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枯れ木に琥珀の花が咲く

※片思いを終わらせる噺


 少し暗めの店内で、一際明るく、しかし上品にライトアップされたバーカウンター。
 キラキラと金平糖色に輝くその内側に立つ、目元を前髪でまるっきり隠してしまっているマッシュルームヘアの男が、俺を見て唯一見える口元を緩ませた。

「曜くん…」
「相変わらず繁盛してんな」
「店長、ファンが多いから」

 いやいや、半分はお前のファンだろ。
 そう思うが口には出さず、良い感じに渋みを帯びた赤茶色の革が張られたカウンタースツールに腰を下ろした。
 周りを見回せば平日のなか日だと言うのにテーブル席はほぼ埋まっていて、その八割が若い女性だ。
 そしてその殆んどが今俺の目の前にいるキノコ頭の男目当てなのだと思うと、少しだけ気分が沈んだ。



 目の前で沢山の酒瓶を操る男【鴻田千尋(こうだちひろ)】と俺、【羽山曜(はねやまよう)】は中学から共にいるのだから、かれこれ十年以上の付き合いになるだろうか。
 見た目の出来はずば抜けて良いくせに、風変わりな中身のせいで人が寄り付かなかった千尋に声をかけたのは単なる興味。
 まさかそこから、こんなにも長く続く関係が築かれるとは思ってもみなかった。

 初めて招かれた千尋の部屋は驚くほど汚くて、遊ぶ事を諦め掃除に徹したことを覚えている。
 それからと言うもの、俺は遊びに行く度にまずは千尋の部屋を片付けるのが当たり前になった。

 千尋は想像以上に何も出来ない奴だった。
 部屋も片付けられないし、お茶一つ入れられない。電子レンジで冷凍食品を爆発させる位なのだから、その他の家事なんて以ての外だ。
 千尋の親が旅行やら何やらで居なくなると聞けば、料理洗濯掃除の為に俺が家に泊まり込むことだってあった。
 気付けば俺は、千尋専用の世話係になっていた。

 千尋がバーテンの勉強をする為に大学を蹴り、俺は大学に進み、卒業し。住む場所を変えた千尋が夢を叶え、そして俺が何処にでもいるサラリーマンの一人になった今でもその関係はずっと続いている。
 だがそれも、今日できっと終わりになる。

 いや、終わらせに来たのだ。




「曜くん、いつもので良い?」

 そう言ってレトロで洒落た形をした、琥珀色の液体が入った瓶を千尋が掲げてみせる。
 殆んど確信を持ったその問いに、だが俺は首を横に振った。

「いや、今日は直ぐに戻らないといけねぇから」

 その言葉に千尋がハッとした。
 僅かに開いたその唇が、何度も何か言いたげにハクハクと開閉する。

「明日、朝早いからさ」

 何の音にも変わらない千尋の吐き出した空気に被せるようにして俺が追い討ちをかけると、千尋が遂に言葉を漏らす。

「引っ越し、明日なんだっけ…」
「そう」
「彼女と…住むの?」
「そうだよ。一緒に暮らしてみて、特に何もなければプロポーズするつもり。だからお前の部屋を掃除するのも今日で最後。いつもより綺麗にしといてやったからな」

 良く磨き上げられカウンターへ鍵を置く。何のキーホルダーも付けられていない、銀色の小さな鍵。俺たちを繋いでいた唯一のもの。

「ここから遠いの?」
「職場は変えてないし、それ程でもない。でもまぁ、近くはない」

 ごとり、と重い音を立てて千尋が握っていた酒瓶を置いた。

「曜くん…」
「じゃあ、用事はこれだけだから」

 友情と恋情の境目など、中学を卒業する時にはもう飛び越えていた。
 望まれるままに側に居て、ただそれだけで満足だと思っていた若かりし頃。
 けれどそんな純粋な心はあっという間に欲望という名の闇に呑み込まれ、今は見返りを求める欲深き者に成り下がった。

 手を握れば握り返してくる癖に、その手を離せば同じように離してしまう千尋に腹がたつ。
 俺を、俺と同じ目て見ていないなら仕方ないとも思えただろう。だけどいつだって千尋は俺を、俺が千尋を見る目と同じ目で見ているのだ。

