その戸惑いは、『愛してる』の証。
高校の時からずっと、好きな人がいる。
真山貴一(まやまきいち)。
いつも明るい笑みを絶やさず、誰とでも仲良くなれてしまうクラスのムードメーカー。だからと言って騒がしい訳でも無く、面倒見が良くて、優しくて…格好良くて。
平凡で何の取り柄も無くて、その上根暗で引っ込み思案な俺、日下部修二(くさかべしゅうじ)とは何もかもが真逆な太陽みたいな人。
初めはそれが鼻について仕方なくて、正直好きじゃなかった。いや、嫌いだったのかもしれない。
だけど気付ば、日を追うごとに俺の目は彼を追うことを止められなくなっていて、初めて挨拶を交わした時には全身が熱くなった。
俺の目を見て笑った彼に、心臓が本気で破裂するかと思った。
真山とは、三年間ずっと同じクラスだったというのに高校を卒業するまでの間ずっと、朝の挨拶と帰りの挨拶以外言葉を交わす機会は無かった。
それでも、そんなたわいも無く交わされる挨拶が、何の変哲も無い俺の高校生活に色を付けていたのだ。
そうして高校を卒業した後。
大学に入った今でも彼を忘れられぬまま、俺の生活は色だけを失って時を刻んでいた。
「あれ、日下部?」
「えっ、」
どうしても断れなかった飲み会に嫌々参加した、大学二年目の冬。隣のテーブルから聞こえた声に、思わずグラスを落とした。
「うわっ、何やってんの!」
「ご、ごめっ」
「良いからちょっと手、上げてて」
俺のシャツやズボンに溢れた烏龍茶をせっせと拭いてくれるその人は。
「相変わらずおっちょこちょいなのな」
そう言って目の前で笑うその人は、もう会う事も叶わないと思っていたはずの相手、真山貴一、その人だった。
「ま、真山…」
「うん、久しぶり。元気だった?」
「なんっ、なんでここに」
「サークルの飲み会。日下部は?」
「俺も…そんな感じ」
真山の事が好きで好きで仕方なかった高校時代。それでも俺が出来たのは挨拶だけだったのに、何故、今こうして会話しているのだろうか。
頭の中は完全にパニックだった。
「何のサークル?」
「サークル…ではなくて、こ、これはコンパ! 俺は人数合わせで来てて…」
俺がパニックに目を回しながら言うと、真山は「ああ、どうりで誰とも話してない訳だ」と笑った。真山に見られていた事と、笑われた事に羞恥心で顔に血を昇らせる。
そんな俺に気づいたのか、真山は困ったように手を振った。
「違う違う、悪い意味じゃないよ。日下部は変わってないんだなって、ちょっと嬉しくなっただけ」
「え…?」
意味が分からなくて真山を見るが、その顔にはいつもの笑みしか浮かんでいない。何かを言おうとして口を開けかけるが、それは重ねられた真山の声に行き場を失った。
「日下部が飲んでたの、ウーロンハイ?」
「あ…ううん、普通の烏龍茶」
「酒は飲まないの?」
「俺、お酒弱いから。あんまり飲まない」
そっか…じゃあ酒の勢いで言わせる訳にはいかないんだな。
「へ?」
呟いた言葉が聞き取れなくて聞き返すが、俺を見る真山の様子がおかしい。
真山の顔からは、いつも浮かんでいるはずの笑みが消えていた。
どうしたんだろう?
何だか急に怖くなって、俺は少しだけ真山から離れようとした。けど…。
「日下部はもう、他に好きな人…出来た? 付き合ってる奴はいる?」
「ほ、他に…? え、付き合ってる?」
「もう俺の事は好きじゃない? 高校の時、俺のことずっと見てたろ?」
もう、俺のことは忘れた?
そう言われて頭が真っ白になった。
バレてた。見ていたことも、好きだったことも、全部。
思わず逃げようとして立ち上がれば掴まれる腕。そうして顔を覗き込んで来た真山の顔に言葉を失った。
なんて…悲しそうな顔。
「アレは俺の勘違いだった?」
「は、離して…」
「日下部っ!」
初めて聞く真山の怒声。驚いたのは俺だけじゃなくて、真山のテーブルまで静かになった。オマケに、俺のテーブルも。
「日下部の視線、ずっと気のせいだって思おうとしてた。でも、時間が経てば経つほどそう思えなくなった。途中から怖くなって、卒業すれば逃げられるって思った」
でも、違ってた。
「この二年間、ずっと日下部の事が頭から離れなかった。だから会えた時は、今度こそ捕まえてやろうって決めてた」
「ま…やま…」
震える声で呼べば、真山がくしゃりと泣きそうに顔を歪めた。
「勘違いだなんて言わせない。今だってそんな目で見ておいて…勘違いなんて言わせるかよ!」
そのまま俺は真山に抱きしめられた。
周りで大勢の人が騒いでる。
だけど真山は腕を外すことなく、ますます俺を抱きしめる力を強くした。
初めて入る真山の腕の中。
初めて感じるその体温と微かに震える真山の体に、俺は少しだけ涙を零し、そっとその背に腕をまわした。
END
『戸惑えば戸惑うほど、
それは愛しているということなの。』
アリス・ウォーカー より
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