっかく色々準備してたのにな」

 スヤスヤと可愛らしい寝息を立てるダメな大人を見ながら、美琴は拗ねたように溜息を吐いた。

 押してダメなら引いてみろ作戦。
 態度を急変させた美琴に痺れを切らした浩輔が、塾で声をかけて来るか、または自らこの自宅へと訪問してくるのを美琴はずっと待っていたのだ。
 自分に向けられる好意に甘いこのダメ男なら、きっと、予想通りの行動を取ると踏んでいた。

 まさか、こんなイレギュラーな形で自宅へ招く事になるとは思っていなかったものの…チャンスはチャンス。
 母親が常備している睡眠薬を拝借し、あれやこれやの快楽を与えてカラダから落としてやろうと思っていたのだ。けど…。

「あんな可愛いこと言われたら、酷い事が出来ないじゃない」

 一目惚れしたのは数年前。
 女の家に鼻の下を伸ばして入っていく姿を見た時だ。

「先生を知ったのが塾じゃないって言ったら…また、驚くかな」

 んごごっ! と寝息を立てた男を見て、美琴は大人さえ魅了されるような笑みを零す。

「これくらいは許してね、先生」

 みっともなく半開きになった男の唇に、美琴は薔薇色のそれをそっと重ねた。


END



※長い唄。2『君が描く放物線』とリンク。
脇役の志津龍馬が主役。



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