 『愛してる』と、俺が言えばいいのだろう。そうすればきっと、アイツは同じように『愛してる』と返すはずだから。
 けど、俺はもうそれでは満足出来なくなってしまった。

 女々しいと言われてもいい、馬鹿馬鹿しいと罵られてもいい。それでも俺は彼奴からの言葉が欲しかった。
 だが、千尋は何も言ってはくれない。

 その目で雄弁に『お前が欲しい』と、
 そう語りかけて来るくせに――――――



『結婚を前提に付き合ってる人が居る』

 そう伝えた俺に、そうなんだ、と無理に笑ってみせた千尋に絶望した。『どうして』『なんで』と詰め寄ってくる千尋を期待していたのだ。

 手放すしかないと思った。
 二度と戻れない場所に行くことになっても、今までの繋がりを捨ててでも、本気で一度、千尋を手放すしかないと思った。
 例えその先に、ふたりで歩む未来が無かったとしても。

「元気でな」

 背の高いスツールから滑り落ちるようにして下りると、俺はさっさと千尋に背を向けた。
 長居は無用。
 時間を掛けてしまえばきっとまた俺は、千尋のあの目に流されてしまうだろうから。

 後ろ髪が引かれる。
 俺の中の全てが、千尋から離れたくないと叫んでいる。
 その全てを引きずりながら俺は重い足を踏み出した。

「離れたいわけ、ねぇだろ」

 涙を堪えた代わりに落ちた言葉。
 それが聞こえたのかどうなのか、数歩離れた所で千尋が俺の名前を叫んだ。店の中が急に静まり返る。
 振り向いた先には、俺よりも泣きそうな顔でこちらを見つめる千尋が居た。けど、やっぱり千尋はその先の言葉を口にしない。

「なんだよ」
「曜くん、曜くん俺、オレ…」

そのまま黙り込んだ千尋に向けて、俺は店中に響く程大きな舌打ちをした。

「言いたい事があるなら言えよ」
「だって…だって曜くんが遠いよ…」
「だったら近くに来いよ」
「で、でも」
「でもじゃねぇ!!」

 千尋が肩を揺らしたのが見えた。

「俺から来るのを待ってんじゃねぇよ! 俺はとっくの昔に飛び越えてんのに、お前はいつまでそっち側に居るわけ!? 飛び越えてこいよ! その程度が乗り越えらんねぇなら、二度と俺を呼び止めんな!!」

 叫び終わった俺の耳に届いたのは、たっぷりと液体を含んだ瓶が滅茶苦茶に割れる音。カウンターを踏みしめた靴の音。床に降りたそれが、余裕なく走る……
 全て聞き取る前に俺の視界はぐるりと回った。倒された体は床に背をしたたかに打ち付けて、激しい痛みを訴える。

「お願い行かないで! 俺を捨てないで、お願い、お願いだからっ」
「それよりも先に言うべき事があるんじゃねぇの」
「好き……好き、曜くん…好きです、他の誰かのとこになんて行かないで…」

 漸く聞くことの出来たその言葉に脱力し、俺はそのまま大の字になった。その体の上には俺にしがみついて泣いてる千尋がいる。
 周りの客はキャーキャーと声を上げて騒いでいるし、カウンターの方からは男の怒鳴り声が聞こえた。けど、今の俺にはその全てを相手にする余裕が無かった。

「こんなにも幸せな気分を味わえるとはな」

 千尋の告白は俺に予想以上の衝撃を与えた。
 今まで気にして来たことや、不安、醜い感情全てを無に帰し、重くて堪らなかった心をふわふわと浮かせてみせた。

「行かないで…行かないでよ曜くん」
「言っとくけど、友達なんてもんにはもう戻れないからな」
「分かってる」
「面倒臭ぇことの方が多いんだからな」
「その方が良いよ! 当たり障りない関係なんてもう嫌だ!!」

 胸元で泣いてる愛しい男を抱き締めた。
 漸く新しく始めることが出来る、待ち望んだ関係が始まった瞬間だった。


 この日俺たちはふたりの手で、
 イミテーションの友情に終わりを告げた。








「曜くん、か…彼女は…」
「察しろよ」
「えっ、もしかして嘘なの? 引越しも!?」
「そんな事よりお前…さっき蹴散らしてきた酒、なに?」
「確か…ジョニーウォーカーとマッカランと……ね、年代物の…山崎」
「終わったな」
「曜くん、俺の部屋に引っ越しておいでよ」
「現実逃避してんじゃねぇよ。……引っ越す」


END

終わりの先には、必ず始まりがある。



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